最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

教育実習生受難の時代

 かつて、教育実習生というのは、俺たち教師にアカデミズムの風を吹き込む「窓」、これから後輩(仲間)になるかも知れない教員の卵を歓迎する、などどっちかというと仲間として遇することが多かった。
 だが、かつての大量採用時代の名残で50代の教員がゴマンとあまり、少子高齢化の波に押されて採用がほとんど無くなり、教師の平均年齢が1年ごとにほぼ1歳ずつ高くなっていく、という現実の中で、この構図は崩れた。
 そう、実習生とのジェネレーションギャップだけでなく、彼らのショボイスキルがどうにもならなくなりつつあるのである。いや、なってしまったのである。

 ここからは音楽の教師に限ったことかどうかはわからないが、俺の雑感を書く。

 教師の質が悪い、と巷では大騒ぎしてはいるが、実際には教員のスキルは平均すれば年々高くなる一方である。そりゃそうだろ?まだ呆ける年でもないし。第一、学校がサービス業、生徒はお客様、なんてほざくバカ管理職の口車に俺たちだって真面目に乗って、それなりに腕を磨いてきたのだ(大抵の教師は)。
 今では、中学校は俺たちがかつて教わった頃に比べてはるかにわかりやすい解説、視覚的効果に訴えて直感的に理解しやすい教科書や教材など、「俺が今中学生だったら間違いなく東大に行けたのに」と口惜しくなるようなうらやましい状況になっているのである。

 そこへ、教育実習生が登場するとする。彼らはテクがない。一生懸命さだけが取り柄なのだ。その姿に中学生はほだされ、彼らのお粗末な授業にもつきあって理解してやろう、とそれなりに純真に努力してくれる。だが、あまりにも日頃の教師とのスキルの差が大きすぎ、とてもじゃないが受け入れられないことも多いのだ。もう、5年といっていられないほどの速さで中学生の気質は変わっている。つまらないものを我慢する耐性なんて崩壊している。実習生は思ったように生徒の関心を集めることが出来ない。

 そこへ持ってきて、指導教官とのジェネレーションギャップである。俺が初めて実習生を受け入れたときには、(たまたまその学生は俺と同窓だったので)ついこの間卒業した学校の先輩後輩の関係で和気藹々と実習が進んだものだった。つまり実習生と指導教官は「ともに学ぶ仲間」だったのだ。だが、10年ほど前からそうはいかなくなってきた。
 俺から見て、どうしてもこの子達は「生徒」に見えてしまうのである。まず、この子達のような低レベルの技術では、とても指導を任せるわけにはいかない、という気持ちになってしまうのだ。(これは自惚れではない、厳然たる事実だ。多少は老人的甘やかしが入ってはいるが)その上、最近の学生はホント~~~~ウに指示待ち人間である。使えないことおびただしい。どうしましょうか、と言ってくるならまだいいほう、放っとくとボーッとしてやがる。
 結局ガキなんだな。中学校の教育実習も、その経験から「何かをつかみ取ってやる」というのではなく「中学の先生に教えてもらう」という発想が明確に見えるのだ。
 しかし、職場ってそういうもんじゃないだろう?悪いけど、こっちは教えてやることなんか何もないよ。忙しいんだから、邪魔なんかしないでくれよ。勉強したければ俺たちにへばりついて歩って俺たちの一挙手一投足から何かを見つけろよ。俺だってそうしたんだから!!と言いたくなる。

 というわけで、何を言いたいかというと、今どきの教育実習生は可哀相だな~ということでした。
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吹奏楽部の顧問と野球部の顧問

 今回は、人によっては目くじらを立てるかも知れない話。だが本当だ。

 吹奏楽部の顧問と野球部その他の運動部の顧問ではどっちが「タイヘン」なのか。答えは「吹奏楽部」である、と俺は長年密かに思っていた。(あくまでも一般的な顧問が標準的に部活を運営することが前提ですヨ)何しろ、吹奏楽の顧問たるもの、単なる「監督」ではない。例えばプロのオーケストラで、常任指揮者と副指揮者と音楽監督とマネージャーとインスペクターとライブラリアンと楽器リペア係と経理と新人教育と楽員のカウンセリングを全部一人でやれ、といわれたらよほどの人でも気が狂うはずだ。それをクラス担任だとか校務分掌をこなしながらやるのである。どれほどの激務が「吹奏楽部顧問」という役割の人にのしかかってくるか想像つきますか?

