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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

異常な受験

 今まで出会った3年生の中で、もっとも「異常な受験」をした男のことを書き留めておこう。自分のまずかった部分の反省も込めて。もう10年以上前のことだから時効だよね。

 俺が担任したその生徒(以下A)は生徒会長であった。はっきり言って頭も悪く学業不振。だが、まわりの生徒にいやらしい奴が多く、そいつらが3年になってから面倒事を避けて入試に専念できるように、との思いを込めてうまいこと祭り上げてしまったのだ。そして本人はそれに気付く能力さえない。給食でご飯粒を爪弾きしたり、箸を忘れた、と言っては牛乳用のストロー2本を箸代わりにして飯を食ったりして俺に文句を言われるような正直困った生徒。禁止されているチャリ通を隠れてこそこそ続け、再三指導しても全く従わない。その他にも校則に触れるようなことを次々にしてくれる。掃除もさぼる。
 ようするに品性下劣で、通常に想定される生徒会長としても器じゃないのだ。

 だが、最悪の事態は11月の三者面談用に提出させた進路希望の事前調査用紙から始まった。Aは提出期限を過ぎてもいつまでも出さなかったのだが、ついにせっぱ詰まって提出した用紙を見て俺は絶句した。第一希望から、「開成」「灘」「ラサール」「海城」「武蔵」……と超難関校がズラッと並んでいるのだ。
 すでに他の生徒から聴き取った会場テストの偏差値とそれに見合った高校との相関関係をほぼ掌握していた俺はこんな大事な場面での荒唐無稽な冗談(としか思えなかった)が許せず(あれほど記念受験は止めろって言ったのに!)、思わず怒気を発して「何をふざけているんだ!真面目に書いたのかよ、これ!」と迫ったのだが、何とAの返答は「ふざけてませんよ、真面目です」そしてその表情!!まさしく(何を言っているんだこの教師は)という怪訝そうな表情に俺は混乱し、一瞬思考が停止してしまった。

 これは大変である。このまま放っておけない、というわけで、本人の説得・保護者の意向確認の前に改めて大至急で教科担当教師からの情報収集をしてみると、やはりAはお勉強ができない方なのだ。理科の教師が言った、「あいつは能力が高いわけない、だって教科書読ませると漢字が読めないもん!」つまり国語は言うに及ばず、理科の教科書に出てくる漢字が読めないということだ。
 リズム感なく体育祭の入場行進ではマーチにあわせて足踏みができない、などこれまでにも「コイツ大丈夫か」と思わせる言動を見てきた俺や学年主任としては、「頑張って受験させる」ではなく「身の程に合った学校を選ばせる」という方針を固めた。

 まず、本人と面談する。
「君ね、これ(志望校一覧)、親は知ってるの?」
「なんでですか?」
「だからね、たとえばラサールとか灘とか書いてあるよね。万一ここに合格すると自宅からは通えないでしょ。」
「そうなんですか」
「(ふざけんなよ、ここは関東だろ!とわめきたい気持ちを押し殺し)そういう可能性も考えて、寮のこととか、下宿のこととか、月々の生活費をどうするとか、親とも相談してあるの?」
「してません」
「じゃ、勝手に書いたのか?」
「いや、親は知ってますよ」
「なんて言ってるの?」
「いいんじゃない、って言ってます」
「(深呼吸をして気を落ち着け)ああそう…(ダメだな、こりゃ。いや、嘘かも。ここで引き下がるわけにはいかない)…それで、成績のほうはどんな状態?」
「え?」
「だからさ、××テスト(本県の会場テスト最大手)の偏差値とか、塾の先生がどうおっしゃっているとかなんだけど?」
「××テストは受けていません。でも首都圏模試では一度70を取りました。」
「(信じられない!ウチの県では××テストを受けなければ私立高校の事前相談にも行けないのだ。しかも「70」が一回だけ?Aの志望校はどこだって72でも75でも、何回取ったところで安全圏ということはないんじゃないのか?誰もが必死で模試を受けたりして弱点克服にしのぎを削っているんじゃないのか?!第一コイツが70も取るなんてあり得るのか?だが、なおも抑えて)ああそう、じゃ、その結果の個票を持ってきて見せてくれるかな。」
「(やや苛立って)塾の先生もいいって言ってるんですよ」
「うん、だからさ、その個票持ってきて見せてくれる?こういう事は確認が大事なんだから。」
「おかあさんがもっているんで、どこにあるかわかりませんよ。」
「(は?)出してもらえよ。」
と、こんな調子で、とぼけているのか、本気なのか、人をバカにしているのかさえ、さっぱりわからない。

