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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

ボランティアの効用?

 ボランティアについては、最近かなりやかましく言われるようになって、上からもやたらにやらせろやらせろと言われるし、高校なんかでも入試の時に評価するようになって、調査書にもそれなりに克明に記述するようになった。以前、阪神淡路大震災の時に現地へ行ってボランティアを、それも3週間もやってきちゃった、という行動派の中学生までいて、我々を驚かせたものだが(授業はどうなったんだ)、そういう時代なのか?

 この傾向にはいろいろと議論が多い。まず、「ボランティア」というのは無償の自発的な行為なんだから、強制的にやらせたり出席を取ったり評価するようなことはオカシイ、参加するかどうかはあくまでも本人の意志に任せるべし。もう一つは、強制だろうが何だろうがやらせることが先決、まずは何をどうするかというのを体験させるべし。という二つの意見があって、教員の間でも意思の統一をするのはそう簡単ではない。

 私はもちろん後者の説をよしとするが、前者の説を支持する人たちってヤバイよ。特に教育関係の人だと、どういう神経をしているのだろう。確かに一見すれば間違いじゃない。崇高な心の存在を信じる大人の態度ってヤツですかね。だが、相手は子供だ。それも、焼け跡闇市時代の「小さな大人」ではない文字通りの子供。平和で豊かな時代に生を受け、貧しさというものを知らず、ゲームばっかりやってて読書による疑似体験すら乏しく、助け合いの精神なんて薬にすることもなかった、「大きな子供」である。この人達は何よりも自分が大事、といわれて育ってきた。他人様のために何かをするなんて発想はない。「ボランティア」やってね、と言われてもほとんどの生徒は呆然と立ちつくすのみ。大事なのは「無理矢理やらすこと」なのだ。
「そうかぁ、こういうことをやるのか。じゃ、俺やりたくねぇ。」というならそれはそれでけっこう。知ることが大事。教えることが大人の義務。だって教育なんだから。

教育の成果はすぐには出ない。今日「やりたくねぇ」と言った生徒が10年後20年後の何らかの状況でこの時のことを思い出したときに何と思うか、それが教育の成果ってもんだ。だから皆さん、中学生には「ボランティア」、堂々と強制しましょう。内申書で脅しをかけたって結構!ためらう必要なんかありません。
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テーマ:子供の教育 - ジャンル:学校・教育

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