最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

教員免許状更新講習、この壮大な無意味

 そういうわけで、行きたくもない教員免許状更新講習初日、しかたなく朝8時、愛車にまたがり出発。目的地は県庁所在地にある駅弁大学、つまりうちの県の役人とか教師の卵で出世コースに乗りたい人間が行く大学(自分的にはそういう認識)。
 9時過ぎ到着。まだ20分前だというのに、会場に入るとほとんどの席が埋まっている。こういうところがいかにも教員である。
 今回受講するのは「教育の最新事情」というテーマで1日3コマ、2日で計6コマの「必修研修」というヤツである。

 さて、その1コマ目、大学の教育学部長の講義なのだが、お題は
「教員免許更新講習制度の法制度的課題」!
配付された資料の表紙を見て思わず吹き出しそうになちゃったよ。まあこんな講習、もともと近代以来の法理論上にも重大に問題があって、しかも目的も効果のほどもさっぱりわからない、時間つぶしには違いないのだが、それについてのある意味、大学側の愚痴を聞かされたってことかな?大学の先生にしたって夏休みなくなるし、金は削られるし、研究どころじゃない、なんて話を延々と。そして、
「こんなに問題のある制度なのに、何で今時の先生方は黙ってこんな講座を受講してるんですかね?」
との問いかけは、こっちとしてもまあ耳の痛いところなのかもしれない。本当だったらこんな講習受けないで、たとえば免許状失効、教師クビ、とかの不利益を被ったら断固たる法廷闘争を展開する、というのが「人の道」なのであろうが、俺たちにしてみれば、定年まであと何年、女房子供もいるし、仕事も忙しいしまあ充実してるっちゃあしてるし、法廷闘争なんて面倒くさいし金もエネルギーも使いたくない、第一本当に失職でもしちゃったら大変だ、みたいなことで、要するに面倒くさいから、それだったら黙って3万円払って免許更新しとけばいいや、ぐらいの感覚なのだ。(かかった3万円を雇用主が支払え、みたいな訴訟ぐらいはありかもしれないが。)
 話の中で、ある石川県の方の国立大学の教授会が俠気を出して、
「更新講習はうちでは開講しない!」
とぶち上げたら学長が文科省に呼び出され、
「ずいぶん勇気がありますね~」
と脅されて真っ青になって帰ってきて、しかし教育学部ではやらないって教授会で決議しちゃったし、仕方がないので農学部で開講した、なんていう残酷物語なんかの紹介もあった。要するに独立行政法人であるところの「国立大学」に支給する"運営費交付金"を減らすよ、というわけだ。えげつない話である。(今後どの国立大にどのくらいの割合で金を出す見通しか、なんて資料も渡された。)だが話はさらに進んでいて、財務省なんかは文科省に対して
「本当に「教員免許状」なんて必要なのか?」
という圧力をかけてるらしい。それはそれで面白いんじゃないか、とも思うが、民主党の動きも鈍いし、この話いったいどうなるのであろう、気になるところだ。
 そのあとはなんと、時間20分間でテストになる。人を馬鹿にした話だ。こっちはそんなの知らないから、筆記用具をちゃんと持ってきてもいない。休憩時間のうちに用意しようと思って学内のコンビニに行ったら、どこに置いてあるかもわからなくて右往左往してるうちにテストの開始時間に遅れそうになった。テストは論述式、資料持ち込み可。

 2コマ目は「カウンセリングマインドの必要性」。またカウンセリングかい、聞き飽きたわ。テストは論述式、資料持ち込み可。

 3コマ目は「授業改善の考え方」、ということで、ジーパンはいてかなりラフな服装の講師が出てきて話をしたが、いけ好かなかったね。しかも、情報関連の話ばっかりで、畑違いだ。一応、新しい教材とかツールがいっぱい出ているから、そういうのも利用してくださいってことかな。そんなのわかってるがな。テストは論述式、資料の持ち込みは講義中にとったメモ以外は不可。


3コマ目の講義の途中から外の雲行きが怪しい。遠雷も聞こえてくるいやな雰囲気だ。16時50分、ようやく終了。何しろこっちはバイクだからね、至急帰宅の途につく。

 講習2日目、前日よりもゆっくり出発。講義開始15分前に到着。

 1(4)コマ目、「子供の言葉の障害とその支援」。臨床で言語障害の子供の対応に当たってる人の話。言語障害や発達障害についての話が主だったが、アスペルガーとかADHD、LDとかの話はもう聞き飽きました。障害についての研究が進んでいるのはよくわかるのだが、そういう子がいるクラスの経営について研究しているという話はとんと聞いたことがない。一番大事なところにほっかむりしやがって。こんな講義、今さら何の意味もないわな。テストは論述式、資料は完全持ち込み不可。それにしても学者の語法で説明し、その語法で綴られた問題文、というのは脳みそがその語法(というか思考)に同調できなかった場合、答えに窮する。もちろん俺みたいなジジイには厳しい話だ。初めて解答用紙に白紙の部分ができてしまった。

 2(5)コマ目、「学校における危機管理上の課題」。まさに聞き飽きてる話だ。テストはマークシート形式。資料持ち込み不可。まさに簡単だったのでほとんどの人が100点だったであろう。

