「不登校は病気じゃない!」とは不登校の児童生徒を持つ母親が、時として涙ながらに叫ぶ言葉ではあるが、担任しているほとんどの教師が、「不登校は病気だ」と内心思っていることを俺は信じて疑わない。なぜかって、異常なんだよ、本っ当に!
だいたいからして、不登校の家庭には「共通の特徴」がある。それも、気持ちが悪いほど「共通」なのだ。
1.不登校の生徒がいる家庭は、ほとんどと言っていいくらい父親の影が薄い。家庭訪問しても母親と面談しても、父親の存在を感じることがない。これらの家庭の父親は、まず間違いなくお子チャマである。子どもの教育に対して、最後まで責任を取ろうという意志または気力がない。直接会って話をしても、大変物わかりがよく、ニコニコしながらうなずいているか、評論家のように、他人事のように、我が子のことを語る。そうでないにしても母親(つまり奥さん)の言うことがそのまま父親の意見なのだ。または「意見」を持っていない。
2.不登校の生徒の母親は、ありとあらゆることを「自分で」しゃべってしまう。教師に伝わってくる「子どもがどう考えているか」という内容は、ほとんど母親が頭の中で捏造、といって悪ければ想像した物語である。また、本人と面接しても、その場に母親がいればもうおしまい、すべて(言葉の真の意味において「すべて」)の会話は本人が首を縦に振るか横に振るかだけで事が済んでしまうように、母親がコーディネートしてしまう。そして、猛烈に干渉しているように見えて、実は猛烈に子どものいいなり、召使いというか奴隷であって(それ系のサークルでそう教わってくるらしい?)、明らかに親としての機能は果たされていない。
3.不登校の家庭は、本人にとって、とても居心地のよい場所である。まずかなりの割合で家には本人の立派な個室があり、しかも内側から鍵がかけられるようになっている。また、パソコンやゲームなどの楽しいアイテムがそろっていて、食事にも困らず、夫婦共稼ぎなどで、日中好き勝手なことをしていても誰からも文句を言われずに楽しめる環境が整っている。場合によっては、「ばあちゃん」という財布が近場にくっついていることもある。
ね?
父ちゃんと母ちゃんが文句言わなくて、食うのに困らない居心地のいい空間があれば、そこから出て行こうなんて誰も思わないでしょ。
辻創という人が書いた「父親主義」という本の中では、「不登校」は先進国、特に日本だけに見られる特異な現象、とある。そして、不登校が成立する要件として、「家にこもって何もしないでいても、命の危険にさらされない」というのがあるそうだ。実際、発展途上国など貧しい地域では何もしないでいれば、そのまま餓死する運命が待っているという。
思うんだけど、不登校児の家が火災にあって両親が亡くなった、なんてことになった場合、彼(彼女)は不登校〜引きこもりを続けるのだろうか。不謹慎ではあるが興味あるシチュエーションである。
(つづく)

