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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

通信簿は誰のため

 一学期の音楽の成績にクレームをつけてきた保護者がいた。音楽の(通知表の)成績を1にするなんてひどいじゃないか。わかっててつけたのか。うちの子はまじめにやってるじゃないか。音楽で1になる子なんて、音楽祭の舞台の上でさえもそっぽ向いてうちわで扇いでたりする奴(つまり誰が見たって不良)だけじゃないのか。

 ごもっともである。正直申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、しかしそれを表に出すわけにはいかない。だったら修正しろ、という話になっちゃうし。
 うちの県で、音楽や美術で1とか2がつくというのは3年の1学期においては重大な意味を持っている。なにしろ、その通知表を持って保護者と一緒に私立高校の事前相談に行くんだからね。かなりの私立高校で、「安心して受験してください」と言われるための条件として成績の基準のほかに、①3年1学期の通信簿のすべての教科で1(高校のレベルによっては2以下)がないこと、②年間の欠席日数が10日以内、などの付帯条件がついている場合が多い。高校にしてみれば、いわゆる技能4教科のよしあしは生活態度の現れ、と見ることができるからだ(俺も原則その意見に反対ではない)。となれば、技能教科の教師としても3年1学期の成績で1なんかつけたくない、というのが人情といえる。だが!

 本当に生活態度の悪い奴の成績はどうするのか。音楽で言えば、授業をやってる最中に4階の音楽室の窓の淵に立ちあがる、合唱の時に級友の後ろにそっと近づいてひざカックンをする、話しかける、相手にされなければ怒鳴りかける、しまいには殴りかかる、数人で教室の後ろのほうに座り込んで遊戯王ゲームをやっている、取り上げようとするときわめて暴力的にくってかかってくる、パート練習用のCDラジカセを占拠してラジオや勝手にもってきたCDを聴いている、1時間ずーっと(合唱がうるさくて互いの話し声が聞き取りにくいから)大声でおしゃべりしてる。鑑賞の時間にも大声でしゃべっている。トイレだといって音楽室から出て行ってしまい校舎を徘徊している。あるいはバタバタと出たり入ったりしている。電気のスイッチをいたずらして教室の照明がついたり消えたりを繰り返す。これらの行為に対して教師としては指導を入れるわけだが、もちろんそういうことをやる奴はそういう奴なんだから素直に聞き入れるなんてことはまずない。よくても現状そのまんま、である。(悪ければどうなるか?って想像してみてよ。)こういうのを恒常的にやられちゃうと、すべての生徒にとってまさに授業妨害、音楽の時間は台無しになってしまうのだが、そういう奴の成績って1にするしかないよね。誰でも納得だと思うのだが…。
 しかし、そう簡単にはいかないのだ。不良といえども、別にバカばっかりじゃない。中には音楽的な能力が高い奴だっている。思い切りのいい奴だと歌のテストなんかをやってもけっこう高い評価にしなければならないような歌い方をすることもよくある。じゃあそいつらに4とかつけたらどうなるのか。励みになって以後頑張るようになるかって?まあそれも期待できないわけじゃないが(現実にはあり得ない)、周りは納得できないでしょ。そいつ(ら)のせいで楽しいはずの授業はめちゃめちゃ、自分はまじめにやってるのに何が何だかわからず、思ったような成績が取れなくて3だったのになんであいつが4?!前提として、互いの成績表は見せ合っちゃうんだから、しかもそういった連中は思ったよりもいい成績をもらったりすれば
「お~い!俺、音楽4だってよ!!」
と英雄気取りで触れ回ってしまう。そうなると、まわりも巻き込んで
「は~、あいつ(俺のこと)は適当にやってても4くれるわけだ。」
とかえってなめられるのがオチだし、真面目にやってる連中は失望してしまう。したがって、断固として
こういう奴らには1をつけなければならない!
 だが、単に授業態度が悪いから1をつけるわけにはいかない。これこれこんな風に出来が悪いから1なんですよ、という確固たる理由が必要だ。そうでないと、思わぬ揚げ足とり(授業態度が悪くても実力を評価するべきだろ?!第一どう悪かったというんだ、そういうことならあいつだってあいつだって…)に苦しめられることになる。そこで、提出物とか、忘れ物とか、授業の時にチャイム着席をしてない、とか、いっぱいメモを取ってそれを評価の際に数値化して減点する、期末試験では授業の話を聞いてないと答えられない問題を(しかも記述式や論述式で)出題する、歌のテストでは姿勢や服装などを観点に入れちゃうなど、かったるい連中なら面倒だから途中で投げちゃうようなことを中心に評価することで、自動的にそいつらが1になるようにする。何しろ、奴らは通信簿見せ合っちゃうわけだから、矛盾があってはいけないのだ。で、表計算ソフトでザザッと順位をつけて上から順に54321と記入していき、めでたしめでたし、となるわけである、普通は。

