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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

最低最悪の体罰事故

 大阪の高校で体罰を苦に自殺する生徒が出た、というニュースは、本当に暗澹とした気持ちにさせてくれるじゃないか。一番あきれるのはこの学校、体罰が常態化していた、というところだな。たとえ「体罰」というものが法的に許容されているとしたって、人様の大事なお子さんに手を上げるなんてことは、そう簡単にやっていいはずはない。そういう「畏れ」の感覚が麻痺しているというのは極めて危険である。何の考えも指導上の工夫も無しに生徒をぶったり蹴ったりして普通だと思っている、さらには教師の虫の居所で子供たちが被害を被る、もっと進めば生徒をぶん殴ることにある種のカタルシスを感じる変態サディストが紛れ込む可能性だってある。体罰が禁じられている現代の日本の学校では絶対あり得ないことでしょ。そういうのを容認する風潮があったらしい件の高校の「教師を全部入れ替えろ!」と大阪市長がわめくのも、あながち的外れではない、というより明確に事の本質をついていると思う。なぜなら、一番心配なのは<俺たちは体罰による指導がよかったから、強くもなったし、成長したんだ!体罰は正義だ!>と考える人間が生産され、周囲に拡散して体罰の連鎖を引き起こすことなのである。つまり、体罰による指導を容認する雰囲気こそが諸悪の根源であり、ぶっ潰さなければならないのは事件を起こした個々の教員ではなく、職員室に巣くう空気ということになるからだ。
 それにしても、今時体罰で指導する先生がいるとはね~。本当に何回もいうが、俺の周囲で生徒に手を上げる先生なんて、もう10年以上皆無だからさ、その存在が信じられないよ。大阪って遅れてるのかね~。というか、今回のことが特異な場所で起こった極めて特異な事件というか現象であってほしいものだ。

 以前に書いたことの繰り返しになるが、「体罰」が法律で禁止されている以上、学校には「体罰」は存在しないはずだ。したがって学校で先生が生徒を殴ったりするのは刑法208条でいうところの暴行罪にほかならない、と俺は考えるが、どうなんだろうか。(もちろん、「生徒が先生を」のシチュエーションでも同じこと。)
一方、「体罰」はある極めて限定された場面では絶対に必要なものだ、というのも現実ではあるのだが、そういう場面に出くわしても俺は絶対に手を出さない、自分がかわいいから、というのも以前と変わりない俺のスタンスである。
 とにかく、ぶっちゃダメなのよ、何がどうあっても。手を出したら負けなんだから!
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テーマ:教育問題について考える - ジャンル:学校・教育

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