最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

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のど元を過ぎた危機管理

 大震災以来、関東地方では節電が続いている。

 いや、すでに続いてい、というべきであろうか。本当に、日本人というのは熱しやすく冷めやすい。気がついてみるとあっちこっちの電気が復活しているね。時々、マツモトキヨシみたいに暗くしているお店に行ったりすると
「暗い!」
と感じたりするようになってしまった。人間というのはわがままなものだ。
 我が職員室も、一時は
「いいよ電気なんかつけなくたって仕事はできる。」
なんて言いながら、暗いところでやせ我慢してたのに、その舌の根も乾かないはずの今、部屋の電気を全部つけないと気が済まない人々がいらっしゃるし、それをわざわざ
「もったいない」
とか言う人もすでにいない。

 家内も常々あきれていて、
「何で学校っていうのは、決めたことが長続きしないのよ!」
家内が言うには、かつて(2001)、池田小事件があったときに、我が娘の通っていた小学校では、校門を閉め、校舎の入口も施錠し、来客者はインターフォンで事務室を呼び出して、来意を告げ通してもらう、ということになった。ところが、それから何ヶ月もしないある日、家内が小学校に用事があって行って、インターフォンを鳴らすと、事務職員に怪訝な顔をされ、
「開いてますよ?」
と言われた、というのだ。
「あの話はどうなったのよ。だいたい、何のためにそういう話になったと思ってるのよ!本当に、1年もしないうちに決めたことがうやむやになるなんて…。」
と今でも話題にするほどの驚きだったらしい。確かに、あの池田小事件のあとにはどこの学校もセキュリティを強化する方向に走り、いつも開けっ放しだった校門をいちいち閉めることにしたり、職員玄関を施錠したり、職員室に「サスマタ」を常備するなど、傍から見て滑稽とさえ言えるような対策を講じたものである。(職員玄関を施錠しても体育だのなんだので不断に出入りするから生徒の昇降口は閉めるわけにも行かないし、サスマタも聞くところによるとあまり役に立つ道具でもないらしい。)だが、それがそのままの形で今でも続いている学校って、どれほどあるだろうか。

 それにしても、せっかく決めたことが簡単に消えてしまうことが多い。日本人だから仕方がないのか?いや、だいたいからして、学校ではやらなければならないこと、気を配らなければならないことが多すぎるのだ。人間の能力なんて多寡が知れている。つまり、日々やってることに新しいことを加えるには、何かそれまでやっていたことを廃止しなければならないはずなのだ。だが、
「そのかわりに、今後はこれこれはやめにしましょう」
という話になったことなんてこれまでない。むしろその反対だから、教員のやらなければならないことは一人一人の能力を遙かに超えて山のようにあり、結局はその中から個々の職員が勝手に得意なものだけ取捨選択してやっていたり、管理職の方針に応じて重点的に何かにシフトしたりする。方針が変われば当然それまでやっていたことのうちの何か(何になるかわからない)が、本人も知らないうちに犠牲にされる。となると、学校でやってることって相当デタラメでバラバラ、というイメージになってしまうが、ま、実際そうなのさ。

でも、いろいろある決めごとのうちでも(地震などの災害への備えもふくめて)危機管理に関係することはやばいでしょ!と思うのだが、どうなんだろうね…。もちろん、「9月1日に避難訓練をする」というのは大正末期から続いていることなのだろうから、うやむやにならないこと、というのもあると言えばあるのだろうが。

ちなみに俺の家では未だにすべての部屋の照明を半分に(照明器具のソケットを蛍光管から抜いちゃったりして)したままだよ。
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テーマ:教師のお仕事 - ジャンル:学校・教育

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