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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

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死んでしまっては何にもならない

 大阪で、高校生が体罰で自殺したのをきっかけに、当該高校の体育科の入試が中止になった。このままの勢いでは教員の異動もかなり大規模なものになるのであろう。校風が刷新されて体罰が根絶できればそれは慶賀するべきであろうが、その一方で進路に悩む中学生が大勢出ているのも事実である。今までどおりでもよかったのに、と思っている在校生もいっぱいいるようだし…。

 で、今回の問題は入試とか教育委員会の制度とか、そっちの方に話が進んでしまっているので、それは別の方面にまかせておき、俺としては不謹慎を承知で突っ込んでみる。この、自殺した高校生~バスケ部部長は、騒ぎがこういう方向に進むことを想定して死んだのであろうか。もしそういう覚悟の死であるなら別だが、単に苦しい立場から逃れるだけのために死を選んだとしたら、もってのほかと言いたい。

 遺書の中で本人も自覚していたように、自殺は周りに迷惑をかける行為である。また、一生懸命やってる奴ら(仲間)を見捨てる行為である。あらゆる人間から受けた恩をすべてむなしくする行為である。命の尊厳を真正面から踏みにじる行為である。当然ながら、まともな宗教ならどこの宗派も自殺は原則禁止の悪行であり、地獄に堕ちるとされている。どんなに苦境に立たされたときでも、「自殺」だけは打開策の中の一つにしてはいけない、というのは常に変わらぬ真理であろうが!(目の前の生徒に話す場合でも、その視点だけは変えるわけにいかないでしょ?)
 
 とはいえ、自死を選ぶ人の、その時の精神状態は病んでいることがほとんどといわれる。彼にしても死ぬぐらいだったら、例えばストライキをする、登校拒否をする、警察に告訴する、部活をやめる、学校をやめる、と傍目にはちょっと考えただけでもいくらでも選択肢を思いつくことができるのに、それをしない(というより考えられない)わけだから、相当追いつめられて精神状態が硬直していたのだろう。

もし、自殺したこの生徒が、自分の高校がこんなことになっている、と地獄で知ったならばどう考えるのか聞いてみたいものだが、もはや彼が語ることはないのである。
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テーマ:教育問題について考える - ジャンル:学校・教育

コメント

仏教は自殺を禁止していませんよ

ちょっと調べればわかることですが、仏教は自殺を明確に禁じてはいませんよ。そもそも、生きる事は苦しい物だが自殺しても輪廻からは逃れられない、と自殺の無意味性を説くのが仏教の教えですからね。多くの宗派で教義として絶対禁止を教えているという事はなく、自殺対策に取り組んでいるお坊さんは、個人の判断で活動されているはずです。あなたにとっては、仏教はマトモな宗教ではないのでしようね。

後、迷惑をかけるから死ぬな、という理屈なら、生きている方が死ぬより大きな迷惑をかける人は皆自殺した方がいいことになりますね。現に、自殺した高校生も、そう思ったのでしょうし。今回の事件にしても、あくまで教師の体罰が問題になったのであって、体罰もなく理由不明で自殺したなら、大した迷惑にはなってませんよ。親族、教師、友人が悲しむぐらいです。社会全体からみれば、就職した後に自殺される方が、より迷惑だったかもしれません。迷惑の量で自殺の有無を決めるなら、自殺した高校生の判断は正しかったんじゃないですかね?

  • 2013/04/20(土) 06:35:28 |
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  • #mQop/nM.
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