 3(6)コマ目、「授業者としての教師の実践知と教職の専門性」。講師は年間70校も回って授業を見ている、という人物。初めて少~し聞き応えのある話が聞けた。特に、ある授業をビデオで見せてコメントさせると、新人とベテランの教師でどういう違いがあるか、という話は面白かった。2学期からの授業に役立ちそうな、というか、多少マンネリに陥っている自分のこれからの授業をどう進めていくか、について、少し考えてみるのもいいかもしれない、という気にさせるだけの力があったぞよ。テストは論述式。資料持ち込み不可。過去と未来の「自分」についての設問だったので、解答はしやすかった。出来がよかったかどうかは不明。

 結局、二日間も遠くの大学に通って、「教育の最新事情」とはほど遠い内容の、ほとんどこんな碌でもない話ばっかりで、どうなんだろうか、このていたらく。しかも30代、40代、50代と、3通りの年代のグループがあって、それぞれが積み重ねてきたものもニーズも違うはずなのに、やってることは同じで、「テスト」の内容も一緒。「教員免許状更新講習」というこの企画をいったい誰が主体となってやっているのか、さっぱりわからないのだが、そいつは学校の教師がどれだけ馬鹿だと思っているのだろう。第一、量と質の違いが多少あるとはいえ、たったの5日間で講義も聴いて考査もうけて、10年間も資格が延長できるなんて、自動車の免許と大して違いがないじゃないか。教員免許って、そんなにお手軽なものなのか?こんな制度、日本中の教師に対して本当に失礼ではないか。不愉快千万な。

 自分的に得るものがあったとすれば、
「筆記用具で紙に文章を書く、というスキルを磨き直すことができた。」ということかな。最近は文章を書くのもどんな漢字を使うかもみんなパソコンにお任せだからね。
 それにしてもご大層な陣立てでこんなくだらないことに関わっている大学も文科省も教育委員会も、本当にご苦労なことである。壮大な無駄としかいいようがない。
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何というありがたき過保護

 きのうある市の先生と話していたら、
「先生の市では、個人のパソコンは持ち込み可ですか?」
なんて剣呑なことを言い出したものだから、なんのことか聞いてみたら、要するに、その人の市では教師一人一人にノートパソコンが配られて、個人のパソコンは持ってっちゃダメなんだって。それだけなら
「なんたる無駄遣い」
と眉をひそめるぐらいで終わる話なのだが、なんとそのノーパソは個人のフラッシュメモリーとかは認識せず、さらにHDにファイルを保存することもできない。データはすべて学校にあるサーバーに保存する。なんという不便な。そして、とどめは、そのサーバーにアクセスしてデータを取り出すには、校長の許可がいちいち必要だ、というのである。
 確かに今、生徒の成績データが入ったサムメモリーをなくしてしまったとか、それ系のいろいろな事件がマスコミで報じられたりして、教員の世界で重大な問題として認識されている。そういう事故から教師を守ろう、という行政の親切心は痛いほどよくわかる。市の担当者によると、役所なんかもそうしているんだから同じにしたんですよ、ということになるそうなのだが、その話の通りになったら、現代の学校の機能は事実上停止してしまうであろう。ちょっと考えただけでも想像できることとして、校長の自宅は恒常的に夜半過ぎ(時期によっては明け方)までアクセス許可を求める電話が鳴り、女性の先生は担任はできなくなるであろう。部活の面倒を見ることができる先生はいなくなるであろう。役所と学校では仕事の構造は全然違うのだ(どこの役所でも教育委員会だけは夜遅くまで電気がついてるのを見ただけでもわかりそうなものだが)。第一、それぞれの教科によって必要なソフトが違うのにそれをインストールすることもできないどころか、ATOKも入ってないのでは不便で使い物にならない。
 というわけで、その市の教師が嵐のようなブーイングを発したことで、とりあえずこのシステムの導入は2学期まで持ち越しになったらしいのだが、2学期からどうなるのであろう、とその先生は顔を曇らすのであった。

 そういえば、ウチの市でも4月にノートパソコンを配布されたのだ。それが今、使われることもなく我が机上に空しく置いてある。自分の机の上からのコマンドで資料のプリントアウトもできるし、ネットにもつなげて便利です、という触れ込みだったのだが、結局、全く電源を入れることもない。何しろ前述の通り、ATOKが入ってないし、一太郎がないので(俺はワード派なのだが)過去のデータを便利に再利用することができない。さらに、フィナーレもないし波形編集ソフトもない、ということになれば、音楽の教員としては使い物にならない。ワードにしても最新ヴァージョンの2010で、なんだか取っつきにくい顔をしていたので、一回立ち上げただけでひいてしまった。
 というわけで俺は自分のパソコンか、もともと職員室にあったデスクトップをそれまで通り使っているのだ。支給されたパソコンは、机に鎖でつながれているのでどこかに片付けることもできず、邪魔で仕方がない。ただでさえ片付かない机の上が慢性的にとっちらかったままである。迷惑この上ない。

 そしてもし、前述の市のようなシステムが導入される、ということになればそれこそ大変である。ありとあらゆる仕事がいちいち面倒なことになるであろう。これはもはや、昔ながらの紙データにもどして成績でも文書でもやるしかないか?

 もっとも、ウチはもうとっくにそうなってるよ、という向きもあるであろうが、どんな状況なのか知りたいものである。

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