FC2ブログ

最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

チャパツと黒髪

 大阪の府立高校で、色素が薄くて生まれつき茶髪の子に黒染めを強要した挙句のはてに不登校にした、という問題が起こって、裁判になっているようだ。まったくなんとも思いやりのない話ではあるが、現場でもそうせざるを得ない背景なんかもあるのかもしれないし(例えば、その子をあげつらって「なんで俺たちの茶髪はダメなんだ!」と訳も分からず言い募る生徒や保護者の勢力があるとか)、今後どうなるのか。
 だが、問題はそんなことではない。相変わらずのマスコミによる「学校性悪説」がまたしても表面に出てきたではないか。たまたまそのニュースを数日前、テレビ朝日で扱っていたのだが、その時のコメンテーターが、
「大体、黒い髪の子が茶色に染めること自体、目くじらを立てるほどのことじゃないのに…」
とごくごく自然にほざきやがったのだ。なんという犯罪的な発言であろうか。たまたまその時、そのニュースを校長他数人の職員で一緒に見ていたのだが、校長が激怒して、その場でテレビ朝日のカスタマーセンターに苦情の電話を入れていた。誠に、頼りになる校長先生である。
 このブログに以前にも書いたが
黒い髪を茶髪にするのは、明らかな「迷惑行為」である。目くじらを立てるどころの騒ぎではない。今現在、我が勤務校(および前任校)では、そういう生徒は
「いったん帰宅して、直してから再度登校させる」
という指導を一貫して行なっている。さんざん試行錯誤し、何年もひどい目に合ってきた挙句に、やっとそういう指導をする、あるいはできるようになったのである。そこにははっきりとした理由があり、理念がある。そういう苦悶する現場の対生徒・対保護者への力学を全く考慮することもない、こういう心無い余計な一言が、テレビで、全国津々浦々の、何も知らない人に、ある種の権威ある人の言葉として、届いてしまうという恐ろしさ、影響を思うと、誠に憤懣やるかたない。テレビ局だって、そんな苦情電話なんてごまめの歯ぎしり程度にしか考えようともせず、このコメンテーターも訂正の発言をすることもなくそのまま終わってしまうのであろう。現場の教師がどんな思いでチャパツの指導をしているのか、その意味も何も知らないくせに。
 そうして少しずつ少しずつバッシングされて、知らない間に環境がむしばまれている学校は、これからどうなるのか。「学校」を、「国民の財産」として、もっと大事にしてくれよ!
スポンサーサイト

テーマ:教育問題について考える - ジャンル:学校・教育

指揮者のテクニック5か条

 合唱祭の指揮者の指導…これはなかなか頭の痛い問題である。何しろ、日頃からそういうことなんかやったことのない連中ばっかりなんだから、放っておけば当然見様見真似のでたらめばかり。参考にできるのは先輩の姿だけだから、先輩が変なことやればそれはそのまんま「伝統」になる。一応1年生のころから食い入るように先輩の姿を見ているし、一応ビデオもとっているし。そこに持ってきて音楽担当のほうは、全然思ったようにいかないクラス合唱のハーモニーだのキッタナイ声だの全然弾けるようにならないピアニストだののメンテナンスや実行委員会の切り盛りなんかで手一杯、指揮者に割く時間なんて1分もない。さらに、クラスで指揮者をやる生徒というのも多種多様で、まさに指揮者にふさわしいリーダーシップも音楽的素養も豊かに持っている奴なんて滅多におらず、目立ちたがり屋、調査書目当て、音楽の成績目当て、伴奏ピアニストと仲良しだから、声が小さくて戦力にならない(変声期前、というのもある)、指揮者賞を狙っている山師、イジメの一環として押し付けられる、他に希望者がいないのでという正義感だけで、等々はっきり言ってろくなもんじゃないことがほとんどである。まず、合唱団(クラス)が整列した前に立って、俺のほうを見て、
「…どうやって始めるの?」
その前に、
「…4拍子ってどうやって振るの?」
そして実際始めて見ると、合唱の指揮どころか、音楽に合わせて手を振ることすらできない、という輩までいる始末。仕方なく担任が手を出したり、周りの生徒がいろいろ考えてフリをつけたりし始めてしまったら、今度はその努力に水を差しかねないから、本来はやらなきゃいけないはずの音楽科が余計に口を出しにくくなる。さらに困ったことに、肝心の音楽の先生(例えば俺とか)が指揮者の指導について、その技術を持ち合わせない、なんて(;´д`)トホホな場合すらあるのではないか。

