最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「人権」と、思想の自由・言論の自由

夏休みの校内研修で委員会から指導者も来て、人権学習についてやった。男女共同参画に関する部分があって、その中で「ちがいのちがい」という資料をもとにグループで話し合いを行った。資料はいくつかの質問が書いてあって、それに各自答え、その後互いにその答えを見せ合ってグループでの結論を出す。例えば、「国会議員は圧倒的に男性が多く、女性が少ない」なんて質問が並んでいて、それにたいして、「あってもよいこと」「あってはいけないこと」「どちらでもよいこと」に分けろ、というのだ。要するに生徒にやらせる教材について、教員同士で事前にやってみる、という研修なのである。
で、まあ年齢もまちまちな男女のグループだから意見もまちまちではあったのだが(結論が正しいか間違いか、ということよりグループで話し合って意見をまとめる、という過程そのものが大事、というのがこのときの研修の意図だから、どうでもいいのだが)、こういうのってどうなのだろうか。
「かけっこで、男子が女子に負けたときには笑われたが、女子が男子に負けても笑われなかった」という質問では、全員が「あってはならない」。なぜかというと、「負けるのを嘲笑うことそのものがそもそもいけないことだから!」…?…なんだか本来の出題の意図とはズレてるかも、だな。
「学校では男子は男子用トイレを使い、女子は女子用トイレを使う」なんてのは、「あってはいけないこと」にしろ、と解釈しちゃって本当にいいのかな?若い先生なんかは「あってもいいこと」に何のためらいもなくしちゃうようだったが、俺たちぐらいから上の年寄り連中なんかは、そもそも学校のトイレは職員も含めて男女共用だった木造校舎の時代を知っている。それで何か不都合があった、という意識も俺なんかは特になかったが、そうでない人もいるだろうし、ちょっと質問に対するとらえ方にも温度差を感じる。
「商業用ポスターでは水着の女子の写真が多く使われる」なんてのは、年配の人も含めて女性の先生も「あってはいけないこと」とは思わなかったようだし。価値観はいろいろ、ということだな。生徒にやらせるとどういうことになるのだろうか。

 だが、「男女共同参画社会」が進行し、「男は仕事、女は育児」という固定観念が解体していったことにより、世の中では反動的な意見が「言いにくい」状態になりつつある、と、ふと思った。たとえば、少子高齢化を解消するには女性の社会進出を食い止めればいいだけのはずなのだが、現代日本でそんなことを声高に叫んだら狂人扱いされるのがオチだろう。
しかし、考えてみれば、「言論の自由」というのは憲法で保障されているわけだから、そういうことを言ったからって、なんにも後ろめたい思いをする必要はないはずなのだ。それなのに、実際のところ心の底にはエキセントリックなまでにアナクロニズムが渦巻いている俺なんかにしたって、やっぱりそんなこと人前で言うことはできない。人格が疑われちゃったらイヤだからな。結局、思うことは自由だが、発言することは意外と不自由なんだな~っと、そのとき思ったのだった。自分自身の思想信条を口に出して言うのも「人権」のウチなんだけどね。パラドックスってやつだな。
スポンサーサイト

テーマ:教育 - ジャンル:学校・教育

情操教育と競争入札

 午後、ピアノの調律師さんが来てくれていた。サブで使っている音楽室のピアノの高音域に切れてる弦があって、それの修理に来ていたのである。ついでに調律もしてもらっちゃった。何を言ってるのかって?要するに、市の予算でピアノの調律代が出ないから、別の名目で来てもらったってことだよ。「修理費」の名目だったら、金の使い方にはある程度融通が利くからね。

 ウチの市はマジで吝嗇である。何と、学校にピアノが3台あるのに、年間の調律代の割り当てが2台分。仕方がないから、よく使うメインの音楽室の方の調律を優先させ、また、卒業式で使用する体育館のピアノもそれなりに手を入れておかないとよろしくないからそっちもやってもらわざるを得なく、しかたなくサブの音楽室のピアノは調律なんかしないで何年も放っておかれる、ということになるわけである。しかも、弦が切れても切れっぱなし、というあり得ない状態のピアノで、俺たちは日々、合唱曲の音取りなんかをやっているわけだ。
 ピアノの音が少しぐらい狂ったからどうなんだってか?本当に、数字に出ないところはいくら削っても大方の人間は良心の呵責を感じないのね。だけど、俺はやばいと思うよ、そういうの。知らず知らずのうちに汚い音に慣れきってしまい、美しいものに感動する心を削り取られていく子供たち。そういう大事な情操の部分をないがしろにして、少しぐらい算数や英語ができるようになったからって大して意味があるとは思えないのだが(むしろ音楽をちゃんとやらせた方が成績上がるよ?!)。