 それだけではない。実際の音楽指導ときたら、まずへたに指揮をやれば次の日から右腕は筋肉痛であがらない。コンクールの時期なんか、冷房もない風通しの悪い音楽室で、連日気温は楽勝で35度!当然楽器のチューニングなんてやりようがない(A=447でも低くてあわせられない)。顧問も生徒も、全員水をかぶったように汗びっしょり。生徒の制服なんて、しみ出した汗が乾いて白く塩をふいているほど。そして3~40人の生徒が一斉に音を出すその暴力的な音量、古くて半ばいかれた楽器が発する狂った音程、新米が発生させるトゲトゲとんがった汚い音色!その場にいるだけで耳から脳みそが直撃され、1時間も音楽室にいればもうヘトヘトになる(でも3時間も4時間も練習する)。耳の痛さを訴える生徒もいる。それをどうにか大会なんかに向けて、少なくとも保護者や同僚の教師に「すごいねえ、うまいねえ」と言わせるだけの状態にでっち上げる苦労ときたら、もう言葉では言い表せないのだ。一度やってみなって。

 ところが、俺の大学の先輩で、吹奏楽と野球と両方を体験した教員がいたのである。数年前、ある音楽の研修会で会ったときの話である。
先「よう、俺今野球部の顧問だからヨ。」
友「はぁ?何言ってんのアナタ」
先「校長と喧嘩しちまってよ。吹奏楽の顧問降りたんだ。」
友「何じゃそれ、で、どうなのよ」
先「いや~、野球部の顧問がこれほど楽なモンだとは思わなかったぜ!ほんっっと、ラク!」
俺「そんなにですか?」
先「なにしろノックしながら怒鳴ってりゃいいんだからな。それでもって外に出てるから汗まみれになるだろ?いかにもタイヘンって雰囲気になるから、部活あがって職員室に帰ってくると「お疲れ様でした」なんて声かけられるしよ、吹奏楽の時はそんなの一回も聞いたことないのにな」
友・俺「わはは」
先「吹奏楽なんてよぉ、ホントあの女子のイザゴザだとかさ、やれ楽器が壊れたとかなんだとか、ひっきりなしだろ、それに……(メチャクチャいろいろ言いまくったけど俺も友も既知の事柄なので失念したため省略)」
俺「ホントですよね」
先「男なんて、いいよ~、素直に言うこと聞くしな。もう、何で今まで野球部やんなかったかって思うよ。お前らもやってみなって、こっちのほうが絶対いいよ!」

 断っておくが、その先輩はいい加減な仕事をする人ではない。彼が顧問を始めた野球部はその後強くなった。(吹奏楽部を組織的に作ることを知っている顧問にとっては造作もないことかも知れないが。ま、俺には無理だな。何しろ俺はそんじょそこらにいない運動音痴で、サッカーをやればつき指、卓球をやればホームラン王。ノックなんてできる訳なし)
 俺も吹奏楽の顧問から離れて3年になるが、それ以来メタボリックシンドロームが進む一方なのである、以前はそんなことなかったのに!