 仕方がないので、指揮者が決まった時点で当人たちに以下のような資料を渡している。見てあきれる人もいるであろうが、つまり俺の勤務校の校内音楽祭本番を見ていて俺自身がイライラするところを書き連ねたということ、要するにこういうことばかりやっている、ということである。


指揮者のテクニック5か条

1 腰から下を動かさない。
 ・やってる本人は夢中になってやった気になるが、見ている方は落ち着かない。

2 ひじを出さない
 ・拍点があいまいになり、見にくい(歌いにくい)指揮になる。
 ・リズムに合わせてひじを動かすのは絶対にやめよう。わきを締める!

3 図形は胸と顔の前で描く
 ・腹の前では下すぎて、歌っているほうの目線を下に落とさせてしまうし、自分の目線も下がる。
 ・特定の拍(4拍子の3拍目など)だけ別のところに行ってしまうと、戻るのに時間がかかり、動きが不安定になる。

4 右手がリズム、左手が表情
 ・指示を出す相手には正対しよう。ピアニストには左手でリズムを、というのでは相手を軽んじていることになる。

5 息を吸うのを誘う
 ・みんながどこで息を吸うのかわからないような、あいまいな指揮をしてはいけない。
 ・曲の中のどこで息を吸うのか、ちゃんとわかっていて、伴奏者とも息を合わせておこう。

◎ 責任がある、ということを自覚しよう!
◎クラスの雰囲気を作るのは自分だ。
◎クラスの曲のことを誰よりもよく勉強し、理解しているのは自分だ。
◎音楽を作り合唱のレベルを高めるのは自分だ。
◎聴いていただく人たちに向かって、クラスを代表してお辞儀をするのは自分だ。
 ・よいステージマナー(服装、姿勢、動作など、ステージに上がる前から「演奏」は始まっている)が、よい演奏を作る。

大事な帳簿


 最近、出席簿をなくしちゃった担任がいた。若い人なんだけど、すごく焦って、どこに置いたんだ、あそこじゃないのか、それとも、とか数日探した挙句見つからなくて、たまたまの職員会議のあと、職員全員で校舎のあっちこっちを捜索する、という騒ぎになった。結局職員室の、本人の机の隣の先生の机の下に落ちていたのが発見されて一同胸をなでおろしたが、万一ゴミに紛れて処分されちゃった、なんてことになってたら大変であった。
 そういう俺もそそっかしいので、何かをどこかに置いてわからなくなる、というのはよくあって、ある年に学級日誌が消えた時は一か月ぐらいなくて、たまに開かれる委員会で使う空き教室(施錠してある)で次回の委員会の時に見つかったこともあった。一番焦ったのは、「教務必携」(スケジュールとか会議録とか部外者に見せられない生徒指導情報なんかが書いてある。なにより俺がかかわっている授業の成績の一覧がすべて書いてある)が消えた時で、確かに置いたはずのところから消えて、万一生徒が持ち出していたら…と胃が縮まる思いをした。結局管理職に申し出て、
「まずは夜中に職員室の中を探し回ってみてください。」
ということで探したところ、ある年配の先生が自分のヤツと勘違いして抱え込んでいたのが見つかった。その先生は机の上に自分のがあって、机の右下の引き出しの中に俺のがあったので、2冊も持ってたにもかかわらず気づかなかったようだ。しかも、俺の教務必携にその先生の教科の提出物(小テストみたいな)がはさんであったりした。そそっかしいのう。
 学校というところは様々なものがいっぱいあるし、動くときはみんな分単位秒単位で走って動くからそういう取り違えもそりゃ~あるに決まっている。大事なのはそういう時の危機管理でしょ。今回はみんなで協力的な感じで探して見つけたので、なんだか安心して働ける職場だなあ、と思ったことである。

以前、我が息子が教わっていた数学の教師と来た日には、かなりエキセントリックな指導をある同僚が指摘したところその同僚の出席簿が紛失して、焼却炉で発見された、なんてこともあったらしいが(そいつは最終的には教え子へのわいせつ行為で懲戒免職になりやがったが)、そういう基地外がわが職場の同僚にいない、というのもまた幸せなことである。

テーマ:教師のお仕事 - ジャンル:学校・教育

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。