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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

学校給食とバーバリズム

 学校給食の本来の存在意義が完璧に失われて、すでに数十年になるであろう。今時、喰うもんがないなんて子供はきわめて特異な生活環境におかれている、と言っていい。「欠食児童」の栄養状態を良好に維持しよう、という当初の親心的な学校給食の理念は、我が日本国ではとっくの昔に無用のものとなっているのである。
 にもかかわらず、学校給食をなくそうという動きが、ごく稀で不幸な例:庄和町を除いて全然上がってこないのはなぜなのか。庄和町での「給食廃止」論議は、お母さん方の「弁当作るなんてムリ!面倒くさい、絶対ヤダ!!」という叫び声にかき消されて「他にもっと有意義に教育予算を使いたい」と主張した町長が過労死し、まともな論議にさえならずにご破算になった。つまり、
「学校給食」とは子供の養育を手抜きしたい親に対する単なる行政サービスに過ぎないことが図らずも実証されてしまったのだ(と「プロ教師の会」の河上亮一氏は言っている)。政治家は選挙のこともあるし、うっかりそんなこと言い出せないのは当然だな。

 さて、小学校卒業以来そんなもの忘れていた俺は、学校の教師になった初日にこの「学校給食」に遭遇し、愕然とした。その第一印象は、
「文明に対する破壊工作」である。そもそも焼け跡派の両親に躾けられた俺は、食い物を「まずい」と思うことが基本的にない。人の作った料理を「まずい」と口に出して言う奴を「下品で低級な人間」として軽蔑するだけの、まっとうな分別も備わっているつもりだった。事もあろうにその俺が、メニューの巡り合わせもよくなかったのかもしれないが、この食事を「なんじゃこりゃ!まずい!喰えたモンじゃない!」と感じちゃったのだ。腰のないパスタともうどんともつかない変な麺を、安っぽいメラミンのカップによそってある乱暴な味付けのつゆにつけて、というか混ぜ合わせて、しかもそれを先割れスプーン一本でやらかすなんて、とてもじゃないが文明人のすることではない。まさに野蛮な世界!!中学生ってこんな事やってるのかぁぁぁぁ!!まあ、俺は講師として中途で採用され、勤務初日というのにケダモノのような2年生と初対面してめまいがするような授業をしてきたすぐあとだったから、余計マイナスの印象が強かったのかもしれないが…。
 それにしたって、給食って「望ましい食習慣」とかそれなりの意義があるんじゃなかったのか?第一、食生活って、人間が作り上げてきた「文化」じゃないのか?こんな「上品」とはほど遠い、「洗練」なんて薬にもしたくない、「マナー」なんて死に絶えてしまったような、これが人間の食事と呼べるものか?「衣食足りて礼節を知る」というが、衣食が足りなかった時代の礼節がそのまんま保存されているのか?
 だが、その情けない食事を、いかにも品のよい初老の紳士、という雰囲気の校長先生が黙々と進めているのを見て、俺はさらに愕然とした、というか絶望感を持ったというか。(そのときに俺の脳裏に浮かんだ言葉は「この人は殉教者だ!」であった。)学校ってトンデモナイところだ~~!!何で俺ゃ教師になっちまったんだ~~!と、当時デモシカ気分バリバリの俺は思ったものである。



