最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

「人材の不良債権」の作り方

埼玉新聞の記事「高校中退者 無職19% 増える『消極的進学』(4月7日)」について、思うこと。

 わが県の高校中退者が、昨年度一年間で1842人、大きめの高校が1.5校分、まるごと消えてしまう人数だ。何のために税金を使って高校の定員を用意してるんだか…と言いたくなる惨状だが、まあ仕方がない。なにしろ、子供たちに夢がない。夢を語る大人がいない。

 俺の小学校の時の親友で、
「俺は大人になったら八百屋になるんだ!」
と目を輝かせてしょっちゅう言ってるヤツがいたが、そういうヴィジョンを持てる環境そのものがないから、中学1年になっても2年になっても自分のことが分かっていない。例えば運動能力や体格など自分のことを顧みずに
「プロスポーツ選手(野球、サッカーなど)になりたい」
なんて絶望的なことを言ってるオコチャマが実際たくさんいるのだ。子供がそう言ってるのに、その夢を壊すなんてかわいそうでできない、と考える周囲の大人、特に親が問題を先送りしているのだろう。じいちゃんばあちゃんもこの頃は近くにいないし、大甘だし。(女子の方がパティシエ、とか美容師、看護師など、言ってることに現実味がある。)

 そして、夢破れた、あるいはもともと夢なんか持ってない生徒たちは次のステップに進めない。現実的な夢の描き方を知らないのである。だから、退学した生徒の高校進学理由も、「みんなが行くから」「家族や先生に勧められたから」というのが大半を占めている。他力本願なんだよね。自分でなんとかしていく、という一番大事な心が育ってない。
 さらに「高校生活を振り返り、高校にどんなことを望むか」の質問に対し、
「先生がもっと生徒のことを理解してほしい。」
とか
「もっと先生に相談に乗ってほしい。」
というのが以前より増えているという。だいたいからして、こういう生徒たちが実際に先生に自分を理解されるようにアクションを起こしたり、相談を持ちかけたりしたのかどうか、というところが大いに疑問なのであるが、それを置いといても、どこまで甘ったれれば気が済むのか。自分の経験を言えば、悪さをした3年生を呼んで説教していた時に、
「先生は俺の気持ちなんかわからないだろうが!」
と面と向かって言われたことがあるが、その時俺が
「お前の気持ちを理解する必要なんかあるのかよ!」
と返したら、相手の目が宙を泳いだことがあった。まさかそんな風に担任から言われるなんて思ってもみなかったのだろう。だが、そいつがどんな気持ちを持っていようが、やっちゃいけないことはやっちゃいけないだろが。さらに言えば、時間がたてば年齢が進んで自動的に中学は卒業する。仕事がなければ生活はできない。みたいな、オマエが何考えていようと、動かせないものは動かせない、という冷酷な現実が存在する、という当たり前の事実に思いが至らない、あるいは見ようとしない、あるいは見せないように大人が仕向けている、というこの状況は何とも嘆かわしい。うっかり見せれば「子供の心を傷つけた」というクレームが入ることさえあるが、現実を知らなければ地に足の着いた夢を描くことなんかできないのに。

 お前の気持ちなんかカンケーないんだよ!という世界が一歩一歩近づいている。それを大人たるもの、子供に見せつけなければならない。中学校でも少しずつ生徒に示しているはずなのだが、高校はさらにそれを一歩進めた形で示すはずだ。それが高校ってところじゃないのかなぁ。と俺は思う。
 だから、高校の先生が生徒のことを理解しなかったからって、それがどうしたんだよ。と俺なんか思っちゃうね。

 しかし、こういう新聞記事が誘導する世論は、
「高校ってのは冷たいところだ。高校の先生を再教育しろ。」
とか
「子供たちのことをもっと理解しなけりゃいかん。そのための環境を整えろ。人員を配置しろ。予算を出せ。法整備をしろ。」
ということになる。そして、こういう大甘の意見に支えられて、自立できない若者がぬくぬくと生き続け、またどこか世の中の一角が崩れ落ちる。こんなの絶対間違ってるだろうに、そういう日本に誰がしたんだ?
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テーマ:教育問題について考える - ジャンル:学校・教育

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