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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

道徳の授業、どう乗り切ってるんだ、この人たち?

 10年ぐらい前の話だったか、ある先生(男:俺と同年代)が飲み会の時に酔って話していたことである。
いつものように担任していたある年の3月のこと。卒業式も終わって彼は3年生を卒業させ、自分の教室の後片付けをしていたのだった。様々なゴミとか掲示物の残骸とか生徒の忘れ物(というか意図的に置いていっちゃったもの)とかをかき集めて教室を掃除する。ちょっと寂しいけど新しい年への期待も感じられる作業である。
 ところがその時、前のロッカーの奥に、何やら気になるものが見つかったのだ。紙にくるまれたそれはなんと、梱包を解かれてないまんまの道徳の副読本(生徒の人数分)だったのである!つまり、4月に配布するはずのいわゆる「道徳の教科書」をクラスの生徒に渡さないまま1年たってしまい、そのまま彼らは卒業してしまった、ということなのだ。まさに前代未聞!彼はあまりの恥ずかしさに、他の教師に見つからないように、その梱包を解かないままの道徳の本の束をそっと家に持って帰り、ゴミの日に出したところ、何とそれは「回収できない」という紙が貼られたままゴミ置き場に残されてしまった、という。やむを得ず、彼は再びそれを家に持って帰り、梱包を解いて、毎回のゴミの日に数冊ずつ普通ゴミに混ぜ、何週間かかけてやっとの思いで処分した、と言っていた。
 そんなあきれた話、初めて聞いたぜ。 特にその話を聞いたときには、それまで新任でいた学校(文部省の指定研修とかで学校をあげて道徳の授業に取り組んでた)なんかでメチャメチャ道徳にはこだわって、というかこだわらされて暮らしていたもんだから、周りの先生なんかが大笑いする中、あきれ果てて聞いていたのを思い出す。彼はいったいどうやって1年間道徳の授業をやり過ごしたのだろうか、実は未だにどうしてもわからないところである。それに、うるさいことを言えば、道徳の本は厳密には「教科書」ではなく、あくまでも「副読本」である。つまり無償ではなく、学年集金の中から生徒(の家)が払っていることを考えれば、これはけっこうヤバい話でもある。

 これはまさに信じられない話だったのではあるが、その後もっと信じられないものを俺は目撃したのだ。件の話を聞いた1~2年後の4月のこと、俺は異動でいなくなったある先生(女)が昨年度使っていた教室をチェックしていたところ、見てしまったのである。梱包のままの道徳の本を。

 以上、誇張無しの実話である。それにしても、いったいこいつらどうやって道徳の授業やってたんだろう。自作資料とか、そういうのだけで1年間やれるものなのだろうか。俺には絶対無理なのだが?本当に謎が深まるばかりだ。

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このうるわしき親心

 今、総合学習で「弁論大会をやろう」という企画が進行中だ。中学3年生。「やりたくないことはやらなくてもよい」という「ゆとり教育」の思想が骨の髄まで浸透し、「高校入試に全く影響しない」というのが今や知れ渡ってしまった総合学習なんて、屁ほどの価値もないと思いこんでいるヤツら。「評価に関係するぞ」と脅さなければ何も手を付けず、時間いっぱいふざけ合って終了だ。そこで、この単元は国語の成績に影響する、と生徒にも案内して、進めていたのだ。
 まず、もとの文章を書き、それを推敲し、清書して、読み込んで、発表し、という手順を踏んでやることになったのだが…。
 きのうは2時間続きで文を書いた。それが原稿用紙2枚以上だとか、一文字でも掛かればよいとか、朝の職集で話題になり、作文ができたら今度は推敲させる、という話もしたのに。
 放課後のことである。なんと、あるクラスの担任(女性)がその集めた作文を添削してしまったのである。赤ペンで。学年の、国語の教師がビックリして当人に文句を言ったら、俺に
「もう、いやんなったから、休みを取ろうかな」
なんて同情を求め、ふて腐れて帰っちゃった。しかも、コトが進行してる最中に、隣の数学教師が
「それやっちゃまずいんじゃないの?」
と言ったのに、
「いいのよ」
といって、そのまま進めちゃったというのだから、ビョーキは深い。だって、次のステップで生徒が自分の作文を推敲しなければいけない、というのに、添削しちゃうなんて(しかも赤ペンで!)、あり得ないでしょ。しかも3年生の今の時期の、5教科の成績に関係するというシロモノなのに。この事態の収拾には、クラスの生徒に一旦本当のことを言って、もう一度白い原稿用紙に文を(生徒本人の記憶をたよりに)書き直してもらうか、自分で一言一句同じに筆写するしかない。それとも他に方法あるかな?
 この女性教師は、去年も合唱祭の時に自分のクラス(2年)を優勝に導こうとして、老いぼれ猫の鳴き声のような歌声で練習に介入し、女子パートの生徒がそれを真似したせいでクラスが最下位になってしまった、という前科の持ち主だ。もっとも本人は自覚していないが。生徒の方は十分わかっていて、今年は彼女の歌声を無視した模様である。それなのに、いっぱしに私は合唱のことはわかっているのよみたいなことを言うんだからね。ちょっと話す相手を選べっての。
 結局独りよがりで、生徒のため、と自分では思いこんでいるが、実際は自分の自己満足のためにやっているのだ。これでは育つものも育たんのう。でも、意外と多いんだな、こういうカンチガイな親心たっぷりの教師って。

