最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

年度当初はテスト漬け

 4月から5月にかけてはけっこう授業がつぶれることが多い。8日に入学式があって、そのあとなんやかんやで一週間ぐらいは教科の授業にまともには取りかかれない。副教材だってそろってないしね。そこへ新入生のオリエンテーションとか、健康診断とか(最近は1年生だけだけど心電図までとるんだからね)、いろいろやってるうちにGWになってしまう。実際落ち着いて授業が始まったかな、という頃にはもう中間テストだ。
 そんな困った状況の学校に、さ・ら・に・闖入してくる「行事」がある。「学力診断検査」なる、お上から降ってくるテストである。もともと、ウチの県では4月には郡市独自の共通数学テストがあって、到達度の確認をし、さらに6月に「教研式」という5教科のテストが知能検査とカップリングで行われてオーバーとアンダーを洗い出しつつ(注)、自分の学校の全体的な学力の傾向をつかむ、ということをやってきていた。

(注)オーバー:オーバーアチーバー。知能の割に勉強のできるヤツのこと。親が無理矢理勉強をやらせている、とか、本人の気性として無茶苦茶マジメ、なんて場合に現れる現象。要するに背伸びをしているんだから、学習内容が高度になると、ある時突然ついて行けなくなって何らかの悪影響があるようなこともいわれているが、実際そんな場面は見たことがない。
アンダー:その反対。家庭環境がよくなかったり、本人がすごい怠け者の場合に見られる。こっちは冗談じゃなく要注意人物であることも多い。(俺もそうだった、とあとで高校の教師に知らされた。ま、悪いことはしなかったけどあれだけ勉強サボれば当たり前だな。)


 ところが、ここんとこの学力低下批判を受けて、文科省でも全国共通学力テストなんて言い出したし、ウチの県でも「達成目標」がどうとか、ということで年度当初にやたらとテストばっかりになってしまった。先週はそれで3年生は2日、2年生もまるまる1日授業がつぶれてしまった。これまでやってたヤツに加えてである。

それでも、役に立つんならいいのよ…。

これがまた、全くのトホホなのである。まず第一に、簡単すぎる!何しろ、「これだけはできてなければ困る」というガイドラインに基づいて誰でも80点は取れるように考慮して作ってある問題だからな。制限時間45分のところ、普通の生徒なら15分で完答だし、よっぽどトロい生徒でも25分もあれば終わってしまう。残りの時間は退屈そのもので静粛に座っていなければならない。もちろん、「よっぽど」を通り越してできない生徒は最初から45分間まるまる何もしない。これが1日に5回もやらされることを想像してみてよ!みんなもうウ~ンザリ!やらせてる教師の方だって生徒に気の毒でいたたまれないぜ。
そして何よりもあきれたことに、個人の結果が戻ってこないのである。つまり、国がやれと言ったこのテストは生徒に還元されることがないのだ。まるまる1日以上もかけて、子供たちにやらせた結果は十把一絡げにまとめられて統計資料となるだけなのである。まさにやりっ放し。壮大な時間の無駄。現場の教師の感覚では、試験というのはやっただけでは何の意味もなく、それぞれの解答を教師も生徒も確認し、弱点を知り、次の対策を立て、というプロセスの中の一つであり、それだけで独立して存在するものではない。(というのは、いちいち俺ごときがいうほどのことでもない。)このテストについていえば、まさに
「やっていいことと悪いことがあるんじゃないですか?」というレベルの話なのである。

というわけで、先週末に職員室では「こんなのやったって何の意味もないじゃん…」とみんなしてブツブツ言っていたのだが、今朝(月曜)の職集で教務主任が
「県の学力検査の問題用紙はとっとかせてください。7月に個表が戻ってきますので。」と発言した。
は?今やったやつの戻りが7月ですか?アンタ人を馬鹿にしてんの?と教務にいってもしょうがない。隣の同僚(数学)が苦虫を噛みつぶした顔で「生徒なんかそんなの忘れちまうよ。そんなに時間が空いたってうんたらかんたら…」とまたまたつぶやいているのもなんだかやるせない。

