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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

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2月から退職金削減の埼玉県で教員110人が「駆け込み退職」の動き

 本当に腹が立つね。なぜこういう至極当然なことがニュースになるのか。しかもそれに対する批判的な論調…!まさに学校バッシング。批判のための批判でしょ。イジメっていうんだよ、そういうの。

退職金減る…埼玉の教員110人が駆け込み退職

 退職金減額の話は昨年暮れの職員会議で校長から説明があった。皆無言で聴いた。会議終了後、俺は資料の数字を見ながら、定年までの残り数年のどこで退職するのが一番得なのか電卓片手に計算した(当たり前だ)。俺の場合ちゃんと定年まで勤務した方が得だ、ということが判明したが、途中でやめた方が得な人はどうなるのか。やっぱ辞めるよね~。

 で、埼玉県では110人もの定年を迎える教師がそういうことを言い出した、というわけだな。中には担任もいれば教頭もいる、と。すごい話だ。でも、何も不思議なことではない。もともと行政側としては早期退職を推進していたし。
「1月末で減らすよ」
といわれれば、それは
「1月までに辞めなさい」
ということでしょう?違うんですか?むしろ
「1月までで辞めさせられた」
と表現するのが正しいワケで。それなのに首謀者の県知事が
「不快なり」
なんて言ってる。ナニ、それってただ働きをするのが当然だ、ということか。普通の感覚として正常ですか、このヒト?担任している生徒を放ったらかして辞めざるをえない方々の胸中や如何?

 一番腹が立つのが、
「聖職者のくせにはした金に目がくらんで」
という言い方をする低脳(といって悪ければ時代遅れの石頭)がかなり多いことだ。聖職者ってナニ?お坊さんのこと?
 かつて「聖職」とされる職業がいくつかあったが、今はないでしょ、そんな仕事?みんなして仮面を引っぺがすのに一生懸命になっちゃったんだから。代議士はカネの力で統率するボスがいなくなって会派が乱立。お医者さんだって、医療事故が起こる度に裁判になる。それがいやで、実際に産婦人科のなり手がいなくなっちゃったじゃない。
 教師もそう。モンスターペアレントというほど理不尽な要求でなくても、かつてあり得なかった面倒くさい要求、細かいところのアラ探しはもちろん、以前は全然やってなかった「親切心に基づくサービス」を当然享受できるものだと思っていて、そうならなかったときにブチ切れる異常性格者が、想像以上に多く保護者の中に紛れ込んでいる。
 ムチャクチャにやりにくい対生徒・対保護者の自分勝手であるゆえに錯綜した人間関係を綱渡りのように捌き、山のように風呂敷残業を持ち帰るが残業代もなく、夜討ち朝駆けの家庭訪問で何しに来たんだと露骨に迷惑がられ、土日に部活指導に出て行っても休日出勤手当もチョー泪金でボランティアそのもの、給食費払ってるのにタダメシ食ってると誤解されてしかも炭水化物ばっかり食わされてメタボになり、挙げ句の果てに保護者はみんな自分の子供を預けた教師をバカだと思っていて、それをストレートに子供に言っちゃう。だいたい、今の生徒は、先生のこと呼び捨てが当然ですからね。少なくとも陰に回っては名字で呼び捨て。年端もいかない小僧小娘にハゲとかジジイとか誹られて、それもあまりにも多すぎていちいちとがめ立てもできず、懲戒処分がイヤだからぶん殴ることもせずに全部腹の中にしまい込んでるうちに感覚が麻痺してどうでもよくなってしまい、それをまた見とがめられて
「学校のしつけはどうなってるんですか」
とクレームを付けられる。お前がやれよそんなしつけ!ってなもんだ。今時の教師は、とにかくバカにされるばっかりで尊敬されない。
「いつもお世話になって」
という人間関係円滑化のための当然のあいさつさえもロクに交わせないお子チャマ保護者に囲まれて日々不安になるばかり。
一体この仕事のどこが「聖職」なのさ。誰からも聖職者扱いなんかされてないじゃない。それで、正当にサラリーをもらおうと思っているだけなのに、そういうときだけ
「聖職者なのに情けない」
って、どこからそんな死語を探し出してくるの?そういうアナタだって、日頃は教師なんか聖職だなんて思ってないでしょ?一体何様のつもりですかっていうの!
「退職する方は結局生徒の指導よりお金を選ぶという時点で先生ではない気がする。」
なんて趣旨の発言をなさる人も多いが、マジ腹が立つ。さんざんバッシングしまくられて、ボロ雑巾のようにされ、精神疾患での休職者を大量に出し、給料も長年にわたってどんどん減額され、子供は指導しても指導しても年々バカになる一方で、やりがいを感じることもめっきり少なくなってしまったこの仕事。「生徒の指導よりお金を選」んで何が悪いのか、本当に教えてほしいよ!
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テーマ:教育問題について考える - ジャンル:学校・教育

コメント

色々な人がいいですね

 正論ですね。お説ごもっとも。私は正論にはきみさないことが多い変わり者なのですが、不思議なことにこの記事の正論には全く違和感がありません。
 私の先輩の、小学校から大学まで同じだった元超難関大学の総長だった人。私の学生時代、総長だった大学で凄い人でした。学園紛争を収拾した人。でもその人が定年でお坊ちゃん学園の学園長となり、果たして実績を上げられたのか、不明です。彼はまさに正論を言う聖職者だったから、かも。
 私が尊敬している小学校時代の私の担任は、全く怒らない、教えない、自分の子供を良く世話をする、父兄にはやられっぱなし、の先生でした。でも、晩年はその学校の校長になり、実績を上げられました。でも、先の元総長に台無しにされたかも。今は東北の教員たちに講演旅行をしています。80歳にはなったはずです。
 言いたいことは適材適所。聖職者だけでは息が詰まる学校になるでしょうね。

