最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

給与減額

「今月から給与が減額になります!」
朝の職集でのこういう事務担当者からの悲しくもショッキングなお話で、一日が始まるなんて、がっくりくるんでないかい?もっとも、ボーナスが全然でなくなる、とかリストラされるとか、会社そのものがなくなっちゃうとか、世の労働環境の厳しさを考えればぬるま湯そのもののハナシなのだが。

 とはいえ、親方日の丸の公務員といえども、給与減額の話はここんところしょっちゅう聞かされるようになった。1回ごとの減額は数百円とかでそれほどではないのだが、こうも回を重ねてくれば結構大きいような気がする。だがそれよりも職員室でぼやくのは、この話は常に唐突に上から降ってくるだけだ、ということである。ウチの収支状況がこうこうだからああなってこうなって、とどのつまりは給料減らすよ、みたいな前ぶりは(たとえば県議会とかの議事録を丹念にチェックするとか何かすればわかるのかも知れないが)一切ない。さらに団交権もないので、下々は減らされれば減らされたで言うがままのあてがい扶持だ。なぁ~んにももの申すことはできない。
 一方、そのお給料の対価としてのお仕事といえば、どんどん、どんどんしんどくなっているのだ。もともと中学の仕事は勤務時間内に終わる仕組みにはなっていない。部活なんかの面倒を見れば(やらざるをえない)当然朝から晩方までかかるし、学級事務はそれが終わってから。それなのに、昨今は総合だの何だの、変なことで空き時間が減ってしまい、昭和の終わり頃はだいたい3時間のうち1時間は空き時間だったのだが、今は5~6時間に1時間という人もざらであろう。そうなると、いろんな事務だとか、研修だとか、もっと大切な教材研究(つまり授業の準備)みたいな、かつて空き時間に行っていたことが、ほとんど勤務時間内にはできなくなってしまっている。中間や期末の試験問題を作るにも、何をするにも全部時間外に行うしかない。もちろん残業代は(教職調整額という手当~俺の場合は月額11000円程度~がそれに当たる、という見解もあるが)出ない。休日に部活をやってもゼロが一個足りない、といいたくなる手当の支給のみ。やらないですむ方が体も休まるし、ズ~ッとありがたいよ。ウチの教務主任なんかいっつも休日にやり残した仕事をしに職場に来ているが、これなんかは全く手当なしであろう。さらに、中学生どもはどんどん新人類というか宇宙人化して、問題行動の処理に手間がかかるようになってきている。昔はほとんどの学級担任が「学級通信」というものを発行していたものだが、(ウチの学校だけかもしれないが)今では稀になってしまった。職員室をザッと見回してみても、机の上が書類だのがらくたの山になっていて、とても作業ができるような状態ではない人も、一時に比べて増えたように思えるが、ようするに片付けるヒマがないのだ。さすがに今回の減額(ちょっとなんだけどね)には
「いくら何でも、こんなのひどいんじゃないの?」
みたいな普段は聞けないボヤキがきょうはあっちこっちから聞こえてきた。

 というわけで、何となくどんよりとした不満みたいなものが少しずつ少しずつセンセイ方の中にたまっているっていう雰囲気の一端を書いてみた。

そういえば、年金未記入問題というものは公務員には無縁のものか、と思っていたのに、ウチの学年の国語の教師が数日前に
「俺の年金はどうなるんだよ~!」
なんて言っていた。聞けば、17年分の記録が落ちている、というのだ。まさに驚きの事態である。もっとも彼の場合は、勤務していたという証拠そのものはいくらでも揃っているはずだから、心配はあるまい、という周囲の結論であったが、意外にアブナイものだ。皆さんは大丈夫?
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新たな日本語

 給食準備の時間に、女子が二人職員室に来て、何やらがないのでください、みたいなことを言っている。対応している先生が、
「一つでいいの?あなたの分は平気なの?」
というと、そのうちの一人が元気いっぱいに、
「大丈夫です。あります、あります。チョーあります!」
と断っていた。さて、生徒が行ってしまってから暫しあって、イギリス人のALTが、
「チョーあります!……新しい日本語ですね。ボクも使ってみようかな。」
だって。その場に居合わせた教員が何人かでどういう日本語なんだか彼に説明しようとしたのだが、、とうとう分析することができなかった。

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中国地方の子守歌

 つい先日、ある演奏会で家内(声楽家)が演奏した曲の中に、「中国地方の子守歌」というのがあった。山田耕筰が凝った伴奏を付けて、芸術歌曲にドレスアップしてしまった、なかなか味わいのある一品である。その歌詞の中に、(正確には覚えてないが)
明日はこの子のお宮参り、お宮参りに何をお願いするか、この子が一生まめなように…
という内容の部分があり、心に残った。この歌は子守りをしているお姐ちゃんの立場の歌詞で、なかなかきつい部分もあるのだが、それでもこの一くさりは昔の人が社会でどんな人材を求めているのかを簡潔明瞭に示していて、興味深い。
 現代の子供たちに、
「将来は勤勉な働き者になりなさいよ」
と、言い聞かせる親なんかいるものなのだろうか。むしろ、楽して高額収入を得られるような身分を漠然と想像している大人が大部分じゃないのか?もちろんそういう自分も、子供には楽させたい、といつの間にか思っていることに、この歌を聴きながら気づかされた。だが、憲法に書いてある、なんて言われるより前に、人はまず勤勉でなきゃいけないんじゃないのかなぁ。ということは、当然子供のうちにそういう思想を(積極的に)すり込んでいくのも教育の大事な一面かなぁ。
結局、子供をどう育てるか、というのは、最終的に「どんな大人にしたいか」という目標あっての話なんだけど、そこまで考えて子育てしている親、生徒に対峙している教師がどれだけいるんだろうか。

