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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

第2のルネッサンス

 朝、いつものように時間を知るためにテレビをつけておいたら、コマーシャルで突然歌が流れた。いかにも「あ・た・し、バカでぃ~っす!」という感じの、今時の蓮っ葉なおねーちゃんの声で、
「イン アイネム ベッヒライン ヘールレ ダー ショース イン フローエール アーイル~~」だと。なんじゃ~い!!思わず爆笑してしまった。

 そういえば最近「のだめカンタービレ」というコミックがドラマ化され、それを見た大量の中学生がベートーベンの「交響曲第7番イ長調」やジョージ=ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」を知るようになった。なんて画期的な展開だ!

いいことである。シューベルトの鱒なんかも、原語でもあそこまで軽薄な声で歌ってくれれば、敷居の高さなんか感じないじゃないか。「のだめ」にしても、俺なんかが視聴すれば、あまりにも名曲の断片がめまぐるしく飛び出してくるからかえって気が狂いそうになるが、一般ピープルにしてみれば(俺って何様?)今までにこれほどわかりやすくクラシック音楽を紹介してくれる番組はそうそう無かったであろう。

 世紀末が終わってすでに10年である。2000年を中心にして、これほどに「不良文化」が花を咲かせた時代は珍しいのではないか。昭和40年代にPTAや学校関係者がビートルズを排斥したりしたのは今にして思えばあきれるが、それでも、もはや「うんこ」としか形容のしようがない音楽や、どん底までモラルの崩壊した芸人のしゃべりなんかが、全然歯止め無く子供たちの目や耳に流れ込んでしまう現代の方が病んでいるのは間違いない。
たとえば俺(と家内)は「クレヨンしんちゃん」とかはあまりの下品さに我慢ができず、我が子には絶対に見ない・見せないよう厳命し、それは守られたのだが(俺は「ポパイ」や「鉄人28号」なんかが下品だからと、容易には見せてもらえなかった)、そういうことをきちんとやっている親は現在どれほどの割合になるのだろうか。第一そんなことしたら他の友達とのギャップが心配だ、とか考えちゃったりすれば、信念を貫くのは簡単なことではないだろうからな。

閑話休題、俺は、これだけ文化の乱れた世界がもはや倦まれ、これからは「美しい」「穏やかな」「上品な」「質の高い」方向に向かって動き出した、と思いたい。文芸復興だな。そのムーブメントの「点」のひとつとして(今までもいろいろな意味で「点」はボチボチ見られたが)おばかなシューベルトも歓迎したいと思う。ありきたりな言い方だが、その「点」が「線」になり「面」になるのを(何十年というスパンになるかもしれないが)今後期待したいと思う。
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テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

コメント

毎日楽しく、時には批判的な目も含め拝見させていただいております。
個人の思いを連ねてるブログに批判的な意見を載せるつもりは毛頭無いのですがこれだけは一言言わせてください。

「クレヨンしんちゃん」これは実は普段は下品な事も多いですが、そのギャップからか不意打ちでとても道徳的且つ教育的なエピソードがかなりの確率で含まれています。偏見抜きで視聴してみて下さい。(作者自身が聖書からの話を現代的に訳している話もあります)
特に映画の一部は映像業界では近年の邦画では最高クラスの評価を得ており「オトナ帝国」「戦国大合戦」は技術的にも芸術として耐え得る考証と質を持っています。

是非一度眼を向けてみる事をおすすめします。結果はどうあれ「家族」の視点から見た教育のヒントにはなると思います。

  • 2008/01/13(日) 09:08:34 |
  • URL |
  • 毎日楽しく見ています@美術教師 #g6kTOsNo
  • [ 編集 ]

う~~ん。
結局、言いたいのは、私がどう楽しむかではなくて、子供に見せるかどうかなんですね。「クレヨン~」について、私(と家内)が何を問題にしたか、といえば(もはや記憶もおぼろげだが)主人公の態度、親に対する失敬そのものの言葉遣い、などであって、あなたや私のような「大人」ならネタですまされるものが、「子供」にとっては重大な躾へのダメージになる可能性がある、ということだったはずです。内容を評価するにも、ミサ典礼文を浪花節で演奏するようなもの、トイレットペーパーに油絵を描くようなもの、わいせつ教師が道徳の授業をするようなもの、つまり「そういうモン」というギャグがわかっていなければ作品本来の持ち味を楽しむことはできないでしょう。それができるのはあくまでも「大人」であって、精神的に未熟な「子供」にふさわしいかどうかは全く別問題です。
 そういう視点を失って、妙に物わかりがいいんだか、無関心なんだかわからない大人が多すぎるゆえに、商業主義の奴隷になって(子供にとって)悪質なものをばらまきまくる、あるいはそういう自覚を失った大人が横行し、子供の心身が健康に育たない現実を感じてほしいなぁ。私のような物わかりの悪い、ワカランチンなジジイが少しでもこんな状況の防波堤になればいいんだがねぇ。

  • 2008/01/18(金) 23:29:20 |
  • URL |
  • crabfaceguy #-
  • [ 編集 ]

多分見た時期によるとは思うんですが
元々「大人向け」の漫画だったんですよ、クレヨンしんちゃん。
(おそらくこの時期に見たのなら見せたくないのは理解できる)
しかし徐々に子ども向けにシフトしていくにつれてアクの強い話は淘汰され
純粋に90~2000年代を代表する家族アニメになっていた。
子どもに悪影響を与えかねない描写が一切無いとは全てのものに当てはまるので
その分別が子どもにあるかないかを判断するのが親、大人の役目だと思っています。
ここは意見は同じなのです、たとえドラえもんであっても、サザエさんであっても
全てにおいてプラスの方面に傾いてるとは言えません。

そして、ここからはいち鑑賞者の話ですがこういったアニメや作品を先入観で片付けてしまうのは勿体無い事です。
先入観で「これは悪影響を及ぼす作品だ」といって片付けてしまうのは
同じ芸術を教える立場としてどうかなぁ?と思うところもあります。
あの作品には子どもが理解できる範囲で共感し、考えるきっかけになるものも含んでいます。
例え「毒」を含んでいようが、それは全ての作品に通づる事なので私達大人が
「毒」の見分け方、説明や、見た感想を基に考えを聞きだすきっかけが映像作品
が世に出ている一つの意味ではないでしょうか。クレヨンしんちゃんに限らず。
子ども(年代にもよりますが)に美しい作品、芸術品を見せるだけが大人ではありません。
美しかろうが、美しくなかろうが「考えのきっかけ」があるのならば多少毒を含んであれ
「現実との違い」等を引き合いに諭し一つの価値観を形成できるきっかけになる、と私は思っています。
それを知るために私達大人は子どもの必要以上に情報を仕入れ、監視する義務も背負っているはずです。
「のだめカンタービレ」も「クレヨンしんちゃん」も「毒入り」の目線では対して変わりません。
前者は露骨な性描写や怠惰な生活ぶり、後者は上下関係を無視したギャグ。
しかしその毒を抜いてみると、美しい音楽やそれに伴う努力、家族の絆や
本当の友人関係の提起等が含まれています。

見せる、見せないを判断するのも大人の実力と義務。
見せた後の補助も大人の実力と義務。

片方だけでなく私はどちらも必要だと思っています。

  • 2008/01/20(日) 16:32:52 |
  • URL |
  • 毎日楽しく見ています@美術教師 #-
  • [ 編集 ]

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