最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

高校入試と「お受験」がごちゃ混ぜに

 3年生の三者面談が今日で終わった。まあ最近はいろいろ言ってくる親が多いから、多少のことではもう驚かないけどね。
 今回の面談では2学期の成績と内申書の数字を提示し、私立高校の事前相談(個人で行く)の方針を明確にさせる、という目的もあった。ところが今日、ある母親が、面談終了後(つまり職員だってとっくに帰る時間)に家から電話をかけてきた。成績が悪いなんて納得できない!といういつものヤツかいな、と担任の応対を聞いていたらずいぶん手間取っている。で、終わってから聞いてみると、つまり、2学期の成績の9教科の合計が、ある私立高校を推薦で受験するのに「1」足りないので、どうにかしてほしい、というより、
なぜ足りなかったんだという怒りの電話なのだ。そんなの、もちろんこっちのせいじゃない。本人の責任だよねえ。自分の出来が悪かっただけの話だ。
 ところが、そこから先がなかなか新しい。
というのも、自分の子は、○○高校に入学することを夢見て一生懸命努力していた。(私立単願なのね。)そして、前回の三者面談で、推薦の基準はいくついくつだ、と先生に伝えてあったはずだ、それなのに、なぜ足りないのか。必要な数字をそろえるのがスジじゃないのか。我が子はショックを受けてしまっている。どうしてくれるんだ。主要5教科では「1」上がっているのだから下がったのは技能教科であろうが、そもそもどの教科が下がったのか。(ウチの学校では、現時点では3/5/9教科の数字だけを保護者・生徒に伝えるという申し合わせ。)その教科が下がったことに対して、担任としてはどのような見解をもっているのか…。

 ようするに、
受験を希望する高校の基準に合わせてオマエらが成績を付けるなんて当たり前だろ?という驚愕の主張なのだ。しかも、他にも一件全く同じ内容のクレームがあったという。あのねえ!!
 皆さんわかってらっしゃるだろうがここで確認すると、そんなのあるわけない。中学校は教科担任制だよ。いちいちの教科の成績なんて学級担任なんかが関知してるわけないでしょ。小学校じゃないんだからさ!…そうか、小学校と混同してるんだね、この親。「お受験」だったら、親が
「内申書、よろしくお願いしますね。」
といえば、担任が
「よく書いときましたからね!」
というやりとりもけっこう考えられる、というか存在する。(もっとも、本当によく書いたかどうかは、封をしちゃえばわからないんだけどね。)そんな場面が一般的になってくれば、中学校でもこっちの言いなりに内申点も操作するもんだ、と思っちゃうのも無理もないのかも知れない。
 でも変だよね、その親。自分だって中学生だった時期があるんじゃないの?教科担任制の実際のことなんかわかるよねぇ…。(それとも忘れちゃうのかな…)そして、明白に
「あと一点、追加してください!」
と要求してくるあたり、本当に困る。できるわけ無いじゃん、そんなこと。うっかりやっちゃえば全体での成績のバランスが狂っちゃって(最近じゃみんなして成績を見せ合ってるわけだから)誰それが4なのに何でワタシが3なんですか!という生徒にとっても教師にとっても都合の悪い問題が顕在化しちゃうし、第一、誰か一人にそういうお情けをかければ、他のヤツだって我も我も、とねじ込んで来て収拾がつかなくなるに決まってるし!
 まあ、どうにかその場は担任が説得して電話を切ったが、そんな理不尽なクレームでも30分ぐらいはかかっちゃうわけで。またまた本当に必要な仕事が後回しになるってことさ。



