最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

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中学生の法則その?

 中学生の法則 その?(いくつだったっけか、整理が苦手で、もうわからなくなってしまった)

「中学生男子は、教室等に広いスペースがあると、暴れる。」

 校内音楽会(合唱祭)が近くなってきて、音楽室の椅子(ウチの学校の音楽室は、机は最初から存在しない)を片付けてしまった。当然ピアノの他にはほぼ何もないので、普通の教室より面積が5割り増しの音楽室は、野郎どもにとって格好の遊び場である。放課後の特設練習はもちろん、昼休み・休み時間(伴奏の生徒のために開放している)にも追いかけっこをしながら飛び込んできて大暴れをする。でかい図体で叫び交わしながらふざけ合われた日には、やかましいことこの上ない。下手に放っておけば、雑巾を丸めて結んでボール代わりに、箒をバットに見立てて野球を始める。もちろん体育館でも状況は同じで、必ずどこからかバスケットボールを引っ張り出してきてドカドカとドリブルを始め、合唱練習の歌声なんかきれいさっぱりにかき消される。時間を気にする女子が眉をひそめ、
「やめてよ~。」
それでもやめない奴数人は、たいていクラスの中でも困ったちゃんだが、最後に担任の先生が入ってきて一喝し、やっと不承不承ボールをしまう。
 「荒ぶる魂」は常に発散の場を求めているんだな。
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テーマ:中学生 - ジャンル:学校・教育

どうしようもない!ケガ

 今日、救急車が来た。生徒がケガをしたのだ。たとえば、組み体操の練習中に崩れて骨折した、なんていうのだったら(何年か前に俺のクラスでもあったが)まあ許せるって言っちゃ悪いが仕方のないところがある。だが、今日のは…。とほほ。
 教室棟と特別教室棟との間に渡り廊下がある。ウチの学校は古く、屋上屋を重ねるなかばデタラメな構造で、この渡り廊下と教室棟との間に大きな段差がある。そして、渡り廊下の天井はトラスビームみたいな鉄製の梁で支えられているのだが、掃除の時間にあるお調子者の3年男子がその梁に飛びついてぶら下がろうとして思いっきり飛び上がったのである。目撃者の女子によると、彼はそのまま教室棟のコンクリート製の鴨居に頭をぶつけて落下し、その瞬間あたりには血が飛び散り、彼が保健室まで移動した経路は点々とこぼれた血で凄惨な有様になってしまったという。介抱した他学年の主任によると、眉間が完全に割れて、何針か縫うようだろう、という。
「なんであんなところでジャンプしたんだ!」
という担任の怒りもタメイキ混じりである。

 それにしても、こういうどうしようもないケガには脱力する。なんでそんなあり得ないことしたんだ?というのから、そんなことすリャケガするに決まってるだろ?というのまで、とにかく自ら進んで普通なら考えつかないような危険なことをしてはケガをする。こっちは必死で病院に担ぎ込んだり保護者に連絡とったりして事後処理にてんてこ舞いになってしまうし、まわりのバカ奴らが野次馬になってまとわりつき、浮かれて大騒ぎするのを解散させたりするのに一苦労である。保護者だって、我が子は心配だし、先生に対しては恥ずかしいし、仕事は途中で仕舞わなきゃならなくなるし…と、その心中を想像しても何とも言いようがない。
 そういうくだらないケガの中でも、ガラスを叩いて割って手を切る、というのはけっこうポピュラーであろう。つい最近もこんな会話を交わしたばかりだ。
俺 「あのなぁ、ガラスってのは叩くと割れるんだよ。」
生徒「知ってました。(手には白い包帯が痛々しい)」
俺 「なんで叩いたの?」
生徒「こんなに簡単に割れると思ってなかったんですよ。」
本当に中3にもなって、なんで叩くんだよ!だが、これはまったくどこの学校でもしょっちゅうある話であろう。
 それに、よくやるのが追いかけっこをしていて、追われている方が廊下から教室に入ったとたんに扉を閉め、追いかけている方がその扉に激突してケガをする、というパターンだ。これもたいていはぶつかるだけだが、いつケガするかと思うと気が気じゃない。だが、やってる本人たちはそんな教師たちの再三の注意にもまったく意に介さず無邪気そのもので室内を駆けめぐる。

