最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

「負け犬の遠吠え」とはわかってるけど、言わせてくれ!

 やれやれ、今年の吹奏楽コンクールは、念願の県大会出場はならず、地区大会でハナも引っかけられずに終わってしまった。生徒たちが次の日に書いてきた感想文で
「悔いはなかったです。楽しくできました。」
と異口同音に記していたことと、居合わせた保護者も
「まっ、これは審査員の好みだよなっ!」
と言ってくれたことが救いではあった。だがそれにしても悔しいのう。もしかすると
「納得できない!」
という思いを一番強く持っているのはこの俺であろう。

 実際、いろいろ音楽を作り込むことばかり考えたり、
「吹奏楽部は全員がレギュラーだ!」
なんて格好いいことを言って下手くそな1年生を全部乗せちゃったりしたのでは、当然あっちこっちに粗が出ちゃって、コンクールではきちんと得点できない方向にいってしまう。ウチの部活をそんな風に導いちゃったのは顧問(俺)の責任だ。だが、生徒に音楽の喜びを感じさせたい、コンクールだって演奏なんだから楽しくやらせたい、という発想が今や評価してもらえない、というのは不愉快な傾向である。だいたい、審査員が管打楽器の専門家ばっかりで、いつの頃からか「指揮者」がいなくなっちゃったのはどういうわけなんだろうか。そういえば、俺が高校の頃の都大会の審査員には朝日新聞の記者が一人入っていたが、実にいいことである。今でもそうなんだろうか。

 思えば、吹奏楽の世界は日進月歩で進化してきた。昔我々が中学生高校生だった頃とは比べものにならないほど楽器の性能が高くなり安定し、音程をいちいち合わせるために血のにじむような長時間の練習(毎日夜10時まで、なんて伝説は枚挙にいとまがない)をする必要はもはやなくなった。(それでも掟破りの長時間練習を今もしている顧問は大勢いるが。)管楽器の演奏法や呼吸法についてもいろいろな新しい考え方が定着して、無手勝流ということは少なくなり、どこのバンドもまあそれなりの音を出せるようにはなっている。当然、そこから一歩抜きん出よう、と思えば、やっぱりそれなりの作戦が必要となる。
 一番やばいのが、部員がい~~~っぱいいるのに、わざわざ少人数編成の部門に選りすぐりの精鋭部隊を編成して出てきて、本当に少人数で困っている団体から金賞をかっさらっていっちゃう作戦であろう。少人数の部でも上位大会があるから、取り敢えず「名誉」は手に入るというわけだ。もちろん、「少人数編成部門」を開設した本来の意味がなくなってしまう悪質な手法である。
 その他には、コンサートホール(コンクールが行われる会場がベスト)を借り切って練習する、管打楽器の専門家を呼んで指導してもらう、バンドトレーナーを呼んで、演奏そのものまで全部お任せで作ってもらう、さらには、その人に本番の指揮までをもまかせちゃう、なんて破廉恥なのまである。まあ、そこまで行っちゃったら何のために部活の顧問やってんの?ということになるし、これらは、当然、お金の多寡がものを言う世界である。
 また、これも賛否はあるが、高い楽器を生徒一人一人に買わせて、「装備を充実させる」という手段もある。(値段も半端じゃない。クラリネットはクランポンのR13、サックスはセルマーのA-80とかいえば40万コース、トランペットでさえも当然Bachだから、30万コースである。剣道の防具一式でもそれほどはしないであろう。)まあ、高校だったらそういうのもありかも知れないが、公立中学校で顧問としてどこまで親に要求していいのか、ということになると、俺のような臆病者の手に余る。

 そして、コンクールで上位に食い込むには、とにかく減点されないこと、ということになる。音楽性なんかどうでもいいから、出だしのアインザッツを合わせ、音程を合わせ、なにしろ機械的な作業に特化する。そして、何しろ楽譜通りの完成度が演奏の完成度とイコールになるような、邦人作曲家が最近書いているワケのわからない現代音楽を自由曲にして、とことん突き詰めると、何にもおもしろみのない、音楽とはとても言えない「演奏」が完成する。でも、減点法だからね。これで高得点は間違いなしである。とにかく前述したように、審査員がそういうところしか見る能力のない連中なんだからね、何をか言わんや、なのである。大事な「音楽」のエッセンスなんかどこかに置き忘れてもよし、「金賞」という悪魔に魂を売った抜け殻音響の荒涼たる世界がそこに広がるわけだ。ここ数年思うんだが、この「演奏」をやっている中学生は、曲をわかってやっているんだろうか。楽しいんだろうか。今年のコンクールを観戦した我が息子はいみじくも
「マスゲーム」
と表現した。

 まあ、俺なんかも、こういうのは大っ嫌いである。でも、コンクールには出るんだからね。出る以上は勝たなければ意味がない。それでも何とか、音楽の「王道」を歩んで、しかも生徒にいい思いをさせてやりたい、、というのが望みだ。そして、もちろん、そういう路線で戦って、しっかり勝利している顧問の先生もいらっしゃるのだ。道は長いかも知れないが、茨の道かも知れないが、来年こそは片目が開くようにはしたいじゃないか。畜生!見てやがれ!
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テーマ:部活 - ジャンル:学校・教育

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