 Aの勘違いをどうにかせねば、という思いを強くしてその後の母親・本人との三者面談に臨んだ。父親は役人、母親は小学校の教師であり、少しは状況を理解しているはず、と期待したのだが、なんだかまるで他人事なのだ。まるで評論家のように自分の子供のことについてお話しなさる。非常に違和感が強い。
 それでも、何度か面談や家への電話を重ねる中で、①本人は誰に吹き込まれたのか、高校に行くなら超一流校以外は行く意味がない、開成のような学校以外はK校(県下有数の公立進学校:例年の東大合格10名前後)でもT校(超最底辺教育困難校:万年定員割れで自分の名前が書ければ合格)でも同じこと、という歪な考えに凝り固まっている、②そういう超一流高校の入試問題集が自室の本棚一つ分ぐらいあるが、キレイなまま全然手をつけてない、③どこの模試も受けたことがなく、二言目には「塾の先生が」と言っているがそれは嘘で、塾なんか行かせたこともない、④もしどこもダメだったら2次募集でT校(前述)に行くと言っている、⑤模試の70というのは、一回だけ添削問題を提出したときの評価かなんかのことらしい、などの実態がわかってきた。もちろん個票の提出なんかなかった。

さらに困ったことに、校内での実力試験の日になると、Aは学校を休むのだ。中間も期末も、つまり2学期に行われた全4回の「学力テスト」をついに彼は完全にサボってしまった。こちらもいろいろ手を尽くし、再試とかでAの実力を測ろうとしたのだが、友達から問題を手に入れて答えを覚えたり、放課後になるとあっという間に校内から消えたり、捕まえても白紙で提出したり、「そんなテストに何の意味もない(そっちになくてもこっちには大ありなのに!)」と言い放ったり、と彼なりの様々な「努力」をしてくれたわけだ。
 おかげで2学期の成績は全滅、うっかりした公立高校は内申点が危なくて受験できない状況に追い込まれた。しかし、結局そんな中から類推可能な彼の学力はまあ「下の中」くらいか、ということはわかってきた。
 そしてさんざんの紆余曲折があったものの、12月中旬の第2回目の三者面談までにはどうにか県内私立の中堅校(それだって彼にとっては、素手で完全装備の兵士と対決するようなもの)をいくつか受験するオーソドックスな計画に落ち着いた。
 ところが、である。