ちょっと、マスコミ対策だかなんだか知らないけど、(証拠を残すだけにしかならない)お上の都合なんかで短絡的に教育の現場に負担をかけるのはよしてほしいなぁ。学力の状況を知りたかったらこれまでやってたやつだってあるんだし、そういうのに便乗する形にするとか、なんかもっと頭を使ってさ、工夫してからにしてほしい。子供が子供であるのは一生に一回しかないんだからさ!子供の時間を無駄にするようなマネはしてほしくないんだよね!
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机の上が片付かない

 生まれつき面倒くさがり屋である。もしかすると小学校低学年の時に「君は面倒くさがり屋だね」と誰か(大人)に言われたことによって、「私は面倒くさがり屋です」と自分自身を規定してしまったのかも知れない。(そういう心当たりが確かにある。子供に対する大人の一言というのは恐ろしいものだ)
 そういう俺にとって、職員室の机の上というのははなはだ厄介なものだ。ものがどんどんたまっていく。それも自分の知らないうちに、あらゆる種類のプリントが配られていく。現在机の上に乗っているのを列挙してみれば、

・県学力調査試験監督の表
・5月の給食の献立表
・給食便り5月号
・吹奏楽の研究発表会の申込書
・吹奏楽部の生徒向け実技講習会のお知らせ
・教材消耗品購入計画書の提出について(事務室より)
・市教育センター希望研修講座の一覧表
・2年生の選択教科の希望人数の一覧表
・清掃係会議(生徒)のクラス別の報告書
・「上体起こし」の測定のしかたとスポーツテスト実施要項
・「学校職員の休暇等の案内」
・備品購入計画書の提出について
・共済・互助会よりお知らせ
・PTA第1回運営委員会のお知らせ
・本年度「おやじの会」会員募集について

 こんな種々雑多なプリントが①すぐに処分・廃棄、②一定期間たってから処分・廃棄、③分類して保存、④早急に事務処理、⑤あとあと事務処理、等々を待っているわけである。しかも今ここに挙げたのはプリントだけ。実際にはこれに生徒の落とし物だとか、鍵だとか、DMだとか、教材や提出物やパソコンの外部メモリー関係など、うっかりすればじゃんじゃん出しっぱなしになる。ただでさえ面倒なことの嫌いな俺が、しかも忙しくて走り回っている時期なんかは特に、物がどんどんうず高く机の上に積もっていくのは必然と言えよう。

 そうこうするうちに、授業があって、1時間やって職員室に戻ってみると、さらに3枚、

・「読み聞かせ講座:はじめの一歩」のお誘いのチラシ
・部活実績簿の提出について
・校務支援ソフト研修会(転入職員対象)についての出張文書

が追加されていた。まさに賽の河原。
 いっつもキレイにしていられる先生、というのはどうやっているんだろう、といつも思う。でも断っとくけど、俺の机もそんなに汚い方じゃないのよ。もっとすごい人もたくさんいる。何か探せば必ずその辺から崩れてくるとかね。しかし、そういう人たちが、何かの資料を頼んだりすると間違いなくちゃんと引っ張り出してくる、というのも、見ていて実に不思議なのである。

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跡を濁す「立つ鳥」

 なんと形容していいのだろう。実に不愉快きわまりない事態である。今回転任した中学校の、前任の音楽教師は顔を見たらぶちのめしてやりたい気分だ。俺が何かコイツに恨まれるようなことをしたってのか?顔を見たこともないというのに。

 今年度の授業開始が4月14日。実は4月1日赴任当日から、俺は音楽準備室の整理整頓と清掃、音楽室の整備に着手して、会議や部活、学年集会などの合間を縫ってヒマさえあれば準備室にシケ込み、ひたすら掃除をしまくっていた。そして部活や掃除当番の生徒に3度にわたって廃棄する物の分別をさせ、ゴミ出しをしてもらい、やっと、13日に最終的に掃除が終わったのである。ちなみに13日は「日曜日」だ。倅までつれて行って手伝わせ、どうにかこうにか月曜日からの授業が出来るようになったのであった。(それでも、まだ俺が持ち込んだ私物の資料は手つかずのまま紐でくくられている。これも早急にバラして然るべき場所に納めなければならない。)

