最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

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トイレの神様

 縁あって、別の中学校の合唱祭を見学しにいった。地の利の問題もあって市民会館大ホール、みたいなのではなく、当該校の体育館での行事である。(大概の学校はそうでしょうが。)

 で、途中で催してきたので、その体育館のトイレに用を足しにいった。汚かった。こんな汚いトイレは久しぶりである。ため息をつきつつ座席に戻った。知り合いの音楽教師は一生懸命やっていて、その成果も(たとえば実行委員の挨拶や指揮者のお辞儀などがどの生徒もとても立派だったりとか)そこここに散見されるのだが、よくよく観察してみると、校長先生のお話やいろんな部署の先生方の動きは何だかな~~、と思ってしまうところが多い。保護者を見ても、小さい弟妹を連れている親の、子供をしつける姿勢のなんとグズグズなことか、どいつもこいつも全く!

 聞くところによると以前からその中学校は学力面でも生活面でも何でも大変で、「ホニャララ市のお荷物」と言われているとか。
 そういう困った状況についての関心を一気に高めるきっかけになってしまうのが、やっぱりトイレの惨状なんだよな~。以前、ある生徒指導研究発表校に「管外視察」で行った時に、一緒に行った同僚の先生が
「crabfaceさん、トイレ、見に行こうぜ。あと下駄箱ね。」
と示唆してくれて見に行ったところ、アッチャ~~という状態であきれた、ということがあった。やっぱりなんだか変な雰囲気を醸し出している中学校ではあったが。
そのおかげで俺は、そのとき以来トイレはよその学校では注目してみることにしている。

 もちろん、ウチの学校でもそれほどほめられたトイレといえるわけではないのだが、それでもトイレ掃除にこだわりを持つ先生がいるおかげで(俺が手を下しているわけじゃないところが不謹慎)、そこそこ臭わずに清潔であり、気持ちよく生活できている。生徒もそこのところは良い環境を享受しているといえるであろう。ありがたいことである。
 やっぱりトイレは、そこで生活する人を映す鏡といえるであろう。
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いやな時代の定期テスト

 まあ、どこの中学でもありふれた話をするか。

 中間テストが終わって、テスト返しが行われている。そこで毎回のように問題になるのが、答案用紙の改竄である。つまり、赤ペンを出して答えの訂正をするときに自分の間違えた答えを消しゴムで消してしまい、正解を鉛筆で書いちゃって、
「センセ~、答えあってるのに、×になってますぅ~」
と申し出て何点かズルしちゃう、というあれだ。古くて新しい話だな。

 俺が教員になったばかりの昭和末期、どうもそういう改竄癖?があると噂されている女子生徒の答案用紙を、ある先生が事前にコピーを取っといて(といっても学校でコピーを使うのは珍しい話。たしか「青写真」だったんじゃないかな。)答案の返却・答え合わせをしたところ、件の女生徒がまんまと引っかかり、答えを改竄して申し出てきたのでそのコピーを突きつけてとっちめたところ、頑として認めず、(そんなことやってません!そんな複製を作っとくなんて、生徒を信用しないのか!)学年主任も同席し保護者も呼んで大騒ぎしたあげく、結局頑として認めず、
「なんて女だ!」
と職員一同をあきれさせた、という事件があったっけ。

 だが平成25年、時代はさらに先へ進んでいる。まず、すべての生徒の答案用紙をコピーする、というあきれた作業が今やかなり一般的になっている。これはどう考えてもとんでもない紙の無駄、資源の浪費じゃないか?と思ったら、スキャンして電子データにしている人もいるんですな。そこまでするかい!とも思うが、意外に重要なんですよ。特に1年を中心にそういう悪事を働くヤツが多いからね。1年は初めてでまず「ひどい点数」というのに慣れていないので、それまで取ったこともない悪い点数に仰天してしまい、母親の怒りの形相なんかも脳裏に浮かんだりしてパニックになってしまうんじゃないかいな。2~3年になると、あまりそういう誤魔化しは通用しない、というのがわかってくるから、やらない。ただし、内申書の都合上1点を争う、という事情を抱えた3年生は別。