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ふざけた母親

 先週、ある大型電気店に行ったときのこと。帰ろうと思ってエスカレーターで降りている途中に、昇りエスカレーターに2~3歳の女の子を2人連れた母親がいた。何と、子ども達はエスカレーターの上で寝そべっているではないか!
 ビックリして思わず「危ない!そんなところでねてちゃダメだ!」と叫んでしまった。母親は、「ほら、立ってなきゃダメよ」みたいなことを言っていたが、どういうつもりなんだろう。エスカレーターなんてどこかに引っかかったと言っちゃあ、骨折したとか、巻き込まれて死んだとか、イヤな話が結構あるのに、知らないのかね、と言うより、あの機械の特性としてそういうことが発生する、という「想像」ができないのだろうか。恐れ入った大馬鹿女である。
 万一何かあれば、あんな小さい子ども達の指なんて簡単にもげてしまうだろうに。そうなったら一生恨まれるんじゃないの?とか、言ってやりたかったよ。でもこっちは降りで向こうは昇り、一瞬すれ違っただけだからね。まったく…

 それにしても世の中、子供の安全を考えない親が多すぎる、道路を手をつないで歩いていても、幼い子供を車道側に歩かせて平気な馬鹿母(最近は婆さんまでそんなのがいるが)とか、5~6歳の子供と一緒に自転車で走っていても、自分が前を走って子供の自転車はヨタヨタと後ろから追いかけてくる、しかも交差点なんかでも自分が先に渡っちゃって後からチビがモタモタ渡ってる、しかも親は振り向きもしない!なんて光景が全然珍しくなくなってしまった。

 こういうのって、絶対狂ってると思うよ。

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異常な受験

 今まで出会った3年生の中で、もっとも「異常な受験」をした男のことを書き留めておこう。自分のまずかった部分の反省も込めて。もう10年以上前のことだから時効だよね。

 俺が担任したその生徒(以下A)は生徒会長であった。はっきり言って頭も悪く学業不振。だが、まわりの生徒にいやらしい奴が多く、そいつらが3年になってから面倒事を避けて入試に専念できるように、との思いを込めてうまいこと祭り上げてしまったのだ。そして本人はそれに気付く能力さえない。給食でご飯粒を爪弾きしたり、箸を忘れた、と言っては牛乳用のストロー2本を箸代わりにして飯を食ったりして俺に文句を言われるような正直困った生徒。禁止されているチャリ通を隠れてこそこそ続け、再三指導しても全く従わない。その他にも校則に触れるようなことを次々にしてくれる。掃除もさぼる。
 ようするに品性下劣で、通常に想定される生徒会長としても器じゃないのだ。

 だが、最悪の事態は11月の三者面談用に提出させた進路希望の事前調査用紙から始まった。Aは提出期限を過ぎてもいつまでも出さなかったのだが、ついにせっぱ詰まって提出した用紙を見て俺は絶句した。第一希望から、「開成」「灘」「ラサール」「海城」「武蔵」……と超難関校がズラッと並んでいるのだ。
 すでに他の生徒から聴き取った会場テストの偏差値とそれに見合った高校との相関関係をほぼ掌握していた俺はこんな大事な場面での荒唐無稽な冗談(としか思えなかった)が許せず(あれほど記念受験は止めろって言ったのに!)、思わず怒気を発して「何をふざけているんだ!真面目に書いたのかよ、これ!」と迫ったのだが、何とAの返答は「ふざけてませんよ、真面目です」そしてその表情!!まさしく(何を言っているんだこの教師は)という怪訝そうな表情に俺は混乱し、一瞬思考が停止してしまった。

 これは大変である。このまま放っておけない、というわけで、本人の説得・保護者の意向確認の前に改めて大至急で教科担当教師からの情報収集をしてみると、やはりAはお勉強ができない方なのだ。理科の教師が言った、「あいつは能力が高いわけない、だって教科書読ませると漢字が読めないもん!」つまり国語は言うに及ばず、理科の教科書に出てくる漢字が読めないということだ。
 リズム感なく体育祭の入場行進ではマーチにあわせて足踏みができない、などこれまでにも「コイツ大丈夫か」と思わせる言動を見てきた俺や学年主任としては、「頑張って受験させる」ではなく「身の程に合った学校を選ばせる」という方針を固めた。