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「音楽鑑賞会」の失敗例

 ある小学校での出来事である。
 例年の全校行事、「音楽鑑賞会」が迫ってきた。今年度は、地元、というより学区域で音楽教室も営みつつ演奏活動をしている、という声楽家を招待し、様々な歌曲など、本格的なソプラノ歌手の歌声を児童に鑑賞させましょう、ということで提案も通り、校長先生もその演奏家のお宅に演奏の依頼かたがた挨拶に出向いて快諾ということで、企画が進み始めた。
 声楽家のほうでは、これまでの経験・実績をもとに、意味のわからないイタリア歌曲やオペラなどの演奏は意図的に避けることとし、ソプラノ歌手であるところの自分だけよりは何人か知り合いの若い声楽家を集めて重唱などを交え、変化に富んだプログラムを考えた。(もちろん人数が増えた分はボランティアである。)
 ところがその後、音楽専科教員と声楽家との内容の打ち合わせでは、意外な雲行きになった。音楽専科としては、声楽家の示したプログラム(日本歌曲、唱歌、童謡等が中心)よりも、「クラシックの外国の歌」を入れてほしいというのだ。どうもこの先生にとってはその方が「高級な音楽」らしい。声楽家にしてみれば日本の歌のほうがよほど難しいし、専門にやってきたイタリアものなんかのほうがよほど気楽にできるんだけどね。そういう演奏側の心遣いは理解されることはなかった。そして、鑑賞会に臨むに当たって十分な事前学習を行い、歌詞の意味や内容などを児童に理解させた上で、当日を迎えるので心配ない、と主張し、それならばということで、「フィガロの結婚」の中の重唱や「ジャンニ=スキッキ」など(たまたま若い連中のレパートリーだったのだ)が演奏曲目の中に加わることとなった。そして、そのほかの細かい打ち合わせも十分執り行って、(声楽家側としては)当日を迎えるばかりとなったのだ。
 ところが、である。その後音楽専科の教員は何度も声楽家に連絡をしてきた。曰く、
「・・・・・・の歌はオペラのどの辺で歌われるのでしょうか。私、そのCDを買って児童にお昼の放送で聴かせるのですが、どのあたりかわからなくて。」(昼の放送とかって、そんなに何回も聴かせたら実際の演奏を聴くときに新鮮味がなくなっちゃうのではないのか?)
「・・・・・・の歌には特徴的なイタリア語の言葉は何がありますか。音楽の授業で聴かせるときにその言葉を探してごらん、という風に鑑賞させますので。」(そんな聴かせ方をして子供たちは何が楽しいのか。個々の言葉みたいな些末なことより曲の全体的なイメージをとらえる方が大事なのではないのか?)
「みんなで歌おう、というコーナーでは何を歌わせるのですか。事前に練習させますので。」(こっちでその場ですべてやるから放っといてもらって大丈夫だ、って打ち合わせしたではないか!)
「お飲み物を用意したいのですが、どのようなものがよろしいですか?」(コンディションのことを考えて、すべて演奏側で用意するって、打ち合わせの時に決めたじゃないか!)
まあ心配なのは解るのだが、この先生、子供のことを信用してないんじゃないの、ただひたすらに「音楽鑑賞会」の時に子供たちを静かにさせておくための小手先の方策を考えることだけに血道を上げちゃって、肝心の音楽のエッセンスなんてどうでもよくなってんじゃないの、というイヤなムードが演奏家側のほうに漂いはじめた。
 子供というのは正直である。これまでの経験上、子供は(たとえ1歳の赤ん坊でも)よい音楽なら静かに聴くし、ロクでもなければ騒ぐ。子供が騒ぐということは、つまり演奏家が未熟だからだ、と明確に悟っている演奏家としては、まさにいらないお世話なのだ。

