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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

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歴史ある吹奏楽部にて

ここ何日か、音楽準備室の整理にハマってしまった。何しろとんでもなく汚いし乱雑だし腹は立つし手間はかかるがなんだか面白いのである。
とにかく古~い吹奏楽部なので、古~い楽譜が大量に放置されている。しかも小さな引き出しがいっぱいあってそれにアルファベットのシールが貼ってあり、題名の頭文字がそれに従って分類され、片付けてあるのだが、まずはそこがしっくりこない。例えば、「B」の引き出しから「バラの謝肉祭」が出てくるのって、どうなのよ。妙な違和感がある。「D」の棚から「大地讃頌」が出てくるのはまあ普通だけど、「大草原の歌」が出てくるのはなんだかおかしい。さらに、「小鳥売りセレクション」が「D」の引き出しから出てくる理由は、封筒に「Der Vogelhändler」という題名が書いてあったからでしょう。アルファベットなんかもはや意味をなしてない。
その上、半分、いや3分の2以上は原譜ではなく、コピーの楽譜である。それも古くなって、貼り付けたセロテープが茶色に変色していたり、封筒を補強したクラフトテープのノリが劣化して触っただけでパラっと取れちゃったり、演奏に実際使用して書き込みだらけのやつをそのままコピーしてあったり、シミだらけ、しわくちゃだらけ。おまけに欠損のパーツもけっこうあって使い物にならず、ただのゴミでしかないものばかり。触っただけで顔が痒くなりそうで、少なくとも手は痒くなる。手書きの楽譜というのも多い。かつてコピー機なんかなかった時代にはよく楽譜を手書きしたものだが、これらは、書いた本人しかわからないか、書いた本人がそばに居合わせるかしないとわけがわからない場合も多い。ともかく何のためにこんなのを後生大事に保存しているのか、意味がわからん。まあ、気にしないで目をつぶって今まで放ったらかしてきたのでしょう。「バラの謝肉祭」や「吹奏楽のための民話」なんか、そういう状態のがなんセットもでてくる、つまり引き出しにしまいこんだらそれが最後で、あとの人は新たに譜面を用意するというわけだ。ミュージックエイトの「君の瞳に恋してる」なんか、原譜が2セット出てきたからね。引き出しに楽譜をしまい込むというのは、保存方法としてはどうしようもなく非効率的じゃないか。

で、この際引き出しを全部ひっくり返して、不要なものは一切捨てよう、と決意した。一世を風靡したであろう、しかし今や誰も題名を聞いたことのないようなポップスの楽譜とか、持っててもしょうがないし、必要なら改めてどこかで探してくればよろし。それに、わざわざそんなことしなくても、今は演奏するための楽譜なんて実に豊富に世の中に出回っている。コピーの楽譜なんかも、著作権法上問題あるし、汚いばっかりだ。昔のコピー機の調子の悪いのに当たったやつなんかは、かすれてたり黒ずんでたり、裏写りしてたり別の紙に転写されていたり。

ところが、面白いこともあるんですよ。中には原譜もたしかにいっぱいあって、しかも古~いやつが出てきたりする。「りんごの谷」とか「イシターの凱旋」とかね。まだアルファベットの「D」までしかやってないけれど、結構面白い楽譜がいっぱい出てきた。この先どんなお宝が眠っているのか、興味はつきない。
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テーマ:部活 - ジャンル:学校・教育

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