 まず、本人と面談する。
「君ね、これ(志望校一覧)、親は知ってるの?」
「なんでですか?」
「だからね、たとえばラサールとか灘とか書いてあるよね。万一ここに合格すると自宅からは通えないでしょ。」
「そうなんですか」
「(ふざけんなよ、ここは関東だろ!とわめきたい気持ちを押し殺し)そういう可能性も考えて、寮のこととか、下宿のこととか、月々の生活費をどうするとか、親とも相談してあるの?」
「してません」
「じゃ、勝手に書いたのか?」
「いや、親は知ってますよ」
「なんて言ってるの?」
「いいんじゃない、って言ってます」
「(深呼吸をして気を落ち着け)ああそう…(ダメだな、こりゃ。いや、嘘かも。ここで引き下がるわけにはいかない)…それで、成績のほうはどんな状態?」
「え?」
「だからさ、××テスト(本県の会場テスト最大手)の偏差値とか、塾の先生がどうおっしゃっているとかなんだけど?」
「××テストは受けていません。でも首都圏模試では一度70を取りました。」
「(信じられない!ウチの県では××テストを受けなければ私立高校の事前相談にも行けないのだ。しかも「70」が一回だけ?Aの志望校はどこだって72でも75でも、何回取ったところで安全圏ということはないんじゃないのか?誰もが必死で模試を受けたりして弱点克服にしのぎを削っているんじゃないのか?!第一コイツが70も取るなんてあり得るのか?だが、なおも抑えて)ああそう、じゃ、その結果の個票を持ってきて見せてくれるかな。」
「(やや苛立って)塾の先生もいいって言ってるんですよ」
「うん、だからさ、その個票持ってきて見せてくれる?こういう事は確認が大事なんだから。」
「おかあさんがもっているんで、どこにあるかわかりませんよ。」
「(は?)出してもらえよ。」
と、こんな調子で、とぼけているのか、本気なのか、人をバカにしているのかさえ、さっぱりわからない。

 Aの勘違いをどうにかせねば、という思いを強くしてその後の母親・本人との三者面談に臨んだ。父親は役人、母親は小学校の教師であり、少しは状況を理解しているはず、と期待したのだが、なんだかまるで他人事なのだ。まるで評論家のように自分の子供のことについてお話しなさる。非常に違和感が強い。
 それでも、何度か面談や家への電話を重ねる中で、①本人は誰に吹き込まれたのか、高校に行くなら超一流校以外は行く意味がない、開成のような学校以外はK校(県下有数の公立進学校:例年の東大合格10名前後)でもT校(超最底辺教育困難校:万年定員割れで自分の名前が書ければ合格)でも同じこと、という歪な考えに凝り固まっている、②そういう超一流高校の入試問題集が自室の本棚一つ分ぐらいあるが、キレイなまま全然手をつけてない、③どこの模試も受けたことがなく、二言目には「塾の先生が」と言っているがそれは嘘で、塾なんか行かせたこともない、④もしどこもダメだったら2次募集でT校(前述)に行くと言っている、⑤模試の70というのは、一回だけ添削問題を提出したときの評価かなんかのことらしい、などの実態がわかってきた。もちろん個票の提出なんかなかった。

さらに困ったことに、校内での実力試験の日になると、Aは学校を休むのだ。中間も期末も、つまり2学期に行われた全4回の「学力テスト」をついに彼は完全にサボってしまった。こちらもいろいろ手を尽くし、再試とかでAの実力を測ろうとしたのだが、友達から問題を手に入れて答えを覚えたり、放課後になるとあっという間に校内から消えたり、捕まえても白紙で提出したり、「そんなテストに何の意味もない(そっちになくてもこっちには大ありなのに!)」と言い放ったり、と彼なりの様々な「努力」をしてくれたわけだ。
 おかげで2学期の成績は全滅、うっかりした公立高校は内申点が危なくて受験できない状況に追い込まれた。しかし、結局そんな中から類推可能な彼の学力はまあ「下の中」くらいか、ということはわかってきた。
 そしてさんざんの紆余曲折があったものの、12月中旬の第2回目の三者面談までにはどうにか県内私立の中堅校(それだって彼にとっては、素手で完全装備の兵士と対決するようなもの)をいくつか受験するオーソドックスな計画に落ち着いた。
 ところが、である。

