最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

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教科外の授業を持つってどうなの?

こんな記事があった。

静岡市立中学:音楽講師が英語担当

毎日新聞 2013年12月27日 11時42分(最終更新 12月27日 11時55分)


 静岡市教委は27日、市立南中学校(同市駿河区)で、音楽を担当する20代の女性臨時講師が英語の教員免許がないのに、校長の指示で今年4月〜今月、英語の授業を担当していたと発表した。校長は他の英語教員の負担を減らすためだったと説明しているという。市教委は校長の処分を検討している。

 市教委によると、同校の英語担当教員は4人で、校長は「負担軽減が必要」として、1年生2クラスの計週8時間の英語授業を講師に担当させた。

 校長は講師が英語免許を持っていないことを知っていたが、講師は英語が得意で外国人指導助手と英語で会話もできたため、授業をするよう指示したという。

 同校は26日に保護者会を開き謝罪した。要望があれば補習を行うという。

 今月17日、高知県内の町立中で音楽講師が美術の授業を指導していたことが報道され、校長が市教委に報告して判明した。高木雅宏教育長は「誠に遺憾で厳正に対処する」とコメントした。【平塚雄太】


時代が変わったんだね。これでいうなら、俺(いうまでもなく音楽教師!)なんか、すごい犯罪を年々積み重ねてきたようなものだ。何しろ、(平成の初め頃のことだが)新任の中学校では2年にわたって2年生の国語を担当し、書き初めまで教えてしまい(天をも恐れぬ行為)、さらに特別支援学級の授業を週8コマ。超小さい学校で週あたりの持ち時数が他の教員よりも少ないため、全体の仕事量のバランスをとる措置だったわけだ。さすがに3年生の授業は高校受験に影響が強すぎるかもしれないということで持たされなかったが、友達の中ではそういう危ないことをさせられているヤツもいた。
 その後こういうことはよくないだろ、という「風潮」が生まれ、かつこの学校はクラス数が増えたことで俺のニセ国語教師時代は終わったかに見えたが、なんと次の転任先、しかもクラス数の多い大きな学校で今度は社会を週4コマ受け持ってくれ、という。理由はやはり授業時数の平均化である。さすがに
「え?今の時代に?」
とは思ったが、まあ歴史の講義なんて面白かろう、ということで引き受けた(というより、断るという選択肢はない)。これも2年間続いた。まあ、こういうことはかつては一般的に行われていたのだ。教科外の授業を行うための研修会なんかも、俺なんかは出してもらったことはないが、あったような気がする。

 結局、教員の週あたり持ち時間数というのは、実のところできるだけ平等にするのが学校経営上の重要ポイントなのだ。そうでもしないと、一人一人の仕事量に看過できない差ができてしまうのである。それを「校務分掌」の量でなんとかバランスをはかりましょう、という対策をとるわけだが、コトはそう簡単ではない。人によっては得手不得手もあるし、下手なヤツにヤバい分掌を割り振っちゃえばその仕事が滞り、最悪の場合学校運営が立ち往生する可能性もある。俺も一度「図書館主任」を拝命したが、その1年間は図書室の運営が事実上ストップしてしまった、という苦い経験もした。「給食主任」なんてのはやっぱり細やかに気を配れる女性教師でないとできないだろうし(俺がなったら大変なことになるだろう)。だからなんやかんや調整したところで、過労死寸前に忙しい教師もいる一方、のんきにお茶ばかり飲んで定時で退勤するバカ野郎もいるわけだ。こういうのは実際よくない、というか不愉快な風景である。教員同士でも不公平感ができて、いやな雰囲気になったりもする。校長にしても年度当初の、けっこう頭の痛い問題なのではないか。
 今では他の教科の授業を持つ、ということはTTの補助でもなければなくなってしまったが、教師にとってはよい経験になるのは確かである。教科担任制の中学校にあっては、自分の教科以外の場面で生徒がみせる違う一面を発見したりして、それも新鮮である。それなのにまさか、こういう記事にあるように、教育委員会が謝罪したり保護者会が開かれたり校長が処分されるほどの、というより新聞ネタになるほどの大問題だったなんて、驚きである。かつては当たり前のようにやっていたことなのに。なんだか世知辛い、というかさみしいね。
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謎の男の集中力

 今担当している3年生は1年生の時に担当していて(2年生の時には違う学年を担当してたので)1年ぶりに見ることになったわけだが、いろいろ様変わりしている。「男子三日会わざれば刮目して見よ」というが、感心なことに当然そういうのもいるわけだ。

 そのうちの一人の男子。1年生の時には粗暴で分別がなく勉強も壊滅的という身の程もわきまえず、同級生(なかなかの美女)にコクって振られたのを逆恨みしてその子にイジメを仕掛けたり、と俺の中では最悪の男。そいつがいつの間にか刮目すべき野郎になっているとはうれしいことだ。
 そいつの最近の言葉には凄みがある。この間の期末試験で、彼は400点越えをマークしたのだが(中3の今の時期だからね、平均を大幅に上回っているのですよ)、周りの連中と得点を見せ合いつつ、
「みんななんでそんな点しか取れねえの?」
そばで担任が聞いていて思わずのけぞったというが、そいつには周りのふがいなさがまさしく不思議に映ったらしい。というのも、担任によると彼の家は住環境が悪く、自分の部屋がない。家庭学習なんかも小さい弟妹が騒ぐリビングでいい加減に取り組んで適当に切り上げるしかないわけだ。
「だってみんな自分の部屋があるんだろ?自分の部屋で勉強できるんだろ?それなのにこんなに悪い点しかとれないなんて信じられねえよ。みんなナニやってるんだ?」
ですって。それをイヤミでなく言ってるあたりが周りの連中にしてみれば強烈である。

 そういえば昔、家内の友達の友達の倅が開成中学を受験して合格した時の話を思い出した。その彼もやはりリビングで勉強していたのだが、小さい弟妹が部屋の中を走り回って激烈に大騒ぎをしている中でも、少なくとも1時間は集中して勉強することができたという。何事にも「集中力が大切」ということですかね。中学生といえども尊敬に値する人物にこれまでも何人か出会ってきた。俺も結構な歳になってしまったが、若者とはいえこういう人物には学ぶべきところが多い、としみじみ思うのである。

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教育の効果はいつ現れる?

 今日は、よくは知らないがスカパーとかが見られる装置をセッティングするということで専門の業者さんが家に来て衛星放送のアンテナを立てたりなんだりして行ったということである。ところが、その工事終了確認書のサイン欄を見てびっくり!ムカ~シの教え子ではないか!間違えようもない、かなり珍しい名前なので、まさしく彼であろう。中学校の時は、コイツがいるクラスの授業がある曜日は仕事をさぼってどっか行っちゃいたい、と思うぐらい手のつけられない困った生徒だったのに、家内の話では
「とにかくよくやってくれたし、話した感じもとてもよくて、いい人だったわよ!」
ということで、まさに驚きである。当時の担任だった先生に話をしたら喜ばれるだろうな~と、真剣に思った。まあ彼自身、もはや子供が中学生になっていてもおかしくないくらいの歳であるから、いつまでもバカガキのままでいるわけはないのだが。
 本当に、人間なんてわからないものだ。また、「教育の効果」というものも、どこでどう現れるかわかるものでもない。「完成された人格」なんてものがファーストフードみたいにさっさとできあがってくるなんて、あるわけないだろ?

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