 さて、そうこうするうちに本番当日、すなわち「・・・市立・・・小学校音楽鑑賞会」の日がやってきた。給食終了後、体育館にクラスごとに整列した児童が驚くほどの静けさで集合し、参観する保護者も座って演奏が始まった。そして無事終了したのである、表面上は。
 しかし、演奏家たちは、自分たちの演奏に対する子供たちの反応がいつもとは違うことを肌で感じていた。オペラのアリアや重唱は自分たちが主として勉強しているものでもあり、それなりの気合いと思い入れを持って演奏したのであるが、客席側では「またかよ」というつぶやきがイチビリの男の子から漏れ、ウンザリしたムードが漂ったのだ。(言葉がわからないからワケワカランという反応ならまだやりやすい。)それに比べて、事前学習の行われなかった日本語で歌われる歌はそれなりに集中して聴いていたし、みんなで歌いましょうコーナーでは演奏家たちが思っている以上に大きな声でノリノリに歌ったのである。すなわち、もともと子供たちの質はいいのだ。

 会が終わった後、音楽専科の教員は
「子供たちが静かに聴いていた」
ということに大いに気をよくしていたが、演奏家の側はなんだか割り切れない感情が残った。

 さて後日、このときに演奏を聴いていた何人かの子供たちが、ソプラノ歌手の家にやってきた。彼女はその子達の「ピアノの先生」でもあるのだ。そして子供たちがいうには、
「イタリア語の歌は4回の音楽の時間に聴かされた。」
「イタリア語の歌は毎日、給食の時間に流されてた。飽きた。」
「本番の時にイタリア語の歌が始まったら、ああ、アレか、ぐらいでつまらなかった。」
「同じ歌を別の人が歌っている、という印象しかなかった。」

 結局演奏家サイドが危惧したとおり、音楽専科の手腕により、素敵な音楽のエッセンスは見事なまでに事前学習でしゃぶり尽くされていた、というわけだ。そして、最も深い感動を体験できるはずの「生の演奏」の場は単なる消化試合と化してしまった。
 いったい、学校教育における音楽や美術(図画工作)の授業で、こんな学習は本当に必要なのだろうか。というより、芸術科というのはいったい何を子供たちに教える教科なのか。確かに知識・理解が芸術鑑賞を横から手助けしてくれるのは間違いない。だが、最も教え込まなければいけないのは、そんなことではないはずだ。
こんな教え方してれば、子供たちが音楽が嫌いになるのは当たり前だよね!
という演奏家の思いは、センスのない音楽専科の教師に伝わることはもちろんなく、子供たちが「よい音楽」をより一層キライになってゆく「学習」の営みが今日も続けられていくのだ。

