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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

世界に一つだけの花

 まあ、今更という気もするが、スマップの「世界に一つだけの花」という歌があり、俺はこの歌が大嫌いである。というか、こんな歌が世の中に影響力を持つグループによって歌われ、一般に浸透しちゃうことは教育上非常にまずいことだ、と初めてこの歌を聴いた瞬間に直感し、苦々しく思ったのをいまだに覚えている。同時に、この歌を教育現場にストレートに教材として導入するバカが大勢でるであろう、というのも容易に想像できた。まあ、音楽作品としての善し悪しで考えれば、好みの問題だからね。自分で聴いたり歌ったりするのは個人の勝手ではある。だが、教育上の「思想」として考えた場合には話は別ではないかい?
 何しろ、この世は競争社会、一皮むけば弱肉強食。そんな世の中にこれから出ていこうという頑是無い子供たちに、わけがわからないうちにこの歌のメッセージのような考え方を吹き込んでしまっちゃっていいのか?そもそも、人類の進歩は(なんて大上段に構えることには常に照れくささを感じるのだが)「切磋琢磨」が大きな原動力の一つになっていたはずである。他人と競争し、勝利しようとする感情は、生きていく上での重要な基礎的能力(生きる力)の一つのはずだ…よね。それはどんな形にしろ鍛えなければならない、と俺は常々思ってきた。期末テストの順位しかり、部活動の結果しかり(勝利至上主義は極端に行き過ぎがなければ必ずしも悪いものじゃないでしょ、というか、俺はあえて積極的な意義を見ているのだが)。すべてとは言わないが様々な場面で「一番になりたがる」ように、我々は疑いも抱かずに、あるいは無意識に、日々仕向けているし、実際そうやって生徒の力を伸ばしてきた。俺自身だって、人に負けるのはイヤだ、と今でもこだわって努力している部分もあるし、人生の中でひたすら1番を念じて励んできた時期もある。それこそが自分自身を表現することになる、と信じて!
 それなのに、ああやっぱり、というべきか、この歌を心から気に入った教師(というか大人たち)がた~くさんいたのだ。「個性の伸長」が教育界でも声高に叫ばれていた時期でもあったからね。俺はこの歌がヒットしていた当時はひたすらに黙殺しようとしたものだったが(完全には無理だったのは言うまでもない)、ほどなく小学生たちは鼓笛隊なんかで演奏までしたりしてすっかり慣れ親しんで中学にあがってくるようになった。中学の教師でさえ、この歌が好きだ、なんて言う奴がいる。しょうがねぇなぁ。うっかり生徒になんか言うなよな。(体育祭とか、どうやって生徒にがんばらせるつもりなんだ?足すくわれねぇか?)

 だいたい、この歌を歌っている人たちはある意味非常に能力の高い、言い方を変えれば「一番になった」人たちといえる。「タレント」ってぐらいだからね、そりゃ当然である。結局、「世界に一つだけの花」を咲かせることができるのは「一番」を目指したヤツだけなんだ、と、なんかでこの歌に関わらなきゃいけない時には、俺は生徒に言うことにしているのさ。
 だが、一つ怖いのは、歌(音楽)というのは理屈でなく心に浸透してしまうことがあることだ。子供たちが将来何気なく口ずさむとき、無意識に切磋琢磨が必要な肝心の場面から逃れようとする感情(もっとはっきり言えば怠けとか逃げ)の手助けにこの歌がなってしまう、なんて妄想が杞憂であることを切に願う。
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テーマ:教育 - ジャンル:学校・教育

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