最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

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教師の戦闘能力


といっても、もちろん銃器の扱いのことでもなければ、生徒をぶったりけったりすることでもない。しかし、教師はある意味『戦闘マシーン』である。教師は生徒と対峙している限り、常に生徒と戦っている。職員室の会話の中ではよく
「ホニャラ先生は戦ってないよね~」
なんてフレーズが聞かれるし、俺自身も若い頃産休代員として初めて奉職した学校で、吹奏楽部のある生徒がサボって帰りたくていろいろ言いに来た時に、長々と論争した挙句生徒が帰るのを認めてしまい、周りで観戦?していた先生方から、
「駄目だよcrabfaceさん、生徒に負けちゃあ…!ちゃんと戦いなよ!!」
と励まされ?たりしたものである。
生徒はありとあらゆる場面で、ありとあらゆる方法で、ありとあらゆる種類の戦闘を仕掛けてくる。基本的には、生徒が自分(たち)のわがままを通したくて、公の場面や建前とぶつかるときに戦いが始まる。さらに、彼らが仕掛けてこなくても、こちらから仕掛けなければならない場面も存在する。しかも、『戦闘』だから、お互い権謀術数の限りを尽くして戦うわけだ。

さて、最近気になっているニュースの中に、滋賀県大津市の中2自殺?事件というのがある。今や学校名はもちろん、いじめた側の生徒たちの本名も、顔写真・転校した先の学校名その他あらゆる情報がネット上で飛び交っているが(俺はいじめの被害者となった子供の親の一人として、いじめた側の奴らの今後の人生がメチャメチャに破滅するのを願っており、こういうネットでの状況はもちろん大歓迎である)、加害者の親がPTA会長だったり警察の関係者だったり、遺体の第一発見者がいじめグループの首領だったり、当初知らん顔をしていた大津市長の後ろ盾が元文部科学大臣だったり、と信じられないような根深い状況が次々に明らかになって来ている。大津市長はついに被害者の親と和解する、と言い出したし、警察もようやく重い腰を上げたようだし。
まあ滅多なことは言えないので、それはそれとして、やはり俺の立場として気になるのは、この連中の担任教師の動きである。被害者が蜂の死骸を食べさせられそうになっていた時に笑ってみていたとか、
「ほどほどにしとけよ」
と言っていた、など、かなり不甲斐ない様子が伝えられている。要するに「戦ってない」ってやつだな。だが、立場を変えて、もし自分がこの担任だったらどういうことになるのか、と想像するとこれはかなり恐ろしいものがあるのだ。
まず、だいたいからして、よ~~~っぽどの糞教師でない限りこの担任が、被害生徒がイジメ、それもかなり強烈なのを食らっていたのを察知していたことは疑いない。まわりの生徒も報告していたみたいだし。つまり見ないフリよりもっと悪い、見てて放っておいたということである。もっと言えば、そういう場合、普通の生徒から見れば「先生はイジメを応援している」ということになってしまう。そりゃそうだな。

だが、なぜそんなことになるのか。かなりいろんな原因が類推されるのだが、ちょっと思いついただけでも、たとえば①異動したばっかりの学校では生徒との距離がつかみにくく、けっこう緒戦で敗北を喫しちゃうことって多い、②前任校がいい子ちゃんばっかりの国立大付属中だったこともあって悪ガキへの対処の仕方に慣れず、手を出せなかった、③前任校がそういう所だということは自他共に認める管理職候補なわけだから、PTA会長(イジメ首謀者の親)あたりとのトラブルは避けたい、という計算が働いた、④管理職候補だとすれば忙しい仕事を一杯抱え込まされるから、二進も三進もいかず生徒指導が後手に回った、⑤単純に戦闘の相手が強面で、臆してしまっている、⑥というよりも相手が札付き過ぎて学校全体としても全く手が出せない状態だった、⑦だいたいからして強い態度に出る生徒指導なんてのは、生徒との信頼関係が根底にないと不可能だ等々、教師の戦闘能力を殺いでしまう原因はいくらでも挙げることができる。
しかし、生徒とのこういう「戦闘」は一瞬が勝負である。ありゃ?なんか変だにゃ~?と思った瞬間に生徒の間に首を突っ込み、よそよそしい態度をとられようが暴力的な対応をされようが
「何してるんだお前ら!」
と突っ込み、
「先生、何でもありませんよ、大丈夫ですよ、僕たち仲がいいんだから。ただの遊びですよ。なあ?」
みたいな嘘を一喝で叩きつぶし、または
「なんだテメ~、かんけ~ね~だろ?!あ?」
みたいに凄まれても一歩も引かずに
「いや、今のはどう考えてもおかしい。ちょっと職員室に来なさい。」
「うるせ~んだよ!どっか行けよテメ~!!!」
「しつけ~なこのやろ~」
「おい、行こ~ぜ」
と立ち去るところを
「待ちなさい!」
なんて粘る。これは普通一般の人はなかなかそういう現場には遭遇しない、かなりつらい仕事である。しかも、こっちは格闘技を身につけているわけでもないし、体罰は禁止だし、多勢に無勢だし、警官みたいな国家権力の後押しがあるわけでもない。要するにただのオジさんオバさんなのだ。(俺はただの音楽の先生だ。)ともすれば萎えそうになる気力を奮い立たせつつ彼らと対峙しているそんな時にもしも、というよりよくあることだが、いじめられているヤツが恐怖に負けてヘラヘラ笑いつつ
「先生、大丈夫ですよ。」
なんて言っちゃったり、いじめてるヤツの親がPTA会長だ、なんて事実が頭をよぎったりすれば、その瞬間「勝負あり」である。そして、一度でもこういう「戦闘」に負けてしまうと、次から相手は一層居丈高になり、教師を恐れなくなり、もっと手強くなる。さらに、まわりの生徒も
「ホニャラ先生は、悪い奴に手出しができない。」
と見切るようになり、その先生の権威は少しずつ失墜していってしまう。
そんな状態に陥ってしまったら(というか俺自身、実際にかなりそれに近い状態に陥ったこともある)、いったい自分だったら何ができるだろうか、と想像してみれば「職業人としての教師」として、こんな恐ろしいことってあるのだろうか?
とにかく、現代では中学生といっても馬鹿にできない。小学生の時から学級崩壊を惹起したりして、大人をバカにする手練手管を身につけて入学してくる。そして、そいつらが不断に小さい戦いをそっと仕掛けてくる。うっかりするとスルーしてしまうことだって多い。しかし、最初はいつだってそれほど大きな戦闘力を必要とするものではないものが、その時放っておけばいずれはドカ~ンと攻め込んでくるようになる。その時に、相手に対する戦闘力を保持し続けられるか、それとも気付かないうちに武装解除状態になっているのか、俺たちはいつだって問われ続けているはずだ。
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テーマ:教育 - ジャンル:学校・教育

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