  • 2013/01/24(木) 18:02:58 |
  • URL |
  • tsuguo-kodera #-
  • [ 編集 ]

コメントありがとうございました。
とかく、現代は教員だというだけでひとくくりで尊敬どころかむしろ色眼鏡で見られる風潮があります。プライドが持てない職業なのに、さらに滅私奉公を当然のように要求されたのではたまりません。

  • 2013/01/26(土) 17:47:03 |
  • URL |
  • crabfaceguy #-
  • [ 編集 ]

思いつくままに

少しだけ、保護者と先生の両方の視点が想像できるので書きます。
今回の新聞記事は、学年末に先生がやめちゃった生徒の視点に焦点が当たっていると思うので、それ以外の所から。
保護者は、先生方の事を「バカ」とは思っていないと思います。ただ、教育現場で起こっている事を、想像というか、実感できないんだと思います。
仕事の実際の量や煩雑さもわかりずらいですが、それよりもっと見えにくいのが、先生方が何を願い、どんな気持ちでお仕事されているのか、です。例えば、子どもから親に伝わるのは「先生は怒った」「○○した」などの事実がほとんどです。本当は、事実の後ろには先生方の「願い」や「気持ち」があって、何か大切な事が成長することを願って「怒って」いたりする。本当は、伝わってない事のほうが、伝わっている事実よりもとても大切なんだと思う。
人を怒る(指導する)時って、実は怒っている本人も傷ついていたりする。こんな事、言いたくないよ、悲しいよって、心のどこかで思っていたりする。でも、決して口には出せない。放置するわけにはいかないし、言ったからって相手が受け取ってくれるとは限らない。受け取ってもらえたとしても、どうにもならないことも多い。違いますか?
先生方にも色々な方がいらっしゃるでしょうから、全てがこうだとは言いません。でも、いつも思うのです。お互いになんとかならないのかなあ・・・と。お互いの気持ちや立場を「わかる」って、どうすれば可能なんだろう?って。

今回の件も、喜んで辞めた先生方は少ないんじゃないかって思います。だって、皆さんは人と関わるのが好きで、この職業に就いた人達でしょ?最後の最後に来て「途中だけど、もう・・・いいや」って思った心の中には、どんな風景が広がっていたんでしょう?本当に、お金の事だけなのでしょうか?
先生方って、対外的に泣き言はいいませんよね。
あんなにたくさんの人に囲まれていながら、何だか孤独な職業だなって思った一保護者でした。

  • 2013/01/27(日) 12:58:12 |
  • URL |
  • 先生お疲れさまです #-
  • [ 編集 ]

 この話は最初っからおかしいんですよ。
 なぜ、「2ヶ月を残して辞めさせられた教師と残された生徒がかわいそう」という、最も当たり前の方向に話が行かないのでしょうか。そして、ただ働きをしないからといって教師が責められる、というのは異常じゃないですか!
 結局、1980年代からこのかたずっと学校バッシングというものが社会のモーメントとして続いてきて、教師が思ったようなことができなくなってどんどんプライドを失っていき臆病になり、それまでやっていたことができなくなったからといってさらに学校・教師がバッシングを受ける、というスパイラルに陥ってきたのではないか、と。それなのに「教師は聖職」という伝説だけが残っていて、ただ働きをしない教師はけしからん!とはね。プライドがあるからこそ聖職は聖職たり得ると思うんですけどね。

  • 2013/01/29(火) 19:33:24 |
  • URL |
  • crabfaceguy #-
  • [ 編集 ]

 お返事ありがとうございます。

 私は、先生方の気持ちを知りたかったのです。crabfaceguy先生がお返事に書いているように、「ただ働き」を半ば強要するようなやり方も、それを片方の視点からしか見られないのも、異常です。物の見方にバイアスかかりまくり、ですよね。こんな言い方をすると失礼かもしれませんが、先生方って、すごく不自由そうだなって思いました。でも、先生方は聖職ですよ。なんていうか・・・私は、100%の「聖」なんて、この世には存在しないと思っています。私の中での聖職のイメージは、ドロ沼の中であがきながら、前を見てる人、です。

 先生が給食アレルギーの件について書かれた事も読みました。親にとっては、子どもは我が子だけ、でも先生にとっては学級の40人のうちの1人。先生から見た、保護者と先生の視点の違いはそこですね。改めて肝に銘じました。本当にそうですね。社会に出て、自分の足で歩いていける子に育てるためにも、自分の事は自分で対処出来る子に育てなければ。色々参考なりました。ありがとうございました。

  • 2013/01/30(水) 01:29:42 |
  • URL |
  • 先生お疲れさまです #-
  • [ 編集 ]

イタリアなら全国民が突然一斉にストライキを起こすレベル。
聖職者って言うけど、協会の神父様だって、お坊さんだって、それなりのお金は頂いている。彼らよりもさらに上を行くね、すごいわただ働きをサラリーマンの教員にさせるなんたぁ

  • 2013/05/01(水) 01:38:35 |
  • URL |
  • あほ #-
  • [ 編集 ]

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