最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

教師の研修が必要だって?

もう、はっきり言わせてもらうけど中学校の法則。

「上から押しつけの研修は、やればやるほど学校が荒れる」

ちょっと考えれば当たり前のことだ。このところ、学校で何か問題が起こるたんびに「教員の資質が問題だ」「もっと教師に研修をさせなければダメだ」といった議論がわき起こり、それでなくても忙しい学校現場にこれでもかとばかり新しい「研修」が登場して、混乱に拍車がかかるばかり。

あのねえ。学校の教師って、全然ヒマ無いんだよ。遊んでるように見える?学校の教師にとって一番大事なのは「生徒と直接ふれあう時間」だと思うんだけどね。間違ってるかな?
まともな教師はそのための時間を何よりも多くとりたい。大事にしたい。(だから逆に遊んでるように見えるかな?)しかし、官製研修はその最も大切な時間を蝕んでゆく。も~わかってるよそんなこと、とゲップが出そうな内容ばっかりでロクに役にもたたない研修とやらでレポートは書かなけりゃならないし、半日とか、午後の大切な時間をどこかに出張しなけりゃならない。そんなんで教育活動ができるの?

「指定研修」はいわずもがな。諸悪の根源。野心家の校長が引き受けてくるんだけど、もうその年度は終わりだね。会議会議研修研修で生徒なんかほったらかし。いったい何のためにやってるの?(わかってるよ。校長が名前をあげたいのさ)一将功なりて万骨枯る。あとは野となれ山となれ。そして校長はご栄転。

俺が経験したある年度の「文部省指定研修(生徒指導総合)」なんか、本当に無惨だった。見事にまとまった研究紀要。一見素晴らしい本発表。本発表の打ち上げでは校長が男泣きになく、という珍しい場面もあって、我々も少し感極まったところもあった。だが、感動のひとときのちょうど同時刻。我が中学生どもは、なんと近所の川の橋の下で酒盛りをやってたんだよ!ほとんど3年男子全員が参加したという大事件だ。何人もの生徒がへべれけになっちまって、酔った勢いでコクって振られて人間関係がやばくなるヤツは出るわ、近所の人に通報されるわ、であとあとタイヘンだった。研修の現実なんてそんなモン。

今日、同僚の先生が20年次研修とやらに参加しなきゃいけない、とか言ってぼやいていたので、そんなことどもを思い出して書き殴ってみた。
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生徒にやらせてください

 教員になって最初のうち、他のいろいろな先生からしょっちゅういわれた言葉は「生徒にやらせてください」。

 いいじゃん、自分が簡単にやっちゃえることをわざわざ人に頼むなんてめんどくさいし、ブキッチョなガキがもたもた作業したりしてるのを黙って見てるなんて時間の無駄。掃除だって、物品の整理だって、掲示物の修理だって、机の整頓だって、配布物だって、みんな俺がやっちゃうよ。だって俺、立派な社会人だもの。仕事できるしさ。第一、そんなことばっかり言ってるから、一般の社会人に「学校の教師は人に物事を頼むばっかりで、自分じゃやらないからバカになっていくんだ」なんて言われちゃうんだよ。

 と、何も知らない新米教師はそんなことを考えて、あまり忠告を聞くことがなかったのだ。今考えるとホント馬鹿です。生徒にやらせなきゃダメなんです。だって、生徒にとって学校は「訓練」の場。何事であっても、「やらせる」ことこそ大切な営みだったんです。何でも自分でやっちゃう教員なんて、せっかく生徒に与えられるはずだった様々な体験~挑戦や忍耐や責任やその他諸々の、大事な教育の機会を奪ってしまうダメ教師なんですね。そんなことさえ、気付くのにけっこう時間がかかった。

 全く、世の中で言われている価値観と現実が一致していない、これはまさによい例と言っていいでしょう。

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不思議な生態

 たとえば、部活動が終わった後なんかに、みんなして帰らないで油を売ってたりすることがある。そういうときには「早く帰んなさい。」なんて言っても、彼らはおしゃべりが楽しくて容易に動いたりなんかしない。昔のように、言うこと聞かないヤツはぶん殴る、というのであれば、簡単に問題解決なのだが、現代の中学校ではそうはいかない。そんなとき!魔法の言葉があるのだ。それは、

