最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

ピアノの呼称など

 ピアノという楽器は、昔も今も、なんだか神秘的な存在感というか威圧感というか、独特な思いを多くの子供に抱かせる。学校にあって、先生が弾くピアノは先生とともに何かを(それも饒舌に)語り、「ピアノを習っている」という友達が弾くと、なんだかあこがれたくなるような世界がちょっと自分に扉を開いてくれたような気がして、だが自分たちが鍵盤に触れてみても、せいぜいチャルメラか猫踏んじゃったかが関の山で、結局は無駄な雑音しか発しない。たぶん、昔(俺らが子供の時分)には、
「ウチもピアノを買って我が娘に習わせるぐらいの甲斐性は持ちたいものだ。」
と、日々仕事に打ち込んだお父ちゃんなんかも多くいたことであろうか。なんかわからんが、特別なものではあるのだ。

 最近、それでも住宅事情とか、景気とか、世の中の様子が様々に変わって、ピアノは、家庭においてはかつてのような扱われ方をしていないようだ。この頃家内が語っていたところによると、今や家にあるピアノはデジタルピアノが当たり前になっていて、普通のピアノは少数派となっているという。そして、グランドピアノ(本来あるべき姿の、普通のピアノ)は「学校のピアノ」、アップライトピアノ(場所を取らないために開発された簡易タイプ)は「幼稚園のピアノ」と呼ばれているのだそうな。もはやアコースティックなピアノは過去のものになりつつあるのか?

 昨今では、住宅事情もピアノ様が生息するにはなかなかつらいものがあるし、なんと言ってもアコースティックピアノは値段が高い。アップライトでさえもうっかりすれば100万コースだが、デジタルピアノは20万も出せばそこそこのものが買える。年に1回、調律にかかる費用だって、けっこうバカにはならない。そして、お父ちゃんなんかの幼稚化も、見逃せないものがある。何しろ、ウチで娘なりが練習していても、
「うるせぇ!」
なんてのたまう低レベルな人格も一般的になっているから、子供にしても、思ったように練習できないこともある。

 それでも、毎年入学してくる中学生の中には必ず一定数の「ピアノ」つまり音楽祭で伴奏者がつとまる生徒が存在するし、その数も減っているようには思えない(増えてはいないし、以前ほど熱心に練習する生徒も減ったが)。やはり日本人は教育が好き。「教育することもされることも、根っから好きなのであろう。
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テーマ:習い事 - ジャンル:学校・教育

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