 全く、見事なまでに「廃屋」の様相を呈している音楽準備室。壊れたティンパニーが2台。セットドラムの一部の、破れたバスドラムが、大太鼓の台に乗っている。それに普通の大太鼓。ヤグラ台に乗った和太鼓。ホコリまみれのキーボード。壊れているのも含めて何台ものCDラジカセ。誰のものかわからないセットドラム。たたんだ段ボール。これらのものがホコリだらけになって無造作に床に散乱し、まっすぐ歩くことも出来ない。さらに、棚の中は、いつのものかもわからない合唱祭の掲示物や看板、ガムテープやゴミ袋が何セットも放ってある。「一研究」かなんかで書かせた生徒の作った掲示物の模造紙も掲示されたこともなく新しいまま段ボールいっぱい。何に使うのかわからないスネアドラムのスティックが何十セットも。箱ごと購入したと思われる乾電池が何十セットもあちこちに放置され、中にはセロハンの包装をかぶったまま液漏れを起こしてサビ付いているものもある。パート練習用のカセットテープにいたっては何百本あるのか、数えることも出来ない。それも新品も使用済みのもごちゃ混ぜにそこら辺中に崩れ落ち、分類する気にもなれない。教材用のCDは職員室をはじめあっちこっちに散乱し、全部そろっているのかも定かでない。中には、買ったときの梱包したままで未使用新品状態のギターとかCDデッキなんかが放置、というのまである。
 音楽室には古くなって黄ばんだ、というより日焼けして黒くなってしまった掲示物や色褪せた作曲家の肖像画なんかが破れて垂れ下がり、吹奏楽部の生徒が無秩序に貼り付けた他校の吹奏楽部演奏会のポスター(期日を過ぎたもの)が何枚も貼ってある。AV装置はどうなっているのか、音も映像も再生することが出来ないうえ、それについてのメモ書きも残されていない。5~6台ある電気オルガンは、すべて電源プラグが引きちぎれて電線だけをむなしく床に引きずっている。
 しかも片付けるにしても、普通に考えればこれらの中にはどんな意図で置かれているのかを確認しなければ(場合によっては特別支援学級かなんかで使っているかも知れない)うっかり手を付けることは出来ないものだってある。
 とにかくそこら中ホコリだらけ。どんな大きさの何を触っても手に残るのはホコリ。何から手を付ければいいのか、初日は途方に暮れてしまったが、取りあえずあらゆる掲示物をすべて腹立ち紛れに引っぺがして床に破り捨てておいたら、次の日に練習に来た吹奏楽部の生徒たちがきれいに束ねて片付けてくれていた。ヒャ~申し訳ない!!(あとで聞いたら、これは俺の仕業ではなく前任者がやり残したことだ、と彼女たちはごく自然に思いこんでいた。)

 この音楽室のていたらくから言って入学式の生徒の歌も推して知るべし!だったが、思った通りのヘタッピさ加減。実際、授業も成立していなかったらしい。合唱などの表現力が貧弱なのは予想できたとして、この学校の生徒たち(たいして質が悪いわけでもない)の授業態度のイイカゲンさには手を焼かされる。なんなんだ、この前任者!!ここで実名を晒してやろうか!ってくらいなもんである(しないけど)。最初のうちは何も言わなかったこの学校の教師たちも、徐々にいろいろなことを教えてくれるようになったが、彼女をよく言う人は誰もいない。強いて言えば「病弱で週に一度、病休を取って病院に通っていた」ということだけだ。俺がどうにもしようがなくなって「備品台帳」を見せてもらおうとすると、これも全然わけのわからない状態になっていて、事務室の職員にまで「お気の毒」と同情される有様である。俺がある同僚に
「もう、顔を合わせたら怒鳴ってしまいそうだ」
と愚痴をこぼすと、
「彼女に対してそういう思いを持っている人は大勢いらっしゃると思います」
だって。いくら病弱だからって、6年も在任してたんだから、やろうと思えばどうにだってやりようがあったろうに!もっとも、どうしようか、というイメージがなければ何もできないということになる。つまり、怠け者なだけでなく、「頭が悪い」ということだ。