「いど~~~」(移動)

この呪文を大声で唱えると、なんと驚いたことにみんなノロノロと歩き出すのだ。そして帰ってしまいます。中学生って不思議ですね。

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卒業できない生徒

 4月から5月にかけて、この3月に卒業した生徒が遊びに来る、という光景はどこの中学校でもあるのだろうが、これは実に困ったことなのである。
 生徒たちは、新しい環境に入っていくうきうきした気分で、我々に高校の様子などを報告に来てくれるわけで、それはそれで嬉しいことには違いないのだが、実はこの時期、学校の職員室はてんやわんやの忙しさなのだ。何しろ、新しい学年、新しいクラス、新しい1年生たち、転任してきた先生などがごちゃ混ぜになってこれから何をしたらいいのかわからずに右往左往する中、書類をつくり、掲示物をつくり、会議をし、方針を決め、調査をし、報告書を作成し、いろんな仕事の分担を決め、超大切な提出物や集金の仕分けをし、あれをしてこれをして、その上にあれをしてこれをして、やりきれない仕事は鞄に詰めて家に持って帰れば、新しく進学進級した自分の子供があれこれと大事な用事を話したり決裁を要求したりしてくる。
 そんなときに、ほんわか気分で職員室に来られても困るよ~!はっきり言って、邪魔なのよ、君たち。それなのにお人好しの教師はみんなニコニコして、そういうのに対してウンウンとうなずきながら彼ら・彼女らの話を最初から最後まで聞いてあげてしまう。
 で、その結果、仕事は後の時間にずれ込むのだ。

「ゴーマンかましてよかですか?」
 学校は卒業生の来るところじゃない!卒業したら次の環境にどっぷりのめり込んで、後ろを振り向くな!俺たちは目の前の自分の生徒だけが大事なんだ!
 それなのに、たびたび卒業した学校に遊びに来るような生徒は、精神的に「卒業」していないのだ。ひとたび卒業式を迎えたら、さっさと身も心も卒業しろ!

「プロ教師の会」の先生方の有名な言葉に、「私は、卒業した生徒に興味はない」というのがある。卒業生がそうやって遊びに来るのを心底喜んでいる教師も存在するのは確かだが、私ははっきり言って、卒業生には興味を持てない。この言葉をなんかの本で読んだときは心の中で快哉を叫んだものだ。そういうのって、冷たいのか?

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呼吸法その1

 西洋音楽の歌や管楽器を習い始めると、例外なくまず教えられるのは「呼吸法」であろう。正しい呼吸法を身に付けないと何をやろうとしてもうまくいかないものである。
 ところが、この「呼吸法」、とても困った状況になっている。というのも、(日本で)世に流布されている「腹式呼吸」というのが、まるっきり間違っているのだ。吹奏楽などをやったことがある人は教わったでしょう?曰く、

息を吸うときにはお腹をふくらませて吐くときにはお腹を引っ込めてください。その時に胸で吸ってはいけません。胸をふくらませたりするのは胸式呼吸と言って、間違った息の吸い方です。空気はお腹に入れなければいけません。男の人は自然に行えますが、女の人は「胸式呼吸」になりやすいから、十分注意する必要があります。仰向けに寝ているときには正しくやりやすいから、早くできるようにしてください。

 こんな基本中の基本が全く間違っている、ということになったら、ショックを受ける人が多いのではないだろうか。だって、先生が、先輩が教えてくれたのに……。なかには、この呼吸法でやらないと体をこわす、と脅された人もいるのではないか?(私も脅されました)でも間違ってるのだ。この呼吸法は「神話」である。何の意味もない。一生懸命これを覚えた人は可哀相である。
 想像するに、西洋音楽が日本に導入された黎明期の明治時代とかそういう昔に、留学して音楽を教わってきた人が(本人がちゃんと身に付けたかどうかはともかく)間違えて伝えたのではないだろうか。多分その人は男であろう。女も男も一緒くたにされているから。でも実際の内容はもっと単純でもあり、教え方の実際は(一人一人感じ方が違うから)もっと複雑である。そこのところをわからないで、その神話の人及びその弟子が先生の感じ方・教え方が唯一無二のものである、と勘違いしたところから日本中で悲劇は始まったのです。
 

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