 2学期の終業式前日までに提出することになっていたあらゆる入試関係の提出書類をAは持ってこないのだ。もう今日で計画表も私立高校の願書の下書きも、内申書の書式も、出さなきゃ冬休みになってしまう、という緊張感が頂点に達した瞬間に、Aが持ってきた「受験計画書」を見て俺は地面が崩れ落ちるような気分を味わった。
 そう、Aの受験しようという高校は最初の彼の思いのとおりに「戻って」いたのである。(ただ、ラサールなど遠隔地の高校は省かれ、替わりに早慶の付属校がいくつか並べられていた。そして、第9希望に「T校(前述)」が加えられていた。
 あり得ない!これだけの受験をすれば30万近い金がかかるはずだ。金を出す親の方がGoを出すはずがない、と頼みの綱の家庭に連絡を入れると、父親が「もう、彼を信じてやりたいようにやらしてあげることにした。駄目だったらT校に行くとの約束も取り付けた」という。もしかすると両親は家庭内暴力に耐えかねてギブアップしたのかも知れないが…こっちもさすがに父親の話の内容とニュアンスを聞いて疲れ果て、本人には高校の願書の下書きを今すぐ家に帰って取ってこい、と指示した。だが、その日の午後、Aは俺の前に姿を見せなかった。
 次の日(冬休み初日)の朝、俺は烈火のごとく怒ってAの家に電話を入れた。そして、学校で待っているから絶対に午前中に願書の下書きを持ってくるように約束させた。
 だが!待てど暮らせどAは来ないのだ。Aの家に連絡すると、親が出て「もう中学に行きました」というではないか。大変、これは探しに行かなければ、と校舎を出て駐車場に行くと、Aがいる。隠れようとしている。
「何してるんだ。」と呼びかけると渋々出てきた。手に書類を持っている。
「今、下書きをしてたんですよ。」
「とにかく見せろ」
というわけでAの持っている書類を見ると、それはある慶応の付属校の願書であった。その願書は志願理由をかなり長文で記入する欄があり、Aはその作文ができなかったのだ。俺のところに持ってこられなかったのも納得だ。しかし他にも早慶を受ける生徒は俺のクラスにいて、そいつらはそんなもの楽々クリアしたのだが…。つまりこういう学校は願書提出の時点でもう選抜が始まっているということのようだ。
 俺はAの作文の手伝いをし、しっかり清書して提出するよう指示をした。目の前が真っ暗になりそうだった。

 何でこんな事になったのか。Aは中学校に入学以来、はっきり言って「劣等生」の部類だった。だが、誰かが豚をおだてて木に登らせたのだ。それはAの通っていた中学校の学区域にある独特の雰囲気。そこは新しく開発されたニュータウンで、学歴も収入も高く、鼻も天狗のように高い住民が集まって出来た場所である。なにしろ、4月8日に15歳の子供がどんな制服を着て玄関を出るか、が「母親の通信簿」といわれていたぐらいだ。子ども達もチューンナップされたレーシングカーのように競争に明け暮れ、自分の実力の2ランクぐらい上の高校を受験し、驚くべき事にかなりの確率で合格していた。もちろん高校に入る頃には燃え尽き症候群、というのも珍しくなかった。
 そういう生活の中で生徒達はいつもギスギスしていて、何かバカにできることはとことん馬鹿にし、イジメやからかいが横行していた。Aはからかわれる対象でもあった。その証拠として、彼は正統派の対抗馬を選挙で破って生徒会長になったのだ(この論理、教員なら肌で理解できるであろう)。
 ここからは想像の域を出ないが、Aは生徒会長になったことによって、自分の実力を過信してしまったのだ。何しろ行事のたびごとに全校生徒の前で話をしたり、学校の代表として他校の優秀な生徒達との交流が積み重ねられる。お膳立てはまわりの教師や生徒会の副会長がすべてしているのだが(周辺から愚痴はたくさん聞いた)、それには気付かないから自分はいい気持ちになれるし、優秀になった気がする。そして、これまでつきあったことのなかった、本当に優秀な連中の影響を受け、いつしか超一流校に進学する自分を夢見るようになってしまった。当然、現実が見えてしまう「学力テスト」は恐くて受けるわけにはいかなかったのだ。

 当然だがAの受験はすべて失敗し、結局約束どおりT校を受けることになった。AはT校の願書の下書きを俺のところへ持ってきた。公立高校の願書は志願先の高校名を自分で記入するようになっているのだが、彼の書いたT校という字は、ああ、何ということ!…漢字が間違っていたのだ。俺は、Aが可哀相で本当に涙がこぼれそうになった。
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テーマ:高校受験 - ジャンル:学校・教育