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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

自己評価という名の自己欺瞞

 最近、4~5月・10~11月・1月、と俺たち兵隊(だけでもないらしいが)の手を煩わせる面倒なシゴトがある。その名も「自己評価シート」。まず年度当初に、各々の今年度の目標を「教科指導等」「学年・学級経営、生徒指導等」「その他の校務等」に分けて立て、それを記述するとともに、その目標達成に対する「難易度」を設定する(当初申告)。次に10月頃、その記述内容に対して途中で修正等があった場合に書き直す(中間申告)。最後に1月頃、目標が達成されたかどうかを報告する記述をし、「達成度」を書くとともに、自己評価をする(達成状況申告)。そして、そのそれぞれの時期に教頭および校長と面談して報告する、というものだ。ま、このように書けば、そうなのかな、という感じではあるが、実際にはどうなのだろうか。
そもそも、こういうのが始まったのも、もとはといえば「指導力不足教員」が全国的に問題になったために他ならない。子供の顔を見ることもできない、基礎的な教える技術も児童生徒と話をする能力もない、なんていう「あり得ない教師」を現場から排除するべきじゃないか、そういうシステムがないなんておかしいじゃないか、という世の中のバッシングに答えたものだったはずなのである。ところが。

 まずその目標設定であるが、普通の感覚で言う目標を設定することはない、というかあり得ない。たとえば一般企業の目標設定なら、売上高いくら、とか生産数とか歩留まりとか、自分の職務職責における数値目標を立てることができる。ところが、教員の場合それは立てにくい。というのも、結局のところ生徒にどう反映したか、という達成状況を数値化することができないからなのだ。うっかり「自分の受け持ち教科の中間期末試験の平均点70点以上」なんて目標を作ったとすれば、そこに向けて劣等生のテコ入れが必要になるし、それでも追いつかなければ(実際にはどうしたってまず追いつかないから)試験の難易度を下げざるをえなくなる。そうなると教育課程本来の目標にはたどり着けなくなっちゃう、とかそういう余計な問題がさらに発生する。じゃあ目標の平均点を30点にするか?それでは目標の「難易度」が低くなりすぎる。「生徒が音楽を愛好する心情を高める」なんてワケのわからない目標を立てちゃえばいいよね。それで本当にそうなったかどうかなんて計測することはまず無理だから、まあ目標を立てた当の本人が年度末に自分の受け持ちの生徒を見てこんなモンかな、と感じたとおりに自己評価すればいいからね。そもそも、大本になる学校教育目標自体が、「健康でたくましい生徒」とか「自ら学ぶ力を持った生徒」なんていうとても目標とは言い難いシロモノなのだ。まあ、あまりにも様々な人間の集まる公立学校だから、この程度が限界かもしれないし。
 そういうわけで、この「当初申告」は年度当初に申告しただけでたいてい忘れちゃうんじゃないかな。第一、このシステムが始まった最初の年はけっこう大変だったけど、その後はみんな前年度のを焼き直して使ってるからね。そのまんま平成何年のところを変えただけで出すなんて馬鹿もいるらしいし。で、年度末、「達成状況申告」の時が来る。その時あらためて、1年前に自分が書いた目標を見直すわけだが、そういうヌルい目標なわけだから、達成度もabc のb になるのは当然である。そして、自己評価(自分がどれだけがんばったか、を自分で評価するのさ)も当然真ん中の評価となる。くだらないでしょ?
 ちなみに、今年度俺は年度当初から病休を取った関係で、復帰後、代員がやったシゴトの尻ぬぐいのため、とんでもなく苦悩し、健闘し、しかも目標達成どころの騒ぎじゃなくなった、という部分があった。で、それを正直に「達成状況c、自己評価a」と書いて提出しようとしたら、教頭が、
「これはあり得ないんです。どっちもbにしてください。給料にも関係ありませんし」
と、修正を要求してきた。確かに自己評価でaを書くなんて、普通の日本民族としてはけっこう勇気が必要ではあろう。(でも書いたっていいじゃん。)だが、達成状況が悪い、と当の本人が思っているのにそれをbにさせようというのはどういう意図なんだろうか。そんなこんなしていれば当然、校長(教育委員会)のところに集まる自己評価シートはすべて達成度b、自己評価bのものになるわけであろうが、だったら、こんなのいったい何のためにやってるんだろうか。俺には全然意味の無いものにしか映らないのだが…。

 たしかに、それぞれの年度当初に、
「今年はこんな風にやったるぞ」
と新たな気概を持って取り組み始める、それを文書なり何なりにして表明する、というのは悪いことじゃない。というかむしろ良いことにはちがいない。だが最初っから困ってしまったのは、お上から降りてきたこの「自己評価シート」に書かなきゃならないことと実際のおシゴトとの間にけっこうな溝があるんだよな~。たとえば、「土日も返上して部活の指導やります!」とか「教材研究で毎日8時まで時間外労働をします!」なんて全然要求されないことだし、「学年会計を適正にやります!」なんて、できて当たり前のことだ。それに、俺たちが日々てんてこ舞いしている山のようにある細かいくだらない野暮シゴトをどこでどう評価してもらえるのか。そして結局のところ生徒にとって有益なのか、というところからまるっきりかけ離れているようにしか思えないのだ。となれば、それなりの時間を費やして書類を書いたり校長教頭と面談したりするのはただただ煩わしいばっかり、人の足を引っ張るだけのものにしか思えなくなる。今のシステムについては全く賛成できない。一時、給料の査定にこの自己評価シートが利用されるような話もあったが、それも沙汰止みになってるし、第一、もし給料に関わるんだったら誰だってaって書くじゃん。
 結局のところ、行政が住民の不満に対して
「こういう風にしてますよ~」
というアリバイ作りをしているだけで、現場では何の役にも立ってない。むしろ邪魔な書き物が増えるだけの、こういうのは正直よしてもらいたいものだよな~。
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テーマ:教育 - ジャンル:学校・教育

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