 とにかく、物品の管理能力はゼロ。授業での指導力もなく、部活動も、音楽の教師だというのに吹奏楽部を持つことも出来ず、というかせず(「専門」なんて関係あるか!体育教師で運動部の顧問じゃない人を誰か知っているか?)、週に1度病休とるからその曜日には授業を入れないで、などと時間割担当に要求し(あらゆる人に迷惑のかかる、メチャメチャ無理な注文)、それだけ休むというのに持てるわけもない担任を持ちたがり、結局あらゆる場面で周辺に迷惑を及ぼしているのに、その反省なり謙虚さがかけらも見られない。そもそも迷惑かけてる自覚もないのであろう。何しろ、いけしゃあしゃあとこの俺に、ろくな挨拶もなしに自分がどこかに置き忘れた楽譜の所在を電話で問い合わせてくる図々しさ。これはもはや教員・「社会人」というより「人間」失格というべきである。こんな奴こそ真っ先に「不適格教員」の烙印を押して、学校から追っ払ったほうがいいのではないのか!

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あっという間の引っ越し

 新しい学校での仕事が、もう、忙しくて忙しくてブログなんか書いてる体力が乏しくなってしまった。
だが、やらなきゃいけないことは山積。期日もあるから、どうにもたまらない事態だ。

 今日もきょうとて、大問題が発生。実はこの学校の吹奏楽部が、一つの教室を占拠し、長年にわたって「楽器室」として使っていたのだ。(今じゃどこの中学も空き教室だらけだからね)そして年度当初の会議で、この部屋は明け渡し、別の空き教室に移動することになった。しかし、新顧問であるところの俺は別の仕事にかまけてそれをすっぽかしてしまっていたのだが、明日から件の部屋を、少人数クラスの授業で使用する、と数学の教師が言い出した。さあ大変である。どうにかして引っ越させなければ!

 だが、その部屋は「楽器室」とは名ばかり。まさに「部室」なのだ。かつて全国大会に何度となく顔を出していた当時の輝かしい歴史と伝統を物語るトロフィーや賞状がディスプレイされ、その当時の寄せ書きやら何やらの掲示物が壁一面に貼りつけてあり、金賞の願いを込めて金色の折り紙で作った千羽鶴がいくつもいくつも保存され、楽譜だかゴミだかわからない紙の束があっちこっちに山のように積まれ、「父母の会」が行ったバザーの売れ残り品までが部屋の一角に山のようになっている。そして中央には指揮台とキーボードが置かれて合奏ができるようにセッティングしてある。俺は「移動させる」という話を聞いて取りあえず見に行き、扉を開けた瞬間に「見ないふり」をして帰ってきてしまったほど、とんでもない部屋だったのだ。

 どうすりゃいいんだ…? しかも今日は新入生の部活動見学というのが行われている上に、年度当初の保護者会になっていて俺は部活につくことはできない。

 そこで、やむを得ず、普通の生徒には絶対にさわらせたくないものだけを移動させて床と黒板周辺をきれいにして机と椅子を入れて、取りあえず授業ができるような状態にしてから残りのものを片付け、何しろ明日から授業ができるようにして、そのあと徐々に様々なものを移動させる、という方針を立てて数学の教師には納得してもらい、今日の部活の時間に新入生部活動見学と同時進行ができるように人員を振り分けて引っ越しを開始するように、と吹奏楽部の部長に指示をした。

 ところが、である。

 なんと、彼女たち(うちの部活は女子ばっかり)は、2時間あまりの活動時間が終了する頃までに、この強烈な「部室」をきれいさっぱり片付けてしまったのだ。まあ、30人近くもいればそのぐらいできるでしょ、という向きもあるだろうが、生徒って、なんだか始まってしまうとどこで線引きをしていいのかがわからなくなってしまうんだな。保護者会を終えて途中から顔を出した俺が見ているうちにドンドン部屋は片付いていく。
「あ~~練習ができない!楽器吹きたい!」などとぶつくさ言いつつも、最後に何もかも「部室」だった痕跡がなくなるまで拭き掃除をして机と椅子を並べ、ただの教室に変身してしまい、最後の頃に顔を出した数学の教師もびっくり仰天で舌を巻いた。

