最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

チャパツと黒髪

 大阪の府立高校で、色素が薄くて生まれつき茶髪の子に黒染めを強要した挙句のはてに不登校にした、という問題が起こって、裁判になっているようだ。まったくなんとも思いやりのない話ではあるが、現場でもそうせざるを得ない背景なんかもあるのかもしれないし(例えば、その子をあげつらって「なんで俺たちの茶髪はダメなんだ!」と訳も分からず言い募る生徒や保護者の勢力があるとか)、今後どうなるのか。
 だが、問題はそんなことではない。相変わらずのマスコミによる「学校性悪説」がまたしても表面に出てきたではないか。たまたまそのニュースを数日前、テレビ朝日で扱っていたのだが、その時のコメンテーターが、
「大体、黒い髪の子が茶色に染めること自体、目くじらを立てるほどのことじゃないのに…」
とごくごく自然にほざきやがったのだ。なんという犯罪的な発言であろうか。たまたまその時、そのニュースを校長他数人の職員で一緒に見ていたのだが、校長が激怒して、その場でテレビ朝日のカスタマーセンターに苦情の電話を入れていた。誠に、頼りになる校長先生である。
 このブログに以前にも書いたが
黒い髪を茶髪にするのは、明らかな「迷惑行為」である。目くじらを立てるどころの騒ぎではない。今現在、我が勤務校(および前任校)では、そういう生徒は
「いったん帰宅して、直してから再度登校させる」
という指導を一貫して行なっている。さんざん試行錯誤し、何年もひどい目に合ってきた挙句に、やっとそういう指導をする、あるいはできるようになったのである。そこにははっきりとした理由があり、理念がある。そういう苦悶する現場の対生徒・対保護者への力学を全く考慮することもない、こういう心無い余計な一言が、テレビで、全国津々浦々の、何も知らない人に、ある種の権威ある人の言葉として、届いてしまうという恐ろしさ、影響を思うと、誠に憤懣やるかたない。テレビ局だって、そんな苦情電話なんてごまめの歯ぎしり程度にしか考えようともせず、このコメンテーターも訂正の発言をすることもなくそのまま終わってしまうのであろう。現場の教師がどんな思いでチャパツの指導をしているのか、その意味も何も知らないくせに。
 そうして少しずつ少しずつバッシングされて、知らない間に環境がむしばまれている学校は、これからどうなるのか。「学校」を、「国民の財産」として、もっと大事にしてくれよ!
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テーマ:教育問題について考える - ジャンル:学校・教育

コメント

質問です(長文で申し訳ありません)

私は教師を目指している学生です。
校則は学校が理念の元に作った必要だからあるもので、「そうせざるを得ない」から細かな校則が出来ていくのは分かります。黒髪を茶髪に染めるのを(よく「頭に抜ける」と言いますが)許容してしまえば、一気に学校の風紀は乱れ、学校の評判の落下、受験の困難に繋がると考えます。そういった問題もありますが、本文中の「犯罪的」というのがあまり理解できません。また、髪を染める生徒をどのように説得しますか?助言、よろしくお願い致します。

  • 2018/03/30(金) 13:58:51 |
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  • まりえ #-
  • [ 編集 ]

Re: 質問です(長文で申し訳ありません)