 でも3日目には慣れました。



 さて、俺が教師になったのは昭和の最後の頃。今では、給食がここまでさみしい状態というわけではないであろう。先割れスプーンも減り、メラミンのカップも(中学校では)強化磁器に変わり、表面上バーバリズムも少しは身を潜めたようだ。さらに俺は大きめの箸箱の中にはし、スプーン、フォーク、ナイフを入れて持ち歩っている。
 しかし、通常の職業人ならあり得ない問題が給食にはつきまとっている。それは、「教師には昼休みがない」ことである。これにはさすがに3日で慣れるわけにはいかなかった。だってお昼は仕事は一休み、なんてアッタリマエの常識、生活のリズムそのものではないか。だが、昼飯を食う時間は教員にとっては「給食指導」の時間であり、れっきとした勤務時間として規定されている。俺たちは4時間目の終了チャイムが鳴るやいなや、総出で配膳室や教室にすっ飛んでいく。そして、当番を叱咤して事故の無いように準備を監視しつつ手伝い、マナー違反がないように目を光らせながら喰うモンは5分以内にかっ込み、さぼって逃げ出そうとする当番を追いかけて後片付けをさせる。さらに至急の学級事務なんかを片付けつつ、すり寄ってくる生徒たちの話を聞き、悪さをした生徒を呼び出して怒り、提出物を出し損ねている生徒の注意を喚起し、委員会を招集して仕事を指示し、場合によっては緊急の会議もあり、4時間目と5時間目の間の60分間はまさに戦場のような忙しさ。でその分の休憩時間も書類の上だけで、現実には担保されていない(その書類上の休憩時間も廃止するようにもうすぐ労働基準法が改悪されるということだ…?)。
 実は、産休代員として2校目に行った中学校の自治体は、学校給食が導入されていなかった。そこでは生徒は弁当を持ってきたり、出入りのパン屋さんで購入したりと、子供たちは自分で昼飯に責任を持ち、先生たちも仕出しや持参の弁当で平和にお昼ご飯を取っていた。給食のない勤務校は後にも先にもここだけだが、「学校に給食が無くたって何にも問題ないじゃん、というかこっちの方がいいじゃん」と今でも思う。それなのに、当時その自治体に住んでいた俺は、回覧板で回ってきた「××市でも学校給食を!」という署名活動に署名しちゃったよ、近所づきあいで。情けないのう。

 繰り返しになるが、「給食なんか無くたっていいじゃん」という意見に対する反駁は、基本的に「お母さん方が昼飯を用意するのが大変だ!!」というものしかないはずだ。はっきり言って、自分の子供の飯ぐらい自分で責任を持つ、という親の義務を肩代わりしよう、というのがこのご時世にそんなに大事なことなのかねぇ。実際、子供たちが高校生になれば皆さん弁当持たせてるんだから、無理なわけないじゃん。それに、給食さえなければアレルギーの子供への対応とか(これは命に関わる重大な問題)、給食費の不払い問題とか、すべて雲散霧消して、学校教育はすごくスリム化され、肩の荷が下りると思うけどなあ。
学校給食関係者は、何だのかんだの、と学校給食の存在意義について理屈を持っていて、それは俺も知っているが、すべて昨今の官僚政治と同じで、後付の理由としか思えない。特に、ネグレクトの家庭みたいなところで喰うものも喰えない子供はどうする?という問いかけも、給食がないほうが対応が簡単、というか自由になるような気がするのだが、どうなのだろうか?
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テーマ:教師のお仕事 - ジャンル:学校・教育

コメント

とっても興味深い記事ありがとうございます('∀'*)

確かに、給食は子供に取ってはなくて良いかもしれないですし、給食センターの給食は不味いと評判です。
私の小、中学校は学校で作っていたので美味しかったし、箸で食べてました。


意見を見る限り、全くその通りですよね。
お母さん方は朝大変なんですよ。主婦ならまだしもhttp://blog87.fc2.com/image/icon/e/263.gif" alt="" width="14" height="15">
先生だって仕事があるのに朝から弁当を作るのは辛いはず。
しかし買い弁では栄養が偏ってしまう。
しかも給食は食費が安い!!
うちは貧乏だったので、家計は助かってたようです(汗)

お母さんにとっては給食は救いってとこですよね(笑)

  • 2007/12/16(日) 13:04:56 |
  • URL |
  • 咲良 #tE21prRc
  • [ 編集 ]

そりゃ,安いんですけど

1食牛乳付き263円ですから。
ありえません。
だから,薬品に漬けた野菜だの,名前のわからない魚のフライなんかが出たりするのです。
時々思うんですけど,子どもに給食食べさせておいて,
自分がホテルのランチなんか食べに行ってる母親たち,許せませんね。

  • 2007/12/16(日) 23:02:02 |
  • URL |
  • すずめ@おばちゃん教師 #YQUfCfM6
  • [ 編集 ]

弁当は便利

桜の花が咲く季節、弁当持って「お花見」気分にひたるには、給食ではなくて弁当しかありません。うちの学校の給食は結構いけます。ほとんど毎日完食ですから。

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