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不世出のテノール歌手:K

 Kの歌声は言葉の真の意味でまさに絶品、パヴァロッティやカレーラスと並び称してもいいんじゃないか、と言っては贔屓の引き倒しかもしれないが、そのくらいすごい声と表現力を持った歌い手なのは間違いない。彼に比べれは、たとえばNHKの「ニューイヤーオペラコンサート」あたりに出演している歌手達なんか、言っちゃ悪いがゴミみたいなものだ。何回か聞いたレオンカバルロの「道化師」のカニオ(親方役)なんか、本当に鬼気迫る演技で、今でもそのすばらしい歌声を思い出す。
 ただ、かなりエキセントリックな行動が彼の人生の足を引っ張ったのは確かであろう。オペラのゲネプロで本気を出さなくて相方の歌手に憎まれるなんて序の口、会費を滞納して二期会をクビになったり、人妻に手を出して相手の旦那から訴えられそうになって海外に逃亡しちゃったり(その時にはオーディションを受けまくってドイツのどこだかのオペラ劇場と専属契約をするところまでいったらしい)、事もあろうに自分の師匠の彼女に手を出して大騒ぎになったなんて話もまことしやかに伝えられている(最後のはフィクションかもしれないが)。
 Kはいわゆる「呼び屋さん」としてもなかなかの才能を発揮している。かつては自分の留学時代の師匠であるジュゼッペ・ディ・ステファーノ(もう爺ちゃんだったが)をしょっちゅう日本に呼んじゃあリサイタルをさせたり、その前座に自分の弟子を歌わせたり(もちろん自分も歌っちゃったり)、最近ではオペラ演奏グループを組織してオペラ公演を立ち上げたり、というようなコンサートを企画して、ある意味盛んに活動しているのである。
 うちの家内は、ちょうど俺と結婚したころに、ある運命の出会いによってKとお近づきになり、一時は非常にかわいがられ、彼の企画するコンサートに出演するようになり、そのうちに弟子にしてもらって、学生時代には思いも寄らない高度な技術と表現力を身につけさせてもらった。実際、Kは声楽教師としても実に優れた腕を持っており、弟子も皆正しい方向にまっすぐ育っていくのである。また、様々な発声法の歪みにより喉を壊したり限界を感じて悩んでいたりする歌手なんかを立ち直らせるのも、彼の得意とするところである。
 だが、それから数年後に娘を妊ったことで、家内はそっちの方の演奏活動はひとまず休止せざるを得なくなったのであった。

 一方、俺の方はといえば、家内からの又聞きで自分の授業技術を研究し始めた結果、かなりの成果を上げてきたと言える。ステファーノの直伝という呼吸法を自分の吹奏楽部に試したことで、どうしようもないボロバンドが西関東大会出場までに育っちゃったのは実に驚きであったし、歌唱指導にしても褒められることはあってもその反対はないというところまでになった。手前味噌ではあるが、少なくとも市内音楽会なんかでは他の音楽教師が俺の学校の演奏をわざわざ注目して聴いてくれているのだ(って、どうって言うほどのことでもないか…)。だが、全ては家内を通してKが教えてくれた内容の受け売りであり、俺の手柄なんてこれっぽっちもないのである。俺にとっても、まさにそっちに足を向けては寝られない大恩ある先生なのだ。

 さて、歳月を重ねること幾星霜、その当の娘(ばかりか長男も)が何と声楽家を志すと言い出した。そこで数年前、音大を志望するわが子供達を俺は迷わずKに弟子入りさせたのである。Kは俺(と家内)の期待に違わない優れたボイストレーナーとしての腕を発揮し、わが子達はすくすくと上達し始めたのだ…が…。

2ヶ月ほど前から、子供達が、Kの弟子をやめたい、といいだしたのだ。聞けば、なにやら以前と雰囲気が違ってしまっているらしい。そう言えば昨年の彼(とその奥さん:ソプラノ歌手)の門下生の発表会では、なんだかおかしな発声で歌うのが多いなー、と気にはなっていたのだが、まあこっちもその方面じゃ専門家じゃないし、そんなモンかな~ぐらいのつもりでいたのだ。しかし、今回いろいろな話を聞いていくうちに、以前と違ってなんだか急に先生がカネにうるさくなった、レッスンなんかしょっちゅういれたって無駄だといっていたのに三日にあけずレッスンに呼ばれるようになった、など、確かに以前ならありえないことばかりを先生が言うようになったのである。そしてトドメが今月に入ってからの門下生の発表会。
「な、なんじゃこりゃ!」
と驚くしかない変な発声。どいつもこいつも男も女も高い音域でひっくり返るあきれたテクニック。いったいなんなんだ、この集団のていたらくは!
 子供達に聞くと、なにやらKのかつての女房に似たタイプの弟子が入って周囲が浮き足立ったとか、Kの(現在の)奥さんがmixiにはまってなんだか人格が変になり、門下生の会の中でKをご本尊として自分が教祖様、という新興宗教状態に陥ってしまっているとか、もちろん声楽指導上のテクニック面においても、ロクな話がない。

