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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

女の腐ったの

 かつて、不甲斐ない男をなじったりするときによく使われた言葉に、「女の腐ったのみたいに…!」というのがあった。今ではほとんど使われることがないであろう。何しろこんな世の中だからね。うっかり口走れば人格を疑われてしまう。
 この言葉、もともとは男を男らしく成長させるために、その対極にある「女」を持ち出したものだろうと思っていた。もちろん、男尊女卑が当然だった社会においては誰も疑いを持たず、母親が男児を叱責するときにも普通に使われる言葉であった。実際私も子供の頃、そういう言われ方をすればこの上ない屈辱を感じたものである。

 まあ、本来女性の方が「生物」としては完全な形を持ったもの、男は生物としての繁殖機能の一部だけが独立分化した付属品のようなものだから、「生物」として最も大切な仕事、すなわち子を産み育てる女性を男が保護するのは当たり前だ。だから女性がより楽ができるよう、男がより多くの責任を担う方向にこの世の中は進化してきたのだ、何千年もかけて。その中で、「女性よりたいへんな」はずの男がそれなりの能力を身に付けないというのは許されざること、女と同列ではしかたがないではないか、と考えられるようになったのはごく自然なことだ。(これって、フェミニズムの一つの形なんでないかい?)

 さて、時代は「男女同権」「男女共同参画社会」。教育の世界も大きく変化し、男らしさ女らしさを口にするのはタブーになってしまった。「女の腐ったの」という言葉も死語になってしまった。
 ところが、こんな世の中が進むにつれて(中学校教育にたずさわるところの、この)私は、「女の腐ったの」というものには、本来のイメージがあるのではないか、と思えるようになってきた。つまりそれって、こんな女?とまさにいいたくなるような奴が散見されるようになってきたのよ。現場にいない人間には実感できないと思うけどね。

 とにかく自分勝手。頑固。ずるい。甘える。すねる。泣く。いい加減。だらしない。ハッキリしない。一人では何もできない。仲間といると諍いを起こす。ごまかす。嘘をつく。そういう女のイヤなところとされていたものが以前よりはるかに増幅されている。何より空恐ろしいのは、罪悪感がない!
男だって同じじゃないか、という声が聞こえてきそうだが、女子の場合は本当に始末に負えないんだよ。男はやりようによって各個撃破ができるんだけどねぇ、女子は無理。恨みばっか買って逆効果。罪悪感ないんだから。干渉してくる方が悪人扱い。はぁ~、これが「女の腐ったの」ってヤツか、とつくづく思わされる。こういうのが増えてきてそのまんま大人になったら世の中どうなるんだろう?

 男は男らしく、女は女らしく、という教育を家庭・学校・社会という各方面から子供にしつこく教え込んでいく、という営みは壊すべきじゃなかった。な~にがウーマンリブだ!な~にがジェンダーフリーだ!結局はものの本質の見えなくなった馬鹿の、ウワゴトに過ぎなかったじゃないか。
 予言しておこう。今はわからなくても、何年か後に社会そのものが取り返しのつかないダメージを受けることになる。その時にみんな後悔することになるでしょう。
 もっとも、すでに少子化など、その予兆は始まっているけどね。この流れは止められないよ。
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テーマ:教育問題について考える - ジャンル:学校・教育