 だが、この方法も実は万全ではない。不良連中が落っこちるように仕掛けた落とし穴にはまっちゃう真面目な奴が出てきてしまうことがあるのだ。それが最初に書いたクレームの主のお子さんなのである…。もちろん、そういう子は不良じゃないというだけで、やっぱり普通の生徒ではない。ボーッとしているので話は聞いてない。モタモタしててノートを取ってない。提出しろといってるのにその提出物を持って帰っちゃう(そしてなくす)、歌のテストをしても全然声が出ない、テストはほぼ0点状態、結果的にソートされたデータの一番下の方に、自然にたまってきてしまうのだ。そして、いろいろ算段しても、やっぱり1だわ~。となってしまう。
 だいたいからして、もともと1なんかつけるつもりはない。いつもだったら最低ラインの奴でも2にするようにしているのだよ、俺だって。だが、1をつけなければならない奴が大量にいる学年(つまり、ぶっちゃけ荒れた学年)ではそうもいかなくなってしまうのだ。本当に不幸な状態である。(それとも、もしかして自己撞着?)


 それにしても、通信簿は何のためにあるのか。本来は生徒のありのまま(といっても学校という枠の中でのごく狭い価値基準によって、たったの一人または数人の教師が~偏見も交えて~しかもたったの一方向から見たものにすぎないが、それでも一応平等に)を本人および家庭に通知する、ごく個人的なものであるにすぎなかった。かつて文部省の見解のなかでも
「通信簿は公文書ではない~学校独自でやっているもの」
というものが飛び出してきて世上を仰天させたこともある。(今は感覚的にもそうではないが。)
 しかし中3の成績表は、我が県では(ある馬鹿な県教育長のせいで)生徒を離れて一人歩きしてしまっている。前述のごとく1学期の通信簿を持って生徒は親と一緒に私立高校へ確約をもらいに行くのだから、塾の先生が「進路指導をするために」見るのも当然である。技能教科とはいえ、というよりむしろ技能教科だからこそ1なんかつけられた日にはたまったものではないのが現実だ。あまりいいたくないが、我が息子も家庭科が2だったというだけで散々な目にあったことがあり、そこら辺の事情は痛いほどわかる。
 当然、通信簿の記述内容は、特に所見欄なんかはあまり過激なことは書けなくなってしまう。たとえば、
「もっと食事マナーを考えてほしい」
「掃除をサボらないでやりましょう」
「集中力に欠けてます。授業中によそ見をしないように」
なんておいそれとは書けないよね。高校の先生が見て、そういう子だと思われちゃうわけだから、持ってく方だって気が引ける。技能教科でも(どんなに出来が悪くても)1はつけられない、何しろ生徒が困るからね。改ざんしちゃえ。
 しかし、それでは元々の通信簿の目的であるところの、現実の生徒の姿を家庭に伝える、ということは出来なくなってしまう。なにしろ
「書かれてないことは、ないこと」というのが通常の感覚だ。ある教科の成績が2と書いてあったって、それは「実力として」2なのであって、本当は1のはずがお情けで2にしてもらっている、なんて誰も思いも及ばないし、我が子がサボってばかりで掃除なんかしたこともない、なんて想像もできない。
 そうなると、何のための通信簿なのか、特に3年1学期(2学期も)に関してはぼやけた目的のものになってしまう。奥歯に物がはさまったような、ワケのわからない所見欄の文章には担任の悩みが込められているんだ、ということは察してほしいなぁ。少なくとも、
「このヒト日本語の文を書くのがヘタで、なに言ってるかわからないわ。」
なんていってほしくないものだ。ハッキリ書いていいんならそうするわ!
 さらに、音楽の成績が1だったなんて、現実としてそれをつけなければならないこっちの苦衷も察してもらいたいような気もするが、まあ、それは保護者に望むべきことではないであろう。全くいやな役回りだ。
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