 変わったところでは、バスケ部の男子が「ダンクシュート」をやろうとしてゴールの下に跳び箱の踏み切り板を置き、そこからジャンプして着地したときに足首を骨折した、というもの。もちろんバスケ部の顧問はカンカンに怒っていた。ケガしてなおかつメチャメチャ怒られるなんて、まったくなんでそんな無茶するのさ!

 あと、間抜けだが意外にあるのが、友達にカンチョーをしようとして、指を立て、相手がビックリして腰をひねったために指を骨折する。最初に聞いたときには、なんて馬鹿なんだ、と思わず腹を抱えて笑ってしまったが、ある中学校で5年間いた間に3件も同じ事故があったのだから、冗談とも言っていられない。

 こういう、本来ならあり得ない事故によるケガは、とにかく生徒の意識の問題でもある。中には何ヶ月もおかずに2度も骨折して腕を吊ったり松葉杖をついたりしてる無茶なヤツまでいる。まるで夏目漱石の「坊ちゃん」みたいだ。結局なかなか撲滅できないのだが、本当にどうすればいいのか?中学生ってワケワカラン!

テーマ:学校での出来事 - ジャンル:学校・教育

生徒にイヤな思いをさせる

この間の日曜の朝日新聞に、<落書き「誰が」対処は適切?>という記事があって、ようするに佐賀県のある公立中で、トイレに落書きをした生徒を教員が突き止めて文句を言ったところ、その生徒(女子)が衝動的に2階から飛び降りてケガをした、という困った事件についての取材なのだが、まあ相変わらずといえば相変わらずだが、一言書いておかねば。
結局、匿名アンケートをとって目撃情報を集めて、みたいな、その「犯人」の突き止め方(どこの学校でもやってると思うが)が気に入らないらしいのだが、詳しく書いてあったその内容で、学校のやってることや、取材に対する対応に正しくないところがあるなんて俺にはまったく思えなかった。
しかし、案の定、取材記者の感情的な一文が載っていたので、全文を引用してみよう。(傍線は引用者による)

「目撃者」と対面 生徒に重圧
取材のきっかけは、7月16日に教育委員会が開いた記者会見だった。トイレの落書きについて指導中、女子生徒が窓から転落してけがをした。なのに「指導に問題はなかった」という。どうしてそんなことになったのか。取材を続けるうちに明らかになったのは、①同じ学年の生徒全員からアンケートまでとって当事者を突き止める手法だった。②「目撃者」と引き合わされ、落書きを認めた生徒はどんな気持ちだっただろう。
想像すると、胸が詰まる思いがした専門家に話を聞くと、匿名のアンケートをする学校は少なくないという。「真相解明が先決」と教育委員会も説明する。だが、③それが教育の本来の目的とかけ離れていることは識者も指摘している
落書きはいけないが、どの学校でも起こり得ることだ。それが④起きてはいけない事故につながった。そのことを学校は直視し、⑤今後の指導にいかしてほしい
                                  (朝日新聞9月27日朝刊)