 ずっと気づかず返信が遅れて申し訳ありません。

 営々と時間をかけて築き上げてきてそれなりの価値もあり必然性もあるものも、ぶち壊そうと思えば一瞬で壊すことができる。それを再構築しようと思えば、とても長い時間と莫大な手間がかかります。「学校というシステム」は一朝一夕にできたものではありません。かつて1980年代に、「システムとしての学校」に対し、かなりの成功を収めた破壊工作が行われました。それは、朝日新聞の「いま学校で」というコラムです。この中では学校は悪者、教師は悪の祭司、そして(悪いのも含めて)どんな生徒もかわいそうな被害者として描かれました。私はこのころ学生で、教師になるつもりもなかったので、このコラムを読んで、朝日新聞という権威による勧善懲悪物語に小気味よさを感じるとともに、「学校というシステム」は悪そのもので、破壊しなければならない存在だ、という考えに染まっていました。私の親も兄弟もそういう風でした。さらに「金八先生」などという全く現実離れしたドラマが世間をにぎわし、このような世の中の傾向に拍車をかけました。そんな中で、学校は「自分の都合で生徒を管理する」というバッシングに委縮し、どんどん世間の悪しき風潮を教室の中に混ぜ込んでしまい、そのころ顕著になり始めた「学校荒廃」はさらに加速度を増してしまったのです。
 施設は壊され、授業は成立せず、一部の勝手な奴らがのさばる陰で、まともな生徒たちが甚大な被害を受ける、という学校が数えきれないほど発生しました。若くして職を辞していった新任教員も大勢いました。それを昭和の終わりごろから少しずつ少しずつ立て直してきたところに私も身を置いていました。我々が必死に戦っていたその時に、常に足を引っ張っていたのはマスコミによる学校バッシングでした。結局マスコミは「学校」という存在に対しての憎しみを普通の善良な人たちに植え付けるのに成功した。その影響は未だに生き残っていて、何かあるたびに「これだから学校は…」という論調で語られるのを、誰もが何の疑いも持たずに受け入れている。

 学校なんて大したもんじゃありません。少数の教師が大勢の子供たちに教育をしなければならない。そのためには秩序が必要だ。それだけの場所です。「システム」としてバッシングされなければいけない理由なんかない。それを、自分のイデオロギーと合わなかったり、自分が学生の時に気に入らないことがあったからって逆恨みしていたり、そういう人々のうちの声の大きい人がいろいろな屁理屈をつけてもっともらしく悪口を言っているだけなのに、みんな無批判にその尻馬に乗っている。これって犯罪的だと思いませんか?こういう世間からの圧力は最終的には必ず弱いところ、静かに黙っている人々に向かいます。つまり、まともな家庭に育ったまじめな生徒が被害を被る、学習権を侵害されることになるのです。
「茶髪ごときで目くじらを立てるなんて云々」とコメントする論客はそれをわかって行ってるのかは知りませんが、いずれにせよ犯罪的な発言だとは思いませんか?まあ、現場で日々生徒と対峙している教師の立場としてはそう思うわけですよ。

もう一つの質問、「髪を染める生徒に対してはどのように説得するか」ということですが、これはその場その場で違うだろうし、中学か高校か、高校でもどういう立ち位置の高校かによっても変わってくるので一概には言えません。そもそも法律で禁じられているわけじゃないですからね。いずれにせよ、説得の論拠はほかの先生との共通の考え方を踏まえなければいけないと思います。これまで見知った内容でも、「生まれたままの髪の毛の色が一番美しいんだから」というものから「規則は規則だから説明する必要なんかない、納得もしてもらわなくて結構」というものまで様々です。「自分の責任で好きに染めてもらって何の問題もありませんよ」なんて余裕の学校もあるし。時代によっても地域によっても変わってしまいますからね。とにかく説得するんだったら、自分の信念をしっかりもつこと、理論武装すること、しつこく妥協せず、相手の屁理屈に負けずに最後まで戦うことが大事です。


> 私は教師を目指している学生です。
> 校則は学校が理念の元に作った必要だからあるもので、「そうせざるを得ない」から細かな校則が出来ていくのは分かります。黒髪を茶髪に染めるのを(よく「頭に抜ける」と言いますが)許容してしまえば、一気に学校の風紀は乱れ、学校の評判の落下、受験の困難に繋がると考えます。そういった問題もありますが、本文中の「犯罪的」というのがあまり理解できません。また、髪を染める生徒をどのように説得しますか?助言、よろしくお願い致します。

  • 2018/06/06(水) 00:35:45 |
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