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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

部活の効用

 新年早々、困ったもんだ。野球部の2年生が一人、部活をやめたい、といってきた。顧問の、若手の教員が対応して説得していたが、どうなることやら。要するに、指導者がバリバリの高校球児だった人で、そのやり方に厳しくてついて行けない、ということらしいんだな。その生徒を知る教員の誰もが、「なぜ今?勿体ない、これまで続けてきたのに…」という反応である。どこの学校のどの部活の顧問も同じように感じることであろう。

 「部活動」は学校の教育活動の中では最もトラブルの多い部類の活動であろう。実際、イジメだ、シゴキだ、体罰だ、としばしば新聞を賑わしているのを目にする。最近は合宿所で大麻を栽培していたなんて大事件まであったな。そこまでは関係ないにしても、「活動時間が長すぎる」「金がかかりすぎる」「先輩が怖い」「土日が無くなる」「体力もたない」「塾に行けない」など、本人だけでなく保護者の不満も大きい。それなのになぜやるんだ、部活を??

 俺としては、俺自身が教師になってからの20余年の学校教育を取り巻く状況の変化を体感してきた上で、
「部活動は中学校教育最後の砦」、という結論に何年も前に到達した。

 考えてみれば現代の中学校では一体いつ、どんな場面で、子供たちの精神の成長を意図的に促す活動が行われているだろうか。とにもかくにも、やれPTAがああ言ったのこう言ったの、テレビや新聞がどうだの、「有識者」とか文科省とかがあれはいけないこれはいいだのって、寄ってたかって公教育をいじくり回したあげく、もはや公立中学校の内実は全くの腑抜け状態だ。生徒のやりたいことをやらせてあげて、イヤなことは回避させてあげて、いつも気持ちよく楽しく快適に過ごさせてあげて、生徒が学校に来たくない、もう死にたいなどと言えば腫れ物に触るように大事にしてあげて、非行や怠学などの反社会的な行動に対してさえも丁寧に話を聞いて理解を示してあげて、、、、(これで学校というフィールドがいまだに形を保って存在しているということ自体、もはや「現代の奇跡」といってもいいくらいだが~~実際ぶっつぶれている学校もあるが~~それはともかく)これで子供が大人になれると思います?

 他の項でも書いたが、教育活動の中では(人間が成長するためには、と言い換えてもいいが)「鍛錬」「忍耐・我慢」「反復練習」などのカッタルイ部分を避けて通るわけにはいかないはずなのだが、それを生徒の前に課題として、具体的な形にしてド~ンと置いてあるもの、それが「部活動」である。部活動の最も大きな意義は、それぞれの生徒が「自分の好きなことを追求して伸ばしたい」という「種」をまいて、「苦労して上達する」という形でそれを「収穫」するというところにあると思うが、肝心なのはそれが生半可なことをやっていたのでは簡単に実らない、さらに、収穫するときにはそれが大きな果実だというのが目に見えて実感できる、ということである。それはたとえば、練習試合や公式戦で相手に勝利する、記録を塗り替える、などという大いに喜ばしい形で体験することができる。
 だから、顧問・指導者だって時には鬼にもなるよ。「部活の時の先生は、鬼ですよね!」と俺自身、かわいがっている部員からうれしいことをいわれたこともある。勝たせたい、この苦しみを通した喜びを我々のものに、と思えば知らず知らずのうちに熱くなる。チームプレーの部活だったら軍隊的な組織を構築することさえある。
 しかし顧問や指導者はいつだってそばにいるわけじゃないからどうしても先輩が後輩を指導する必要がある。中学生じゃ人間的にも未熟だから、言うことを聞かない・飲み込みが悪いといったタイプの後輩や、独りよがり・寛容性が低いといった先輩がトラブルを起こしやすいのは当然だ。うっかり放っておけば取り返しのつかなくなる(たとえば下級生全員が退部しちゃうとか)ことだって、それほど珍しいことではない。
 他にもある様々なトラブルに見舞われても、それを何とかなだめすかし、共通の目標を設定してそっちに意識を向けさせ、場合によっては自らを悪者にしてでも集団の意識を統一し、曲がりなりにも部員たちに「成功物語」の登場人物になってもらうのが、顧問たる者の腕の見せ所である。
 そして、彼らに「勝利の快感、達成した喜び」を実体験させ、自立心、忍耐力、責任感、協調性、礼儀作法、自主的判断力、リーダーシップ、明るい性格、体力に運動神経等々々々々々…を身につけさせ、(あわよくば高校入試の敷居も低くしてもらい)たくましくも立派な大人になってもらうのだ。

 だが、すべては茨の道。生徒だってそれぞれだから、中には耐性の低いヤツも混じっている。家庭環境が影響して簡単には統一行動ができないのもいるし、塾や習い事の方を優先させちゃうヤツもいる。そして、人間関係を上手に結べない、技術が向上しない、礼儀がなってない、我慢強くない、無意味なまでに批判的、など様々な理由で、しょっちゅう挫折しかかる。
 ところが最近の子供はその、挫折に本っ当に弱い。すぐ部活をやめようとする。しかも困ったことには、
頼みの綱の親たちが子供の挫折に寛容なんだな。結局、説得はあまり功を奏せずに、あっさり退部してしまうことが、昔(といっても何年といえない)に比べて圧倒的に多くなったのではないか。ふつうなら、「親は何て言ってんの?」というところから辞めようとする生徒を引き留めにかかるのだが、その返事はたいてい「お前のやりたいようにやれ、って言ってます。」である。「子供を信じてます。我が子の自主性に任せます。」ってわけだな。一見、子供を大人扱いっていうか、物わかりのいい親を演じているってことか。だけど、アンタの子供ってそんなに立派な人間なの?
 そのとき苦しいから、辛いから、といってそこから逃げたがる子供に、「将来こうなるはず」というビジョンを示し、場合によっては口に苦い良薬を飲ませてやるのが子供に関わる大人の役目だと思うのだが、「お前のやりたいようにやれ」は、そうではない。俺はその言葉に「親の愛」を感じない。むしろネグレクトに近い態度なんでないかい?昔の親は「何が何でもやめるな!」という強靱なメッセージを送り続けていたものなんだがな。

 そんなわけで、何しろ部活を続ける原動力が、生徒の持つ、あり合わせの弱々しい根性だけなんだからこれじゃあ手の打ちようがないのも当たり前だ。よほど自信がある顧問でもなければ「子供たちに合わせて、方針、換えよっかな…」という流れになるのは自明であろう。そして、そうやって弱々しい子供はたくましい大人になるチャンスを奪われたまま、年だけ食って図体だけでかくなる。

 それでもあえて声を大にして言いたい、
部活動は他にはない中学校教育最後の砦だ!
子供を部活の重圧・部活の苦しみから逃がすな!!

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テーマ:教育 - ジャンル:学校・教育