 ところで、その成績だが、以前と比べて「自由度」というものが減っている。どういうことかというと、成績の付け方をかなり明確に規定するようになっているということだ。まず年度当初に「シラバス」という文書を保護者に渡し、教科毎にこれこれの内容で授業を行い、こういう観点と評価方法によってこういうテストをして、その結果の5~1の評価はこんな方法でやりますよ~、と公言するわけだ。そして、ほぼその通りにやる。するとその結果が厳然と出てくる。で、それによって(生徒の名簿と子供の顔との整合性なんかろくろく考えもせずに)機械的に5から1までを割り振っていく。もちろん昔みたいな相対評価じゃないから出来がよければ5の人数も増えるし、何と言っても結果を残せた生徒はそのまんま正しく評価される。しかし、ここで問題なのは、「コイツは一生懸命取り組んでいて、これこれのいいところがあって、それを伸ばしてやりたいな~励ましてやりたいな~」みたいな、評価する側の「さじ加減」が入る余地がなくなる、ということだ。前述のように、生徒は成績を見せ合っちゃうから、
「テストの点がこれこれで、提出物の評価がこれこれで、授業態度だっていっしょで…、なのに、どうしてコイツの方が俺よりいいんだ!」
というのをかなり詳細に分析した上でクレームをつけるときにはつけてくる。それに対して教師の方が説明ができなくなってしまうのだ、変な操作をやっちまうと。もちろん、そんなの不正だろ!といわれればそれまでなのだが、やってもやっても先の見通しがつかなくてやる気をなくしかけていたりする生徒とかを、これまで何度もこんな方法(他にもいろいろあるけど)で救ってきたのは確かだ。だが、今はそんなわけでこの方法は使えない。自縄自縛ってヤツかな、自分で作った基準に足を取られちゃっているわけである。
 さらに言えば、そういうわけで余計に、前述のような、内申点なんとかしてくれ系のクレームは、にべもなく門前払いをするしかなくなっているのさ。誰のせいなんだか。
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将来の教師

 先月の27日まで音楽の教育実習生(男)がいた。つまり俺の担当だったわけだが、ま~かったるかったわ。とにかく、何をするにしても飲み込みは悪いし、血の巡りは鈍いし、仕事は遅いし。真面目に一生懸命やろうとしているのだけはよく理解できるんだけどねぇ。専科の知識も技量もお寒い限り。何しろヤツが書いてくる文章の中ではベートーヴェン(Beethoven)がヴェートーヴェンになっちゃうんだからね。意味がわからない(どうせならベートホーフェンだろ?)。それに、「魔王」の授業実習で、シューベルトが幼少のみぎりに師事していたオルガンの先生の名前なんか持ちだしてきてメモれなんて言われても、一体それが何だっていうんだよ!一体彼の頭の中はどうなっているのか。そんなの必要ないよ、と言っても次の授業でまた同じことをやらかす。しかも常に時間は足りなくなる。板書をすれば、字がむちゃくちゃ汚いのはま~だ許せるとして、書き順が間違っているのはヤバイでしょ?それもひらがなまで、ということになれば、これはもうみっともなくて生徒の前に出しておくわけにもいかない。コイツの小学時代の先生の顔が見たいわ。その上、どういう理想を抱いてきたのか知らないが、現実の中学生の状態に驚きあきれている様子。2年生の小娘に何か言われてショックを受けてたりとか、一体どういう学習院で中学生時代を送ったんだ?って自分の母校に実習に来ているはずなのに。
 たまたま彼の実習中に県教育事務所の教育支援担当(以前は教育指導課といっていたはずだが?くだらない言葉遊びだ)の訪問があった。俺も公開授業をしてその研究協議を行ったのだが、その報告書を書こうとしたら教頭が、
「彼にやらせればいいんじゃないの?先生忙しいんだからさ。」
といってくれたので、たまたまその時別の急ぎの用事もあったので、じゃあ、ということで頼んだら、2時間もかけてほ~んのちょこっとトンチンカンなことをメモってもってきた。とにかく指導主事が、これこれみたいなことはやらない方がいい、といってたはずなのに、それが「やるべきである」ということになっていて、まるで話になってない。結局彼の報告書はそのままくずかごへ直行させるしかなく(彼の目の前ではしなかったけど)、ヒマができた時点で俺が全面的に書き直さざるを得なかった。それも、彼が書いてきた倍以上の量を書いて教頭に提出するまで、ものの7~8分。
 実習日誌も誤字脱字だらけな上に現状認識がまるで違っているし、研究授業の指導案を書かせれば、これ以上は遅らせられない、という期日にできあがらず、俺が電話口で怒鳴りつけて、土日も使って、それも深夜までメールの添付ファイルでやりとりをせざるを得なくなる始末。しかも「本時の展開」の部分を読んで、実際の授業の場面を想像することができなかった指導案なんて、初めて見たし!
 そもそも困ったことに彼は妙に頑固なところがあって、こっちが指示しても指導しても、自分のやり方を変えない。頭が悪すぎて、自分のものに消化することができないのだろう。ようするに決定的に能力が足りないのだ。
 そういえば6~7年前だったかにきた数学の実習生もあり得ないほどのバカだった。というより知的障害者としかいいようのない人物で、中学生レベルの数学が「わからない」のである。そんなことがあり得るのかって?あったんですよ、本当に!