相も変わらず一見もっともなんだけどね。ここ何日かずっと引っかかっていたのだ。
①俺もやったことある、というより、担任をすれば必ず年に何回かはやらざるを得ないシチュエーションが発生するので、どこでもごく普通にやっている手法だけど、それが何か?
②笑っちゃうね。生徒は生徒である、というただそれだけで、常に善玉だ、ということね。全然シチュエーションは違うかも知れないけど、たとえば「手錠腰縄をされたままでマスコミのカメラの砲列にさらされた殺人犯の胸中を想像すると胸が詰まる」なんてもし書いたら、そんな新聞誰が読むんだろうか。これについては後述する。
③生徒が学校に来てるのは、ものを壊したり落書きをしたりするためじゃない、というところには目をつぶるワケね。
④これは非常に困ったことだ。生徒の心に耐性が無くなっているのかも。実は何年か前に、俺の倅が行ってた高校で、倅と同学年の生徒がカンニングを疑われて指導された直後に自殺をする、という大事件があった。(死人に鞭打つのは本意ではないが)何人かの同級生が
「カンニングペーパーを見てるところを見つかったのに、俺はやってない、なんて言われてもねぇ」
とシラケていたということだが、教師として当たり前のことをして、結果がこうなったのではやってられない。生徒、というより人がこういう破滅的な自傷行為に走るのは学校の責任というより、精神面での病理的な問題じゃないのかねぇ…。
⑤つまり、一部の特異な現象をもって「もうこういうことをするな」と公器であるところの新聞を使って恫喝してるってことね。学校は落書きし放題、ものは壊れ放題、と。それで崇高な教育の目的が達せられるというんだったら、ま、それでもいいんじゃないですか?それとも壊れた施設の修理代はオマエが払うってか。

さて、俺として、ここで明らかにしたいと思うのは、懲戒の意義なのだ。学校教育法第11条に、
「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。」
とある。この条文は「体罰禁止」という方向から語られることばかり目立つが、大事なのは「懲戒を加えることができる」という部分ではないのか。そして、その目的を教えてあげよう。それは、
「生徒にイヤな思いをしてもらう」ということである。それしかない。そりゃそうでしょう。たとえば、何時間も渋滞している高速道路の路肩を突っ走っていくクルマがたまにいるが(たいていベンツとかセドリックみたいな高級車が多いのも不思議なことである)、渋滞に巻き込まれた身でそういうのを横目で見ているのは実に不愉快である。しかし、ちょっと先へ行ったところでそいつらが白バイかなんかにつかまっていたりするのをみれば、いい気持ちになる。もちろん捕まって衆人環視にさらされる方としては実に不愉快であろうな。そういう気分になるってことが大事なところだ。
実社会で何か悪さをした場合、捕まった方としては懲役や罰金など、実害を伴った制裁を受けることになろうが、学校はそうではない。学校は警察じゃないからな。生徒が不利益になるような「懲戒」を加えるわけにはいかない。ではどうするか。結局のところ、「イヤな思いをしてもらう」ことが最も重要なところである。「こんな思いをするなら、もうやらない」と思ってもらうことである。あくまでも「教育」なんだからな。
一方、「犯人さがし」が不要か、といえばとんでもないことだ。何をやっても、しらばっくれちまえばお咎めなし、なんてことになれば、アッという間に学校は無法地帯になるし、それでOK、やったモン勝ちだ、と思っているヤツらが大量に卒業して社会に巣立っていけばこの日本がかなり困ったことになる。つまり、「犯人さがし」とその後の指導は「悪い奴はこうなります」という世の中の仕組みを子供たちに教えてあげる、重要な教育の一つといえる。やらなければいけないのだ。

なんで今の日本では、こんな当たり前のことが、当たり前に語られなくなってしまったんだろうか。今時の子供の親なんか、わかってないと思うよ。つまり子供は、学校でイヤな思いをさせられる、なんてことは想像もしないで、というより理不尽なこと、と考えて学校に来るってことだ。当然、「懲戒」を食らえば「心理的にショックを受け」て、「心が傷つく」であろうな。それを見て親とかまわりとかは「胸の詰まる思い」をするわけだ。だが、何かの本の受け売りだけど、
「学校は生徒の心に傷を付けるところ」だよ。その辺のところ、ご家庭の方でちゃんと子供に言い含めた上で、学校には出してもらいたいモンなんだがねぇ。

テーマ:教育問題について考える - ジャンル:学校・教育

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