 結局、俺はKから離れたい、という子供達の意志に同意して、一緒に彼の家にお詫びかたがた別れの挨拶をしにいく羽目になった。その時のイヤな雰囲気というかやりとりは置いとくとして、それにしても残念なのはKの変節である。一言で言って、Kは年を取ったのだろう。かつて絶品だった彼の歌唱は、最近ではその片鱗が強く残ってはいるものの、やはり痛々しいのだ。彼は、二言目には
「長く歌い続けられることこそが正しい発声なのだ」
と言っているのだが、やはり寄る年波には勝てない。ほれぼれとするような張りのあるハイトーンはやはり若さやパワーのなせる技だ。いずれは無理になる。その時にはもっと味のある芸の方に少しずつシフトしなければならない。それは年輪というか経験に裏打ちされたものであり、少しも恥ずかしいものでないばかりか、いっそう輝きを増すものであるはずだ。彼はそういう境地にたどり着きそびれたのかも知れない。(そういえば、パヴァロッティも晩年はマイクの前で歌うようになってしまっていたが、やっぱり無惨、という感じがしたものだった。)

翻って俺も、気がついてみればもう天命を知る年齢を超え、やっぱり肉体的な衰えを明確に感じるようになった。時間割変更なんかで午前中に4時間連続で合唱の授業があるときなど、身の危険を感じるほど体を酷使している、という自覚がある。いつまでも
「俺についてこい」
で指導するのは不可能である。なにしろ、
「こういう声を出してね」
と言いながら見本を示す、つまり「歌って聞かせる」という最も基本的な作業に、たまに不自由を感じることがあるのだ、喉が嗄れていて。定年まで今のスタイルで授業を続けるのは無理かもしれない。だが、そうなったときに、いったい俺はどうやって授業の水準を保つのか。もちろん、俺よりヘタレな教師がいっぱいいることも知ってるし、それでもいいじゃないか、という考え方もある。だが、管理職(になること)なんかクソ食らえ、生涯一教師として生徒と共にある、と思い定めた人間としては、そういうのはちょっと、ねぇ…。
どうすりゃいいのかな、一体、という思いがかなり強烈によぎった、今回の個人的事件であった。

テーマ:合唱・声楽 - ジャンル:音楽

ここまで来たか、欠格管理職

 この週末は、なんの大会だか、とにかく野球部の試合が組まれていたのだ。地区を勝ち上がってきて、県に進む最後のトーナメントで、ベスト4の中学校が集まることになっていたそうな。うちの中学の野球部もその一角に加わっていた。
 ところが先週金曜日、野球部の顧問が管理職となにやら深刻に話し込んでいる。それは、その4校の中に、インフルエンザで学校閉鎖になっているところがあるのだが、大会はどうなるのであろうか、ということであった。新聞(ネット)によると、その学校では全校生徒の4分の1くらいの生徒が「インフルエンザのような症状(病名不明)」で欠席し、市内の小児科もごった返している、なんてことが載っているのだ。ウチの校長が先方に連絡しても不在だったりして話が出来ず、いろいろやっているうちに、結局午後になって教頭同士で話が出来たらしいのだが、
「そんなの(試合)やるに決まってるでしょ!だいたい新聞なんかに書くほど大げさなことじゃないんだから」というようなけんもほろろの対応で、こっちの教頭もちょっとカチンと来た、なんて言っている。もっともその試合も、雨で延期になっていたので、上位大会の日程の問題もあり、うっかり中止になんかできない、というのも確かなのだが。しかし、素朴な疑問なのだが、インフルエンザで学校閉鎖になっている学校の部活が、大会に参加してもいいものなのだろうか。そういう場合には法的にはどうなっているのであろう。「ふざけるな!」と頭から湯気を出して怒鳴って中止にさせたであろうことが容易に想像がつく、昔仕えた校長の顔なんかも脳裏をよぎる。

 とにかく、やるらしい。教頭なんかは
「向こうが参加できないっつって不戦勝になればいいんだけどね」なんて言っているが、野球部の顧問はそれどころではない様子。
「平気なら平気で、向こうから言ってくるのが筋じゃねぇか」
「インフルエンザがこっちに飛び火したらどうしてくれるんだ」
「あ~やりたくねぇ。テンション下がったぜ」
まぁ、当たり前だよな。なんなんだろうその学校?!ということで、次の日の試合を迎えることになったのだが…。