 それにしても何でこんな、名実ともに(ハッキリ言って)バカが教育実習でございなんて、でかい面して学校現場に現れるようになったのか。
 いくつか理由は考えられるが、一つには大学生の質が明らかに低下しているのだ。何しろ世は「大学全入時代」。あっちこっちで定員割れを起こした大学が様々な方法で、全然勉強しなくても通過できる入試を考案し、その結果、選びさえしなければ誰でも間違いなく大学生になれる。その中には教職課程を設置している学部学科もあるわけだから、かつてなら絶対にそんな大学に入れなかったような、決定的に頭の構造が学問向きではない輩が紛れ込むことだって十分に可能になってしまっている、ということかな。それに、そういう大学は、とにかく「卒業」させて学士様に仕立て上げなければ、ということで、至れり尽くせりの指導をしているだろうから、バカ人間はいつまでたってもバカのまんまってわけだ。
 もう一つ、問題なのは「ゆとり教育」かな。大学が全入になってても、入ってくる学生のレベルが下がらなければ別にいいんだが、知っての通り、「ゆとり世代」はいまやハンディキャップを持った人間とさえ見なす向きがあるぐらいに、あっちこっちでお荷物になり始めているようなのだ。その前の(中学で)平成5年完全実施の学習指導要領でも、それまでよりもごそっと中身を減らしたゆとり教育で、学力の低下がすでに心配されていた。今回来た実習生はこの世代で俺の長男とほぼ同い年なのだが、その長男の担任にいろいろもの申したことがあったときに、
「漢字の書き順は指導していません。正直言って指導するヒマがありません。悪いけどご家庭にお願いするしかありません。」
と言っていたのを思い出す。まあ、その先生は良心的だったからか、同業のよしみだったからか、そう言ってくれたわけだが、たいがいの大人は、学校でそんな現象が進行していたなんて知らなかっただろうな。
 一事が万事で、昔の小学中学を基準に考えたら、今時のガキなんて全員劣等生に見えると思うよ。とにかく何っにも知らないから。ちょっと話してみればわかるよ。そもそも知的好奇心が全然育ってない。ボキャブラリーがとことん貧困。知識も、心情というか道徳心も、とても次代を任せられるようには育っていない、と俺は思っている。

 実習生の評価だが、総合評価をA~Dのどれにするか、もう、ずーっと悩んでた。一生懸命やってDじゃ可哀想だしなぁ。ということでCにしようと、ほぼ心を決めていたのだが、職印をもらう前日にそいつのお疲れ会があって、聞いてみたら、なんと、教員をやる気満々なのだ。3週間の最後の方なんか、くたびれ果てた様子で、コイツ大丈夫かいな、とも思わせたし、きっと教師になりたい、なんて思わないだろ、と高をくくっていたので、意外な展開である。結局、その気持ちに免じて、Bをつけてしまった。甘いなあ、俺って。そうやって人情に負けてしまうのが教員のよくないところだ(って俺だけか)。彼みたいな、確実に能力が欠如しているのが教師になったって、生徒の迷惑になるのはわかっているのに。そうやってダメ教師が再生産されてしまうのだ。こんなことをやっているようじゃあ、教員の資質向上、といっても前途は多難だな。バカに付ける薬はないからな。

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