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このうるわしき親心

 今、総合学習で「弁論大会をやろう」という企画が進行中だ。中学3年生。「やりたくないことはやらなくてもよい」という「ゆとり教育」の思想が骨の髄まで浸透し、「高校入試に全く影響しない」というのが今や知れ渡ってしまった総合学習なんて、屁ほどの価値もないと思いこんでいるヤツら。「評価に関係するぞ」と脅さなければ何も手を付けず、時間いっぱいふざけ合って終了だ。そこで、この単元は国語の成績に影響する、と生徒にも案内して、進めていたのだ。
 まず、もとの文章を書き、それを推敲し、清書して、読み込んで、発表し、という手順を踏んでやることになったのだが…。
 きのうは2時間続きで文を書いた。それが原稿用紙2枚以上だとか、一文字でも掛かればよいとか、朝の職集で話題になり、作文ができたら今度は推敲させる、という話もしたのに。
 放課後のことである。なんと、あるクラスの担任(女性)がその集めた作文を添削してしまったのである。赤ペンで。学年の、国語の教師がビックリして当人に文句を言ったら、俺に
「もう、いやんなったから、休みを取ろうかな」
なんて同情を求め、ふて腐れて帰っちゃった。しかも、コトが進行してる最中に、隣の数学教師が
「それやっちゃまずいんじゃないの?」
と言ったのに、
「いいのよ」
といって、そのまま進めちゃったというのだから、ビョーキは深い。だって、次のステップで生徒が自分の作文を推敲しなければいけない、というのに、添削しちゃうなんて(しかも赤ペンで!)、あり得ないでしょ。しかも3年生の今の時期の、5教科の成績に関係するというシロモノなのに。この事態の収拾には、クラスの生徒に一旦本当のことを言って、もう一度白い原稿用紙に文を(生徒本人の記憶をたよりに)書き直してもらうか、自分で一言一句同じに筆写するしかない。それとも他に方法あるかな?
 この女性教師は、去年も合唱祭の時に自分のクラス(2年)を優勝に導こうとして、老いぼれ猫の鳴き声のような歌声で練習に介入し、女子パートの生徒がそれを真似したせいでクラスが最下位になってしまった、という前科の持ち主だ。もっとも本人は自覚していないが。生徒の方は十分わかっていて、今年は彼女の歌声を無視した模様である。それなのに、いっぱしに私は合唱のことはわかっているのよみたいなことを言うんだからね。ちょっと話す相手を選べっての。
 結局独りよがりで、生徒のため、と自分では思いこんでいるが、実際は自分の自己満足のためにやっているのだ。これでは育つものも育たんのう。でも、意外と多いんだな、こういうカンチガイな親心たっぷりの教師って。

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合唱祭、大変だったのに!

 畜生!ムカつくじゃねぇか!合唱祭の保護者アンケートに、
「年々ヘタになる」
なんて書いた奴がいやがった。多分吹奏楽の親だな。夏に喧嘩したからな。声が小さいって?ふざけるなっての。俺が来る前の、おととしの合唱祭なんか、ビデオで見たけど、爆笑モンだったじゃねぇか。俺は誰もいない音楽室のテレビの前で、声を出して大笑いしちまったよ。なにしろ、
「合唱祭は大声コンテストじゃないよ」
とは、かなり以前からあっちこっちの中学校で言われるようになってきたセリフなのに、そんなのどこ吹く風。とにかく、俺の前任者は異常に低レベルな指導力不足教員だったからな。合唱祭の直前になっても、放課後の特設練習の時期に職員室でお茶飲んで、クラスの練習には一切見向きもしなかったらしい。おかげで、クラス合唱は担任と生徒のやりたい放題。指揮者はヒジをクネクネ動かしてまるでタコ踊りだし、あろう事か、リズムに合わせて体を左右に揺らしながら歌うクラスまであったのだ。もちろん、出てくる声は下品な母ちゃん連中がガハガハ笑ってるようなキッチャナイだみ声でわめき合っているようなシロモノで、こんなのが合唱だって言うんなら、カラスがゴミ捨て場で鳴き交わしているほうがま~だ統一感があってマシってモンだ。そんなくだらないのの方がもし認められるっていうんだったら、俺は音楽の授業では一切この行事に協力するつもりはない、というほどである。そんなのが上手だって言うんだからねぇ…。本当にこの地域の親は文化レベルが低い。ってこれを書いた親だけだったらいいんだけどね。
 俺の指導は徹底してるぜ。授業の始まりには必ず発声練習をしていちいち文句を言いまくり、姿勢から頭声発声、それぞれの母音の発音の仕方とかまで指導している。だが前任者が馬鹿すぎて、生徒が音楽の授業で「向上する」というイメージがないためになかなか俺の言うことを聞こうとしないのが現実なのだ。それを差し引いても、はっきり言って去年の合唱祭は見違えていたはずだし、今年に至ってはさらに美しい歌声が響き渡ったのだ。それが「ヘタだ」って言うんだったら、来年は間違いなくもっとヘタになる予定だぜ、ってんだよ!ざま~みやがれ。悪かったな、ヘタクソでよっ!
(オット、これじゃ品性が疑われちまうか?って、もとからわかってるか…)

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