さて、週があけて今日、試合の結果を聞くと、まあ要するにその中学校に負けちゃったらしいのだが、
「俺はもう眠れなかった!」と顧問がその日をふりかえって言うには…
 まず、4校の中では一番遅れてきた。だいたいそうやって他の学校に心配かけていて、残りの2校の先生方なんかは「来ないんじゃないですか」といってたぐらいだった。9時からのプレイボールに、8時過ぎに悠々と登場(そういうのが常識的なのかどうかまでは俺にはわからんが)。さらに、彼が、相手の校長に
「昨日はすいませんでしたね。」
といったのに対して
「ん。」
ちょっとびっくりして、
「電話しちゃってご迷惑をかけちゃいました」
といっても、
「ん。」
だが、いったいご迷惑をかけているのはどっちなのか。
「ご心配かけて」の一言もないってどういうこと?
そしてトドメは、試合開始の時のあいさつでホームベース前に整列する例のセレモニーの時に、なんとその学校のバッテリーは参加せずにブルペンでずっと練習をしていた、というのだ。しかも、それを指示していたのがその学校の校長だったというのだから、開いた口がふさがらない。彼は「こんなになめられてるとは!」と猛烈に敵愾心を燃やし、「ここで負けたのでは、一生懸命やってきた生徒たちのためにもならないし、相手の選手のためにもならない」と必勝を期して試合に臨んだのであった。

 ところが、肝心のチームは彼の思い通りにならない。以前にも俺に「コイツらサインを覚えられない…」なんて愚痴っていたのだが、それが出ちゃったらしいのだ。そして、「相手のピッチャーは制球が定まらないんだから初球は振るなって、あれだけ言ってるのに振っちまうんだよなぁ!アイツも、コイツも…」そして心配されたサインの読み違え。トドメは2点リードで迎えた4回の守備で2アウト2・3塁、3人目のバッターを追い込んだところで2年生の2塁手が平凡なフライを落としてしまい同点、そのあとは試合にならなくなってしまった、というのだから、彼としても口惜しくて眠れなくなるのも肯ける。(もっとも、俺にしてみれば、そんなおんぼろチームを率いて地区ベスト4にまであがっていくのだから、たいしたモンなのだが)
 だいたい、こういうときにこういうミスをするヤツって、日頃の生活に問題のある場合が多い。実は以前にもこのブログに書いた問題の男の子だ、というのも因縁を感じる。しかも「あの野郎ケロッとしてやがる」のもまたはらわたが煮えくりかえる。というわけで、彼は今日は半日、落ち込んでいたのだった。

 それにしてもあきれるのは、相手校の校長である。どういう教員人生送ってくればこういう管理職ができあがるんだろうか。「人」として体をなしてないじゃないか。端で聞いてても腹が立って仕方がない。全く、金曜日の時点で「こんなのありなんですかね」とマスコミにでもリークしてやればよかったぜ。その時ちょっとそんな気分にもなったのだが、失敗したな!

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跡を濁す「立つ鳥」

 なんと形容していいのだろう。実に不愉快きわまりない事態である。今回転任した中学校の、前任の音楽教師は顔を見たらぶちのめしてやりたい気分だ。俺が何かコイツに恨まれるようなことをしたってのか?顔を見たこともないというのに。

 今年度の授業開始が4月14日。実は4月1日赴任当日から、俺は音楽準備室の整理整頓と清掃、音楽室の整備に着手して、会議や部活、学年集会などの合間を縫ってヒマさえあれば準備室にシケ込み、ひたすら掃除をしまくっていた。そして部活や掃除当番の生徒に3度にわたって廃棄する物の分別をさせ、ゴミ出しをしてもらい、やっと、13日に最終的に掃除が終わったのである。ちなみに13日は「日曜日」だ。倅までつれて行って手伝わせ、どうにかこうにか月曜日からの授業が出来るようになったのであった。(それでも、まだ俺が持ち込んだ私物の資料は手つかずのまま紐でくくられている。これも早急にバラして然るべき場所に納めなければならない。)

