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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

痛ましい事故

 おととい、俺の勤務する学校に隣接する学区の小学4年生女子が交通事故で死んだ。たまたま今日は市教研の総会で、市内の幼小中のほぼ全部の先生が市民会館で一堂に会したのだが、その最初は1分間の黙祷、というやるせない場面で始まった。
 その子はどうやら自転車で交通標識を無視して飛び出し、軽自動車にはねられたらしい。運転していた64歳の主婦が逮捕されたが、そのおばさんにしても、まことに降ってわいた災難というべきであろう。自動車を運転する人間には、避けて通れない宿命であるとさえいえるが、事故は得する奴が誰もいない、本当にイヤなものである。昨日も職員室でその話題になったが、「明日は我が身」という思いには身震いさせられる、というのが結論であった。

 それにしても、自転車は「車両」のうち、道路交通法は守らなければならない。20年くらい前のことだが、家内が小学2年生だか3年生だかの男の子の自転車と接触事故を起こしたことがあった。その子はなんと前を見ずにうつむいて路面を見ながら猛烈なスピードで突進してきて、家内の前を走っていた乗用車が急ブレーキをかけてなんとか避け、後続していた家内も停止したのに、その停止した自動車に衝突したのである。幸い自転車の一部がちょっと曲がっただけですんだが、誰がどう考えても悪いのは子供の方だ。実際あとでよくよく聞いてみると、近所でも札付きの乱暴運転をすることで有名な子供だったらしく、当時家内のところにピアノを習いに来ていた子供たちにも知られていたほどの人物であった。だが、自動車の方は、「運転していた」というだけで責任は問われるのはやむを得ないところではあろう。
 さて、その子供の親父はけっこう厄介な人物で(要するに金がほしかったようで)、保険屋さんも事後処理にはけっこう手間取ってしまったらしいのだが、彼は俺にこんなことを言っていた。
「子供なんだから仕方がないだろう!」

 ほうほう、子供だから飛び出すのは当然だ、周りが気をつけてそいつとぶつからないようにするのが当然だ、と、そうおっしゃるわけですね。じゃあお聞きしますけど、何才からが「子供」じゃないんですかね。ちなみにうちの子は3歳の時にもすでに「飛び出し」なんかしなかったですけど?それで、人間っていうものは、アンタのおっしゃる「子供」と「大人」の境目で、スッパリと「飛び出し」なんかしなくなるものだ、というわけですかね。
 それに、そんな「仕方のない子供」に自転車を買い与えるのはどういうワケなんですかね。アンタの子供が自動車にぶつかって、運転手の責任を追及するのはかまいませんけど、死んだり身体障害者になったりしたら、取り返しのつかない思いをするのは誰なんですかね。
 な~んてことを、その時には立場が弱くて言えなかったが、未だに悔しく思い出す。
 交通ルールはどんなに頑是無い子供であっても極めて早い時期にたたき込まなければならない躾の一つである。不幸なことが起きないためにも!これは親の責任である。
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テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

ある生徒指導と親

 4月になって転校してきた2年生の女子で、ちょっと変わった名字の生徒がいた。あるお調子者の同級生男子が、その子の名字が面白くて、というよりもっと悪い意味でのいたずら心に動かされて、その女子の名前を何度も呼んでいた。彼女はすっかり気分を害し、というよりはっきり言ってショックで早退してしまったのだ。そして、(体調不良という連絡があって)次の日も欠席した。
 その場面を養護教諭が見ていて、要するに「これは放っておけない」と感じて、本人に注意するとともに、学年の生徒指導担当に報告した。彼は放課後呼ばれて指導を受け、そのような事実があったことは次の日の朝の職集で報告された。当事者にとってはゆゆしき問題ではあるが、ま、日常茶飯事の事件の一つであろう。
 ところが、数日後、この男子生徒の母親から猛烈な抗議の電話が、養護教諭宛にかかってきた。曰く、
「ウチの子はショックを受けている。あとで、その女の子に謝ったら、全然気にしてないよ、ということをいっていた。つまりたいしたことでもないのに、生徒指導の先生に叱られ、担任の先生にも叱られ、さらには教頭先生にまで言われて、何でそんなに大げさに拡がって、文句を言われなければいけないのか。ウチの子のしたことと言えば、単にその女子の名前を呼んだだけだ、と本人は言っている。その場で注意して終わりにすればすむことだったじゃないか。」
養護教諭はその剣幕に押されてしどろもどろになり、要するに電話口ではあるが平謝りになってしまったのであった。大失敗である