 だが、以前勤務してた市もとんでもなかった。何と、ピアノの調律は全市内の小中学校の全ピアノを一括で競争入札!!そして、落札した市内の業者が、通常は一台あたり15000~20000円が相場のグランドピアノの調律を8500円で請け負う。当然店で上前をハネるわけだから調律さんは6000円で下請けするという。その結果どうなるか、なんて知れたことだ。つまり手抜きをするわけである。日頃よく使う中音域だけチェックして、低音域や高音域はそのまま放ったらかしにするが、一応ボロは出ないようにするのだ。だって、そうでしょ?普通の半分ももらえないのに、アナタまじめに仕事する気になりますか?しかも、調律は高度な専門技能であるばかりか、耳を酷使し精神を常に集中し腕力を駆使する、まさに体力勝負の重労働なのだ。通常は1日に2~3台もやらされればへとへとに疲れて何もやる気が起きなくなってしまう、という。それを午前に3台、午後に3台、とこなすわけだから、まじめにやろうと思ったってそうそういい仕事ができるはずはない。
 当然、音楽の教師からは悪評紛々であった。だが、その楽器屋はアコギで無責任で有名な店。以前ウチの家内が初級者用の教則本を注文したら、指定の出版社のではない楽譜をしゃあしゃあと持って来て、しかもそれを家内が指摘して、返本しようとしたら、
「どちらの先生もこの版を使っていて、文句を言われる方はいませんよ!」
と逆ギレしやがった、という曰く付きの無神経な楽器屋なのだ。そういう欲の皮の突っ張った悪質な業者に食い物にされる「競争入札」って一体何なの?こっちは狂ったピアノを抱えて本当に迷惑してるのに!
 その後、この市では吹奏楽部の楽器の修理まで「競争入札」にしちゃったので、(どうせこの楽器屋が格安で引き受けて、いい加減な仕事をするに決まってるから)俺はこの市での吹奏楽の指導に見切りをつけ、別の市への異動希望を出し、ヒヤリングの時も強く要望したのであったが…(願いが叶ったのはそれから5年後だった)。

 だが、今日来た調律さんが言っていた別の市は、もっと強烈だった。何と、1台1500円で請け負った業者がいる、というのである…。どうやってそんな値段で調律するのだろうか。しかも、それだって店のピンハネはあるんだよねえ。100%調律師さんに入ったとしたって、一台の調律に2~3時間もかかるから、時給にして750円以下。今時高校生のバイトだってそんな時給じゃいやがられるでしょ?それを専門技術者に?市の職員は何も感じないのだろうか。どうせ
「安く上がってよかったわ~」
ぐらいにしか思ってないんだろうな。本当に愚か者につける薬はないね。当然、まともな技術者が来てまともな仕事するなんてことあるわけないから、その市では音楽教員の怨嗟の声が方々で上がっているというが、どうなっちゃうんだか。

 それにしても、行政っていうのはどういう仕組みになっているのか知らないが、あり得ないような無駄遣いをしてみたと思えば、肝心なところをケチケチして大切なものを台無しにしたり、とか、が多すぎる。職員一人一人にパソコンを支給するなんてマジ止めてもらいたいわ。財政危機とかいってるんだから余計なことはしなきゃいいじゃん。誰が予算を考えているのか知らないが、最も有益であるはずの末端のヒラ教師の意見なんか全く反映されるようにはなってないわな(と言っても意見は百人いれば百通りあるからまとまるわけなんかないが)。そして、もっとも立場の弱い、数字に表れないところの教育、音楽や美術などの情操教育の部分が容赦なくどんどん予算を削られてしまうのだ。

テーマ:気になる教育行政 - ジャンル:学校・教育

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。