 全く、見事なまでに「廃屋」の様相を呈している音楽準備室。壊れたティンパニーが2台。セットドラムの一部の、破れたバスドラムが、大太鼓の台に乗っている。それに普通の大太鼓。ヤグラ台に乗った和太鼓。ホコリまみれのキーボード。壊れているのも含めて何台ものCDラジカセ。誰のものかわからないセットドラム。たたんだ段ボール。これらのものがホコリだらけになって無造作に床に散乱し、まっすぐ歩くことも出来ない。さらに、棚の中は、いつのものかもわからない合唱祭の掲示物や看板、ガムテープやゴミ袋が何セットも放ってある。「一研究」かなんかで書かせた生徒の作った掲示物の模造紙も掲示されたこともなく新しいまま段ボールいっぱい。何に使うのかわからないスネアドラムのスティックが何十セットも。箱ごと購入したと思われる乾電池が何十セットもあちこちに放置され、中にはセロハンの包装をかぶったまま液漏れを起こしてサビ付いているものもある。パート練習用のカセットテープにいたっては何百本あるのか、数えることも出来ない。それも新品も使用済みのもごちゃ混ぜにそこら辺中に崩れ落ち、分類する気にもなれない。教材用のCDは職員室をはじめあっちこっちに散乱し、全部そろっているのかも定かでない。中には、買ったときの梱包したままで未使用新品状態のギターとかCDデッキなんかが放置、というのまである。
 音楽室には古くなって黄ばんだ、というより日焼けして黒くなってしまった掲示物や色褪せた作曲家の肖像画なんかが破れて垂れ下がり、吹奏楽部の生徒が無秩序に貼り付けた他校の吹奏楽部演奏会のポスター(期日を過ぎたもの)が何枚も貼ってある。AV装置はどうなっているのか、音も映像も再生することが出来ないうえ、それについてのメモ書きも残されていない。5~6台ある電気オルガンは、すべて電源プラグが引きちぎれて電線だけをむなしく床に引きずっている。
 しかも片付けるにしても、普通に考えればこれらの中にはどんな意図で置かれているのかを確認しなければ(場合によっては特別支援学級かなんかで使っているかも知れない)うっかり手を付けることは出来ないものだってある。
 とにかくそこら中ホコリだらけ。どんな大きさの何を触っても手に残るのはホコリ。何から手を付ければいいのか、初日は途方に暮れてしまったが、取りあえずあらゆる掲示物をすべて腹立ち紛れに引っぺがして床に破り捨てておいたら、次の日に練習に来た吹奏楽部の生徒たちがきれいに束ねて片付けてくれていた。ヒャ~申し訳ない!!(あとで聞いたら、これは俺の仕業ではなく前任者がやり残したことだ、と彼女たちはごく自然に思いこんでいた。)

 この音楽室のていたらくから言って入学式の生徒の歌も推して知るべし!だったが、思った通りのヘタッピさ加減。実際、授業も成立していなかったらしい。合唱などの表現力が貧弱なのは予想できたとして、この学校の生徒たち(たいして質が悪いわけでもない)の授業態度のイイカゲンさには手を焼かされる。なんなんだ、この前任者!!ここで実名を晒してやろうか!ってくらいなもんである(しないけど)。最初のうちは何も言わなかったこの学校の教師たちも、徐々にいろいろなことを教えてくれるようになったが、彼女をよく言う人は誰もいない。強いて言えば「病弱で週に一度、病休を取って病院に通っていた」ということだけだ。俺がどうにもしようがなくなって「備品台帳」を見せてもらおうとすると、これも全然わけのわからない状態になっていて、事務室の職員にまで「お気の毒」と同情される有様である。俺がある同僚に
「もう、顔を合わせたら怒鳴ってしまいそうだ」
と愚痴をこぼすと、
「彼女に対してそういう思いを持っている人は大勢いらっしゃると思います」
だって。いくら病弱だからって、6年も在任してたんだから、やろうと思えばどうにだってやりようがあったろうに!もっとも、どうしようか、というイメージがなければ何もできないということになる。つまり、怠け者なだけでなく、「頭が悪い」ということだ。

 とにかく、物品の管理能力はゼロ。授業での指導力もなく、部活動も、音楽の教師だというのに吹奏楽部を持つことも出来ず、というかせず(「専門」なんて関係あるか!体育教師で運動部の顧問じゃない人を誰か知っているか?)、週に1度病休とるからその曜日には授業を入れないで、などと時間割担当に要求し(あらゆる人に迷惑のかかる、メチャメチャ無理な注文)、それだけ休むというのに持てるわけもない担任を持ちたがり、結局あらゆる場面で周辺に迷惑を及ぼしているのに、その反省なり謙虚さがかけらも見られない。そもそも迷惑かけてる自覚もないのであろう。何しろ、いけしゃあしゃあとこの俺に、ろくな挨拶もなしに自分がどこかに置き忘れた楽譜の所在を電話で問い合わせてくる図々しさ。これはもはや教員・「社会人」というより「人間」失格というべきである。こんな奴こそ真っ先に「不適格教員」の烙印を押して、学校から追っ払ったほうがいいのではないのか!