 つい昨日も、職員室で話題になっていた。ある1年の男子が、国語の答案を2カ所も改竄してしまい、やはりコピーをもとに追及したら、1カ所は認めたけどもう1カ所はついに認めなかったとか認めさせたとか。さらに、別の生徒は、マルを書いてあるはずの場所に後からマルを描き込んでしまい、詰問されると
「ペン回しをしていたらシャーペンが落っこちたときにマルが描き込まれたんだと思います。」
「何だと!じゃあそのペン回しをやってみろよ。」
(やってみる)
「おかしいだろ!お前のペン回しと、書いてあるマルは向きが逆じゃないかよ!お前、自分で描き込んだんだろうが!」
「違いますよ、ちゃんと書いてあったと思ったんですよ。」
「なに?そりゃ変だよな。お前わざわざ俺のところに持ってきてるンじゃん。俺をだまそうとしてるんじゃないのかよ!」
「…書いたかもしれません…」
かもしれませんだとそりゃどういう意味だっ!」
ともかく、こういう場面では生徒の方も必死なのである。だが、ウソを通してしまえば味をしめてしまって本人のためにならないから、何とかしてこういうのは叩きつぶさなければ。
 でも、その話を聞きながら、『偉いな~このヒト、俺だったら、話の途中で答案用紙をびりびりにしてゴミ箱にたたき込み、「テメ~は0点だ!!」と怒鳴っちゃうだろうに、いちいち丁寧に証拠を積み重ねつつ論破していくわけだ~』なんて思ってたが、現代の学校でそんなことをしたらそれこそ大変である。証拠がなくなっちゃうわけだからね。保護者も一緒になってどんなイチャモンをつけられるか知れたもんじゃない。

 2年のあるクラスでは、答案を返却しようとしたときに一人の生徒が教師のそばにツツっと寄ってきて、
「先生、その答案、コピー取ってあるんですか?」
だと。取ってない、といったら改竄するつもりか、コイツ。わかりやすいのう。(実際ちょっと足りないヤツなんだけどね。)

最後に一言、
「お前、たったの2点上げるために人間性を何点損してるんだよ。」

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ある生徒指導の筋道と実際

 3年生にハチャメチャな奴がいる。あまり詳しくは書けないが、4月当初にカツアゲをして警察沙汰になり、入学式の日には弱っちいのをぶん殴り、その指導をされて
「もうやりません」
という舌の根も乾かない次の日には別の奴をぶん殴り(やらない、というのはあくまでもそのときやらかした相手限定の話)、さらに
「ホニャラが悪口を言ってやがる。」
といって(悪口を言っている現場に居合わせた、とはなんたるバッドタイミング)そいつをつけ回し、次の週の頭にはギャラリーを呼び集めた上でそのホニャラをトイレに呼び出してボコボコにやってしまい、やられた方は怖くて学校にこられないという保護者の訴えもあり、担任が登下校時に送り迎えをする、という事態になってしまった。もはや出席停止処分ものであるが、まあ諸般の状況から当分の間、相談室での「別室指導」ということになった。
 そいつの言い分を聞いていると、
もうやらない、って俺が言ってるんだからいいじゃねえかよ!お前ら(教師)は関係ねーだろ!」
「いつになったら普通の教室に戻してもらえるんだ!」
の一点張りである。そして、暴行を働いたことについては全く、そう言葉の真の意味で「全く」良心の呵責を感じていない(あんな奴殴ったってあたりまえだろ。そのどこが悪いんだ)という状態は、もはや不気味と言っていいほどなのである。
そもそも教師側として求めているのは「反省」である。暴力行為は悪いことだと思ってもらわなければならないし、やられた相手の痛みに心を向けてほしいし、少しでもそういうそぶりというか心の動きが見られないことには、危なくてほかの生徒とは一緒にできない、というのが現実で、これでは「隔離しておく」しか手がないではないか。万一次のターゲットがやられてしまうようなことになったら、もはや責任は学校にある。「何であんな奴を野放しにしたんだ、こうなるのはわかっていたじゃないか。」と追及されても仕方がない。だがコイツと来た日は、そういう状況をいくら説明しても理解できない(理解する回路がない?)というのはやっぱり一種の発達障害なんだろうか。全くの膠着状態である。「別室指導」の期限をつけるメドが立てられないのだ。