 それで思いついた中学生の法則その7

「中学生はいったん仕事を始めさせて放ったらかしておくと(あるいは、ハマってしまうと)、最後までやらないと気が済まない」

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異動:公教育の宿命なのだが…

 今年度末で俺は別の中学校へ異動になった。これまでの学校がイヤだというわけでもないのだが、あまりにも規模が小さくて自分の力(たいしたものではないが)を使いきれていないという憾みがあったし、以前にも異動したい気持ちをこのブログに書いたこともある

 さて、そうは言うものの、今までいた学校だって大事な職場、中学生はかわいいかわいい大切な宝である。俺はその宝を自分のできる限りにおいてピッカピカに磨いてきた、と自負している。
 俺が学年主任をしていた1年生は、実に順調に成長し、生徒指導上の問題なんて、たまに爪を切ってこない奴とか前髪が目にかかる奴がいるという程度で終始した。一人だけいた深夜徘徊ネグレクト系の女子も一生懸命(ホントけなげに)学校にはきていた。音楽の授業でも、合唱は、自分でいうのも何だがウチの2年(新3年)もかなり上手だと断言できるし、1年(新2年)は疑いなく市内のどの中学校よりも上手なはずである(少なくとも声の質だけは絶対に)。

 それなのに…である。俺の次にくることになった音楽の教員は、言っちゃ悪いが大変レベルの低い人物だったのだ。市内でも1・2を争うほどの音楽性のなさ。吹奏楽コンクールに出れば地区大会でいつでも最下位。「市内小中音楽会」では例年ダントツの下手さ加減で、自分とこの生徒に恥ずかしい思いをさせている。演奏なんて日々の積み重ねの反映そのものなんだから、授業が成立していないなんて端から見て丸わかりだ。自分でも「私の授業って生徒がちゃんと最初から最後までいた験しがないのよね」と恥ずかし気もなくおっしゃるほどの押し出しの弱さ。よく言えるよね。それって「私は能なしです」って言ってんのと一緒じゃん?
そして「こりゃどうにもならん」というほど都合が悪くなると、やれお産でございますの介護休暇でございますの、と女の武器をフルに活用して敵前逃亡を繰り返し、残された教員や生徒のことを顧みもしない無責任さでも有名。こういうのこそ税金泥棒っていうんだよ、まさしく。
 ここ2年ほど校長の肝いりでやってた有志合唱団も「生徒も楽しみにしてるので、次年度につなげるのに手を打っときたいんですけど…?」と校長にお伺いを立てたのだが、彼は苦虫を噛み潰したような顔をなさって「それはもういいからそのまんまにしておきな…」とおっしゃる始末。

 俺はこれまで「前任校」には手も足も顔も口も出さない主義できた。その方針を変更するつもりはゆめゆめないのだが、さすがに生徒がかわいそう、という気持ちが今回は強い。どの教科でも同じだろうが、音楽は演奏が上手になることによって楽しみが立体的に増していくものだし、音楽では特にそれが肉体的な快感につながる、という意味で精神面に与える効果は非常に大きい。その意味でも、クソな音楽教員があてがわれた学校の生徒は普通の人が想像するよりもず~~っと哀れなのである。えりにも選ってアイツかよ…とどなたでもため息をついてしまうような大物のクソが俺の後釜とは、運命とはいえ悲惨である、といえよう。まったくもう!!

 だが、これは公教育ではやむを得ないことなのだ。なにしろ「均一性を保持」するために一定年限で異動する、ということになっているからな。しかし、そうであるなら余計に教師間に能力差がある、というのは困ったことではないだろうか。A先生がいるときはaだったけどB先生がきたらbになった、というなら文句ないのだがA先生がいるときは10だったけどBせんせいでは1になった、では本来の意味での「均一性」ではないだろう。クソ教師を排除する方策というものはないのだろうか。

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