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異動:公教育の宿命なのだが…

 今年度末で俺は別の中学校へ異動になった。これまでの学校がイヤだというわけでもないのだが、あまりにも規模が小さくて自分の力(たいしたものではないが)を使いきれていないという憾みがあったし、以前にも異動したい気持ちをこのブログに書いたこともある

 さて、そうは言うものの、今までいた学校だって大事な職場、中学生はかわいいかわいい大切な宝である。俺はその宝を自分のできる限りにおいてピッカピカに磨いてきた、と自負している。
 俺が学年主任をしていた1年生は、実に順調に成長し、生徒指導上の問題なんて、たまに爪を切ってこない奴とか前髪が目にかかる奴がいるという程度で終始した。一人だけいた深夜徘徊ネグレクト系の女子も一生懸命(ホントけなげに)学校にはきていた。音楽の授業でも、合唱は、自分でいうのも何だがウチの2年(新3年)もかなり上手だと断言できるし、1年(新2年)は疑いなく市内のどの中学校よりも上手なはずである(少なくとも声の質だけは絶対に)。

 それなのに…である。俺の次にくることになった音楽の教員は、言っちゃ悪いが大変レベルの低い人物だったのだ。市内でも1・2を争うほどの音楽性のなさ。吹奏楽コンクールに出れば地区大会でいつでも最下位。「市内小中音楽会」では例年ダントツの下手さ加減で、自分とこの生徒に恥ずかしい思いをさせている。演奏なんて日々の積み重ねの反映そのものなんだから、授業が成立していないなんて端から見て丸わかりだ。自分でも「私の授業って生徒がちゃんと最初から最後までいた験しがないのよね」と恥ずかし気もなくおっしゃるほどの押し出しの弱さ。よく言えるよね。それって「私は能なしです」って言ってんのと一緒じゃん?
そして「こりゃどうにもならん」というほど都合が悪くなると、やれお産でございますの介護休暇でございますの、と女の武器をフルに活用して敵前逃亡を繰り返し、残された教員や生徒のことを顧みもしない無責任さでも有名。こういうのこそ税金泥棒っていうんだよ、まさしく。
 ここ2年ほど校長の肝いりでやってた有志合唱団も「生徒も楽しみにしてるので、次年度につなげるのに手を打っときたいんですけど…?」と校長にお伺いを立てたのだが、彼は苦虫を噛み潰したような顔をなさって「それはもういいからそのまんまにしておきな…」とおっしゃる始末。

 俺はこれまで「前任校」には手も足も顔も口も出さない主義できた。その方針を変更するつもりはゆめゆめないのだが、さすがに生徒がかわいそう、という気持ちが今回は強い。どの教科でも同じだろうが、音楽は演奏が上手になることによって楽しみが立体的に増していくものだし、音楽では特にそれが肉体的な快感につながる、という意味で精神面に与える効果は非常に大きい。その意味でも、クソな音楽教員があてがわれた学校の生徒は普通の人が想像するよりもず~~っと哀れなのである。えりにも選ってアイツかよ…とどなたでもため息をついてしまうような大物のクソが俺の後釜とは、運命とはいえ悲惨である、といえよう。まったくもう!!

 だが、これは公教育ではやむを得ないことなのだ。なにしろ「均一性を保持」するために一定年限で異動する、ということになっているからな。しかし、そうであるなら余計に教師間に能力差がある、というのは困ったことではないだろうか。A先生がいるときはaだったけどB先生がきたらbになった、というなら文句ないのだがA先生がいるときは10だったけどBせんせいでは1になった、では本来の意味での「均一性」ではないだろう。クソ教師を排除する方策というものはないのだろうか。

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