 それにしても、困ったのはその「別室指導」である。これはそいつ一人のために教師が最低一人はついていなければならない。総合的な学習とか選択教科とか手間と人手のかかるバカらしい授業が減って、持ち時数が一頃より多少は少なくなったとはいえ、小さい学校の少ない人数の職員でのやりくりは大変である。何しろクラスが一つ増えたのと同じ事になってしまうわけだから!そればかりか、そういううろんな輩と一対一で角を突き合わせて一つの部屋にいる、というのは、わかる人にはわかるだろうが、マジ骨が折れるぜ!
 「危ない奴」を普通の生徒から隔離する、というのは普通の生徒の親からすれば当然の要求である。そいつのために学校に来られない、なんて生徒が出てしまえばまさに、悪い奴がのさばり、まともな奴が息を潜めている、という西部劇映画のような世界であり、いやしくも学校という場でそんなのを許しておけるわけがない。だが、現実には不可能なことも多いのであろう。うちの学校はトンデモちゃんが今のところ他にいないからどうにかなっているが、これが複数になってしまえば間違いなくソッコーお手上げである。現実に数年前はそうだったし、以前いた学校でもそういう状況にこれまで何度も陥ってきた。そういうときに関係機関(児童相談所とか警察とか)との連携を上手にコーディネートしつつ危機を乗り切る才覚のある管理職がいてリーダーシップをとってくれるといいのだが、そうでない場合(のほうが多数派じゃないかと推測できるが)は、たとえば職員一人一人の生徒への対応がまちまちになってきて余計に混乱したりとか、善良な生徒が教師を信用しなくなったりとか、とにかく秩序が根本から崩れてしまい、それこそ弱肉強食、全校の生徒がまさしく不幸になる。
 生徒指導、毅然とした態度で、一歩も引かず、とはわかっているが、現実には思うようにはいかない事の方が多いのだ。(タメイキ)

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施政方針演説

 「学級開き」!
独特の言葉である。4月8日、クラスに新しいメンバーが集まった最初の日の最初の学活の時に、担任の先生がお話をする(場合によっては軽いレクなんかも含まれる)。特に、新たに入学した1年生の、入学式のすぐ後の学活ともなればまさに勝負のしどころ、ここからの一週間でほぼクラスの性格が決まっちゃうんだから、担任として一番緊張するひとときである。
 デモシカ教師であるところの俺としたって、担任を任命する方は当てにして任命するわけだから、やる以上はハンパなことはできない。かといって8年ぶりともなれば、いったいどんな話をすれば?

ということで、今回話した内容は以下の通り。

「今度このクラスの担任になったCrabfaceである。いいか諸君、俺のクラスに来たからには、言ってはいけない三つの言葉がある。その三つのキーワードをこの1年間、言うのを禁止する。それは、(板書する)
①疲れた。②面倒くさい。③何で俺(アタシ)が…。
である。
 まず、「疲れた」を連発するとしまいに疲れやすい人間ができあがる。しかも、この言葉はあいさつ代わりになっちゃう危険がある困ったキーワードなのだ。次に、「面倒くさい」を連発すると何もしたくなくなる。何しろ世の中のありとあらゆることは面倒くさいものなんだからな。中学校でやることも、やって見りゃわかるがとにかく面倒くさいことばっかりだから、面倒くさい、と思った瞬間お前は勉強ができなくなるぞ。最後に、「何で俺が」を連発すればそいつはもちろん怠け者になるが、それだけではなく、周囲からも仕事が嫌いな奴、と認識される。その結果お前はまわりから相手にされなくなり、孤独な人間になるのだ。
 言葉というのは「言霊」といってな、本当ではなくても何回も言ってるうちに現実になってくるものなのである。だから、マイナスの言葉は言わない方がいいに決まっているのだ。とにかく、そういうことを言ったら即文句言うからな、覚えとけよ!」

まあ、偉そうに演説したワケなのだが(ついでに学級通信かなんかに書いて配ったりしちゃって)、後から考えてみると、これけっこう役に立ってる。結局、このキーワードは、俺自身が中学生の口から聞きたくない言葉、聞くと不愉快になる言葉なんだな。とにかく中学生と来た日は、ことあるごとにこういういやなことばっかり言ってこの俺様をいらつかせる。だから、最初から断っておけば、いちいち説教することなく、
「入学式の日に言ったでしょ!」
ですむからね。

 でも、入学式当日のめでたい学活でえらくネガティブな言葉ばっかり並べちゃったかな~と、ちょっと反省しています。

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茶髪禁止

 だいたい中学校では髪の毛を脱色したり茶色に染めたりするのは禁止である。禁止ということは、つまりそういうことをするやつがいる、ということだ。まあ、ほとんど不断にそういう洒落っ気のある女子とかがいて、教師としても禁止している手前バトルをしなければならない。
 ところが最近、あまりそういう話を聞かなくなってきたような気がする。というか、茶髪の女子とか、そういうのをやりたがる予備軍みたいな連中が減ってきたように思っていたのだが、その原因がどうやらわかってきた(?勘違いかも知れないけど)。
 要するに、最近AKB48みたいなアイドルグループがほとんど茶髪にしないで黒い髪のまんまなんだな。その影響だ、という話である。
 な~んだ、幽霊の正体見たり、ってかんじなのだが。しかし、どうなんだろうね、あれほど
「若いうちはそのまんまが一番美しいんだから」
とか
「学業の妨げになる!」
とか、いろいろ指導しても全然茶髪を撲滅できなかったのに、アイドルグループの傾向がちょこっと変わっただけで百万言を費やす必要もなく、す~っと変わって行く。
なんだか釈然としない思いだ。ありがたいんだけどね。