 2学期の終業式前日までに提出することになっていたあらゆる入試関係の提出書類をAは持ってこないのだ。もう今日で計画表も私立高校の願書の下書きも、内申書の書式も、出さなきゃ冬休みになってしまう、という緊張感が頂点に達した瞬間に、Aが持ってきた「受験計画書」を見て俺は地面が崩れ落ちるような気分を味わった。
 そう、Aの受験しようという高校は最初の彼の思いのとおりに「戻って」いたのである。(ただ、ラサールなど遠隔地の高校は省かれ、替わりに早慶の付属校がいくつか並べられていた。そして、第9希望に「T校(前述)」が加えられていた。
 あり得ない!これだけの受験をすれば30万近い金がかかるはずだ。金を出す親の方がGoを出すはずがない、と頼みの綱の家庭に連絡を入れると、父親が「もう、彼を信じてやりたいようにやらしてあげることにした。駄目だったらT校に行くとの約束も取り付けた」という。もしかすると両親は家庭内暴力に耐えかねてギブアップしたのかも知れないが…こっちもさすがに父親の話の内容とニュアンスを聞いて疲れ果て、本人には高校の願書の下書きを今すぐ家に帰って取ってこい、と指示した。だが、その日の午後、Aは俺の前に姿を見せなかった。
 次の日(冬休み初日)の朝、俺は烈火のごとく怒ってAの家に電話を入れた。そして、学校で待っているから絶対に午前中に願書の下書きを持ってくるように約束させた。
 だが!待てど暮らせどAは来ないのだ。Aの家に連絡すると、親が出て「もう中学に行きました」というではないか。大変、これは探しに行かなければ、と校舎を出て駐車場に行くと、Aがいる。隠れようとしている。
「何してるんだ。」と呼びかけると渋々出てきた。手に書類を持っている。
「今、下書きをしてたんですよ。」
「とにかく見せろ」
というわけでAの持っている書類を見ると、それはある慶応の付属校の願書であった。その願書は志願理由をかなり長文で記入する欄があり、Aはその作文ができなかったのだ。俺のところに持ってこられなかったのも納得だ。しかし他にも早慶を受ける生徒は俺のクラスにいて、そいつらはそんなもの楽々クリアしたのだが…。つまりこういう学校は願書提出の時点でもう選抜が始まっているということのようだ。
 俺はAの作文の手伝いをし、しっかり清書して提出するよう指示をした。目の前が真っ暗になりそうだった。

 何でこんな事になったのか。Aは中学校に入学以来、はっきり言って「劣等生」の部類だった。だが、誰かが豚をおだてて木に登らせたのだ。それはAの通っていた中学校の学区域にある独特の雰囲気。そこは新しく開発されたニュータウンで、学歴も収入も高く、鼻も天狗のように高い住民が集まって出来た場所である。なにしろ、4月8日に15歳の子供がどんな制服を着て玄関を出るか、が「母親の通信簿」といわれていたぐらいだ。子ども達もチューンナップされたレーシングカーのように競争に明け暮れ、自分の実力の2ランクぐらい上の高校を受験し、驚くべき事にかなりの確率で合格していた。もちろん高校に入る頃には燃え尽き症候群、というのも珍しくなかった。
 そういう生活の中で生徒達はいつもギスギスしていて、何かバカにできることはとことん馬鹿にし、イジメやからかいが横行していた。Aはからかわれる対象でもあった。その証拠として、彼は正統派の対抗馬を選挙で破って生徒会長になったのだ(この論理、教員なら肌で理解できるであろう)。
 ここからは想像の域を出ないが、Aは生徒会長になったことによって、自分の実力を過信してしまったのだ。何しろ行事のたびごとに全校生徒の前で話をしたり、学校の代表として他校の優秀な生徒達との交流が積み重ねられる。お膳立てはまわりの教師や生徒会の副会長がすべてしているのだが(周辺から愚痴はたくさん聞いた)、それには気付かないから自分はいい気持ちになれるし、優秀になった気がする。そして、これまでつきあったことのなかった、本当に優秀な連中の影響を受け、いつしか超一流校に進学する自分を夢見るようになってしまった。当然、現実が見えてしまう「学力テスト」は恐くて受けるわけにはいかなかったのだ。

