最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ちょっと危険な私的な話

 最近、娘が自分の部屋を模様替えしたとき、昔担任した生徒の調査書の原本だとか、通知表のコピーだとかが、段ボールに入って大量に出てきてしまった。調査書はコピーに職印を押して高校に出すし、通知表は後で指導要録を書くときに便利なようにコピーを取っておくので、当然それは残って、溜まっていくというわけだ。まあ、ある程度前までは、担任をしていた、という記念というか将来懐かしんだりするのに取っておいても悪くないかな、ぐらいのつもりで捨てないで置いといたものだから、通信簿は10クラス分ぐらい、調査書も3クラス分あった、というわけである。
 たとえば、年老いた元教師が、昔担任していた生徒の作文だとかを後生大事に持っていて、それを書いた元生徒に戻ってお互い懐かしがったり、なんて話を時々聞くものだから、何でも取っておけばいいことがあるかも、ぐらいの気分でいたのは確かだな。

 だが、タイトルにもある通り、現代ではこれは結構危険な状況といえる。なにしろ「個人情報保護」の時代だし、今年度に入ってからどこだかよその学校で異動する前の生徒の成績などの個人データが入った外部メモリーを紛失した(なくしたのか盗まれたのかもはっきりしない、ただ目の前から消えただけ…らしい)なんてことでかなり大きな問題になってしまっている、なんて話も聞いたし。ということは、家人がうっかりゴミと一緒に捨てちゃったりすればクビにもかかわる重大事件になるかもしれない。恐ろしや恐ろしや。そういえば何年か前、同僚のおばちゃん先生が、やはり同じような紙データを押し入れの中から見つけ出した、と言ってシュレッダーかけまくっていたのを思い出した。

 そういうわけで、早速今日、全部車に積んで職場にもっていき、一切合財シュレッダーかけちゃいました。シュレッダーの季節(3月)じゃなかったので、結構楽に終了。数枚ずつ機械の中に入れるときに、担任した生徒の名前が出てくるのだが、名前を見ると全員の顔が思い出せるのも面白い。何かの時に卒業生の実物に出会っても誰だかわからないことは多いのにね。
 でも、これで安心、全部シュレッダーゴミとなって消えました。ちょっと寂しかったです。

 それにしても、こんな紙データなんか持っていても何の意味もないね。昔、新任の学校で、書庫に昭和30年代前半からの指導要録が保存されていて、それをこっそりのぞいた時のことを思い出した。昔の要録というのも結構細かく書いてあって、なんとすべての教科について生徒一人一人の学習状況が記録されているのだ。そして、パラパラと音楽のところを見ていると、
「音高狂いやすし」
なんて書かれている奴もいたりして、思わず笑っちゃったりした。だが、そいつ(というもおこがましいが)もその時点ですでに45歳、今なら軽く60を超えている。もはや誰も見ることもない、定年を過ぎた人のそんな記録なんて、取っといても何か意味があるのだろうか、と思えばなんだか不思議な気持がする。
 まあ、俺という人間も、かつて「捨てる技術」という本を購入したくらいの「物が捨てられない人」なのだが、余計なものをいつまでも持っている、というのも考えものである。成績物に限らずその他の、たとえば修学旅行のファイルなんかだって、次回の参考に、と思って取っておくのだが、いざ次回になってみれば結局資料なんか新しく作らなきゃいけないのだから、古い資料なんてたいてい出番がないんじゃないの?

 これからはもっと捨てよう。
スポンサーサイト

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。