 この母親には肝心なところがわかっていない(というか、目をつぶっているというか)。つまり、現象としては「女の子の名前を何度も呼んだ」ということには違いないのだが、そこのところの状況を鵜呑みにせずに追求しなければならない。単に名前を呼ぶだけでも、たとえば
「crabfaceさん」
「なんですか」
「いや、別に。…(間)…crabfaceさん」
「なんですか」
「いや別に。…(間)…crabface さん」
「なんですか」
「いや、ベ~ツ~にぃ…」
…………
な~んてやりとりを10回も繰り返せば、どんなにニブい奴でも名前を呼んでくる相手に何らかの悪意があることはわかるであろう。そういうのを端で見ていてそのままスルーしちゃう教員がいるとしたら、これはかなり危険な職務怠慢であると言える。(何しろ、イジメに発展する可能性を秘めている事案だからな)
 教員がなんでもないのに注意をするはずはない、どうってことないのに問題を大きくしちゃうはずはない、という観点に立脚して、親としては我が子から話を聞き直さなければならない。完全に納得できないまでも、子供の行動についてのある種の異常性は感じ取れるはずだ。日頃からそういうことを追及しない甘い親だから、子供も平気でこういう事件を母親に報告することが出来るし、その際に自分にとって都合の悪い部分を省略してもどうとも思わなくなってしまう。実際、何もなければ相手の女子がショックを受けて帰っちゃうはずもないし、やった生徒の方だって指導を受けたその時には、自分に非があることを認めているのである。この母親は抗議の電話の中でも「自分は我が子の言うことを信じているから!」と何度か叫んだそうだが、信じるなら信じるだけの裏をとって欲しいものである。盲目的に信じれば裏切られるに決まっているのに。その上、「その女の子は別に気にしていなかった」と、状況を矮小化しているのだ。これは意図的である可能性も高い。つまり学校の教師から一本とってやろう、という…。子供に甘く(いい顔がしたいからな)権威には楯突きたい、困った人物なのかもしれない。そして、そんなバカに育てられる子供も災難と言うべきだ。

 さらに困ったことに、この電話の奥にはその生徒が親と一緒にいる可能性が高い。つまり、養護教諭が平謝りになっちゃったことで、彼は自分のやったことの「正当化」に成功してしまったのである。せっかく、何人もの先生が彼の「意地の悪さ」に注目していろいろと手間をかけて指導したことがすべて無駄になってしまったのである(というよりもっと状況は悪化したといえよう)。

 あとでその電話の話を聞いて、主として指導に当たった学年の生徒指導担当が
「せっかく、俺がやったことがすべて無駄になっちまった」と激しく嘆いていたのを、バカ母親は知らないままに終わるのであろう。

 それにしても、実際どういう指導をして、その結果がどうなる、ということは全く予想できない。いつも思うのだが、クレームをよこす親は教員には想像できない意外な方向から攻めてくるので、本当に手を焼かされる。何が起こってもうまく対応できるように、日頃から自分の発言がどういう観点に立脚しているのかを常に再確認しておかなければいけない、ということなのであろうが、このクソ忙しい状況では他に気をとられることも多すぎて、結局不意打ちを食らって撃破されちゃうことがしょっちゅう起こってしまうのである。

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