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対岸の火事ではない事故

 今日は朝からいやなニュースである。

校舎4階から転落、中2男子死亡 埼玉
< 2010年11月15日 15:38 >
 15日朝、埼玉・入間市の中学校で校舎4階の窓から14歳の男子生徒が転落した。男子生徒は病院に運ばれたが、死亡が確認された。
 事故があったのは入間市立豊岡中学校。警察によると、15日午前8時過ぎ、2年の男子生徒が校舎近くのアスファルトの地面に倒れているのを、「ドスン」という物音を聞いて駆けつけた生徒らが発見したという。男子生徒は頭から血を流していて、病院に運ばれたが、死亡が確認された。
 男子生徒は、直前まで校舎4階の廊下の窓に腰を掛けて座っていたということで、警察は転落した状況などを詳しく調べている。


なんということであろうか。悲惨この上ない。
 4階の窓枠に座るなんて自分は怖くてできないのだが、そういうことが平気でできる生徒がいる、というのは誠に困ったことである。中には雨樋か何かを伝わって、校舎の壁面をよじ登り、窓から3階や4階の教室に入ってくるなんていう忍者か怪盗まがいの奴らなんかも学校によってはいたりするものだが、もちろん教師だってそういうのを指導しないでおくわけではない。とにかく冒険がしたくて言うことを聞かない輩なのだから、まるで始末に負えないのだ。その落ちた生徒も、日頃からそういうことをする傾向のある生徒だったのかも知れない。
 実を言うと俺の担当する音楽の授業でも、そうやって4階の音楽室の窓から身を乗り出すやつがいて、手を焼いている。そいつは近所一円の中学校にも名を馳せている悪ガキなのだが、とにかく人(教師)の気を引きたいがために?次々と悪さをする。俺としてはあんまり相手をしたくはないが、窓から身を乗り出すときだけは、
「やめろ」
と言わざるを得ないから(そいつにしてみればかまってもらえるから)、とにかく窓枠に腰掛ける、窓のさんを足場にして立ち上がる、そして歩く、などのパフォーマンスを盛大にやってくれる。こっちもいい加減歳だし、そいつの首根っこを捕まえて引きずり下ろす、などの立ち回りは勘弁してほしいのだが(実際にそんなことをすれば後々までとんでもないことになるのは目に見えている)、何しろ口で言ったぐらいでは言うことを聞くようなタマではない。いきおい、
「落ちたら大変だぞ。すぐ降りろ、死ぬぞ、ちゃんと言ったからな。中学生にもなって注意されたこともわからないなんて通用しないぞ、言うことを聞かないで落っこちたって学校は責任取らないからな、責任取らなくてもいいっていう裁判の判例だってあるんだからな(かなり昔にそういうのがあったというのを何かで読んだことがあるだけ)。」
と、むしろ周りの生徒に聞かせるために言ってやるぐらいしか、やることはできない。何かあったときに
「先生は何も注意してませんでした」
なんて周りの生徒に"証言"でもされた日には目も当てられない。しかもとにかく体罰はダメなんだからね。「毅然とした指導」なんていってもその程度が関の山だ。相手だって、教師は手をあげない、というのが計算に入っているから好き放題なのだ。
 
 それにしても、不謹慎な言い方だが、落ちたのが俺の授業中じゃなくてよかった~。今度から、そいつがそうやって窓から身を乗り出したときには、音楽室での授業を中断してクラスごと教室に戻すとかしたほうがいいだろうな。それとも何か他に妙案でもあるだろうか。

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少しの余裕

 毎朝決まって遅刻ギリギリ、または、30秒~1分遅刻してくる奴がいる。毎朝昇降口で見ているこっちとしても、(まったく…)という思いで見ているわけだ。一緒に昇降口に立っている3年の主任が、
「もうちょっと余裕を持って出てこいよ!いつも言ってるじゃないか…。」
生徒は黙って、ちょっと照れるような笑いを浮かべて通過していく。主任と職員室に引き上げつつ、俺、
「本当になんてことない、<ちょっとの余裕>っていっても、それを持つことができないのが人間なのかもしれませんねぇ。人間って弱い動物ですね。」
と、つい言った。そういう俺も、今朝くたびれて起きられなくて、朝練に最初から顔を出せなかったのだ。

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