 当然だがAの受験はすべて失敗し、結局約束どおりT校を受けることになった。AはT校の願書の下書きを俺のところへ持ってきた。公立高校の願書は志願先の高校名を自分で記入するようになっているのだが、彼の書いたT校という字は、ああ、何ということ!…漢字が間違っていたのだ。俺は、Aが可哀相で本当に涙がこぼれそうになった。

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報告書の嘘

 学校ではさまざまな「実験」が行われている。モルモットにされる生徒はたまったもんじゃないが、取りあえず今回それは置いといて。

 「実験」の呼び名は様々だ。たとえば「先行授業」、「○○研究指定校」などだが、これが曲者だ。以前(平成に入ってすぐの頃)、「学校週5日制実施先進校」というのがあって、市内のある中学校が指定を受けてやらされていたのだが、やはり、何かと不都合も起きて、混乱し、大変だったそうだ。はっきり言って、「とても無理!」。ところが、教務主任が作らされた報告書は、「現行の指導要領の内容を実施するにあたり、何ら問題なし」というものであった。

 結局、最初に結論ありき。であって、
お上の意にそぐわない報告書は書いてはいけないことになっている。管理職より上は否定するに決まっているが。実際俺自身が体験したことをここに記そう。

 ある年に俺が「道徳主任」だったときのこと。
 文部科学省や県や市の教育委員会では「道徳実践資料集」と称して様々な出版物を作成しては学校に送りつけてくる。ま、ある意味ありがたいことでもあるのだが、実際に利用できるかどうか、ということになると、そう簡単にはいかない。目の回るように時間が過ぎ去っていく中で忘れ去られていくことさえないわけではない。
 ところがあるとき、そのたくさんある資料集のうちの何かについてその利用状況のアンケートがあって、こっちは正直に「使ってません」と書いて出そうとした。ところが校長からストップがかかったのである。
「これさあ、まずいんだけど。(校長)」
「?(俺)」
「だって、使ってないって書いて出せないよ。このまま出してもいいんだけど、たぶん(市の教育)委員会も困ると思うんだよね。(校長)」
「そうですよ、たぶん、上に上げるときには委員会の段階で修正して出すと思いますよ」
と、教頭も側で口を添える。
「でも、実際使えなかったわけですし(俺)」
「だからさ、いついつの人権週間の時にやったことにして、それと、今まだ2月なんだからこれから終業式までの間に努めて使ってもらうことにして、これこれとこれこれの資料使ったことにすれば?(校長)」
「はぁ…? はぁ…。(俺)」
これは実話です。

さて今、教育審議会とか教育再生何とかとか言って世の中かまびすしいけど、こうやって上がってきた、嘘で塗り固められた報告書をもとにして皆さん立案なさっておいでなのだろうか。
 なんといっても、こっちは宮仕え、上役にたてついてつまらないことになっても、困るのは俺じゃなくて女房子供、というデモシカ教師にとってはこの程度の嘘の報告書書くなんてどうってことないけど、この状況、雲の上のお偉いさんはわかっているんですかねえ。俺は知らないよ、どうなっても。

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