最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

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上履きの匂いを嗅ぐ

先日の掃除の時間のことでした。バカ男子共が何やら掃除場所へ行きもせずに教室で馬鹿騒ぎをしている。それも、でかい声で、
「うわーーーーー!」
「はっはっはっはっは!」
「ぎゃ~~~!!」
「おぅええええ~~!」
って感じの獣じみた騒ぎであります。掃除もせんと、なにやってるんだ!ってもんで、こっちは怒ってそいつらの方へ行くと、なんとそのうちの一人が仲間の上履きに顔を突っ込んで臭いを嗅いでいる!
「おぅえええ~~~~!」
というのはつまりその雄叫びと言うか、吐き気だな。なのである。そして、
「お、これは我慢できる!」
だの、
「コイツの上履きはヤバすぎる!!!」
「これはまだ新しいど。ゴムの臭いが残っている!」
と品評会をしている。一体ここは日本なのか、いや、この世のものなのか。
「何ふざけてんだ!やめろ!」
とこっちはかなり本気モードだが、もはや興奮状態のこいつらには通じない。
「先生も嗅いでみ?!コイツの靴チョ~やばいよ!」
と満面の笑みでこっちに叫んで、信じられないことにその上履きを押し付けてくる。サツイが実際の行動に移らないように、避難するしかないと思いませんか?
 それにしても、これが何日か前の3年生を送る会で最高の発声と音程と音楽性で「虹」の3部合唱をやって3年生達を魅了した同じ人たちとはとても思えません。ホントに中学生って二重人格すぎるよね。
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家の手伝い

 金曜日から三者面談が始まった。母親(時には父親)と生徒本人と担任の先生の三人でお話し合いをする。3年生は進路の問題(どこの高校へ行くの?!)があって、ある意味修羅場だが、2年生ぐらいだとまだのんきなところである。
 さて、今年受け持つ2年生のわがクラスは、特に女子を中心に、掃除をサボるヤツが多いのであります。そんなこんなで、お勉強の話もさることながら家事のお手伝いなんかどうなっているのよ?という話になる。そこで、初日からわかっちゃったこと。それは、

「家の手伝いをちゃんとやっている中学生は勉強ができる。」

という明白な傾向。家の手伝いをするから勉強ができるのか。それとも、勉強ができる生徒は家の手伝いもできるのか。そして、
「勉強ができるようになるためには、家のお手伝いをするべきなのか!」
という命題に行き着く。

 家に帰って、家内に行ってみたら、
「そんなの。当り前じゃない。家の教育力の問題なんだよ。お手伝いをきっちりできるような子供を育たられるような家なら、その子はちゃんと教育されているんだから、勉強だってきっちりやるのよ。」

なるほど。ワケも分からず一過性の
「家の手伝いせよ」
なんて働きかけはあまり意味がないというわけか。そりゃそうだ。

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E.T.…感動の嵐

 時々あることなのだが、年度末のこの時期になると妙にあるクラスだけ、教科の時間が偏って余り過ぎちゃって困る。今年も担任している我がクラス(1年生)の音楽が3コマも余ってしまった。全くもう!
 そこで奥の手、この3時間で分けて映画を一本見よう。「E.T.」。スピルバーグ監督の往年の名作だ。映画音楽の学習の一例として教科書にも載っているし。で、昨日が第1回目。古い映画で特撮なんかもCGとか使ってなくてちょっとバレバレに見えるところもあるし、メディアはなんとレーザーディスクで(かける機械があるだけでも奇跡的)画像もそれほどシャープじゃないし、あまり受けないかな~とか思っていたのだが、実際封を切ってみると、なんだかみんな見方が真剣なのである。感情移入してる。
 で、今日は第2回目。チャイムが鳴って職員室から音楽室に行ってみたら、もうみんなして勝手に音楽室の暗幕を完ぺきに閉めて、テレビモニターの前に押すな押すなでいすを並べて陣取っているというありさま。この期待感、微笑ましいことではあります。で第2回目は物語が佳境になる。E.T.が雨の中、沢のふちで倒れているのを主人公の兄が見つけて駆け寄るあたりから、けっこう来るんだよな~。で、こっちも年取って涙腺がもろくなっているので、別のことを考えようと、そこら辺から生徒の様子をうかがっていると、物語が進むにつれて、なんと、みんな泣いてる!!!!ホントかい!素直なやっちゃの~~ぅ!!
 あまりの影響力の大きさにこっちはかえってびっくり仰天である。で、それからE.T.が一度心臓が止まっちゃって、医療チームがみんな防護服を脱ぎ始めるあたりでは、顔を抑えて泣き崩れてるのまでいるじゃないか!なんか、こういうのに耐性がないのか?
 ところがそこで無情にもチャイムが鳴り、あとのお楽しみになってしまった。誰もがなんと言っていいのかわからないままに音楽室を後にして教室に向かい、たまたま4時間目だったから、そのあとすぐ給食だったんだけど、なんとも不思議な、実に珍しい沈黙が支配する食事時間でした。

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かわいそうな谷川俊太郎

「春に」という合唱曲がある。谷川俊太郎の詞による美しい曲想の音楽で、わが校では卒業式で在校生によって歌われる。
 ところが、1年生のあるクラスの授業でのこと。男子パートの練習をしているときにどういうわけかこの連中、とある一節で
「ぼくの~~、はらへ~~、むね~への~~どへ~~」
と歌うのである。これは当然、
「僕の腹へ胸へ(そうして)咽喉へ」
という歌詞なのであるから、明らかにフレージング(息継ぎの場所)がおかしい。それで俺としては当然、
「おい、おかしくないか?」
と指摘するが、みんなきょとんとしている。しかも、
「いいんじゃないすか?」
なんて言うヤツまでいる始末。それで、さらに追及する。
「だってさ、腹へ、胸へ、といってるんだから、その次は咽喉でしょ?」
「ああ、そうか~…。」
「変だと思わなかったの?むねへの。どへ。とか、そんな日本語ないでしょ?何だと思って歌ってたの?」
するとこ奴ら、口々に、
「でもさ、谷川俊太郎でしょ。そういうのもありだと思ったんですよ。」
「だって、頭おかしいじゃん。」
ですって。まあ、詩人というのは、時々聞いたことのないような文字の並び方を考えて、独特の語感というか雰囲気を作り出したりするものだが、この場合、そんな効果を狙った詩じゃないから、まさか生徒がそういうことを考えているとは、予想だにしなかった。それにしても、これでは谷川俊太郎も形無しじゃのう!

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「不思議ないい子」の発生条件

 授業というのはいつでもうまくいくわけではない。教師だって人だから、体調悪かったり、家庭に難題を抱えていたり、職員室でいじめられていたり、様々な理由で授業に全力を傾注できないことがある。場合によっては、全然うまくいかないことがずっと続くことだってある。まあ、そういうのは、たいてい生徒が悪いのである。(もちろん、その生徒~ここではクラス、学年などそれぞれの生徒集団のことだが~を形作るのは保護者や地域、もちろん学校・教師も含めた「環境」ではあるのだが。)

 様々な要因によって、ヒサンなクラス、ヒサンな学年、ヒサンな学校というのは存在する。MPがいっぱいいる地域だったり、ヤンキーとか危ないお仕事の人が多く住む地域だったり、貧困とか欠損家庭ばっかりだったり、どうしようもない小学校の先生がメチャメチャしでかして生徒集団が崩壊してたり、条件はそれぞれだが、授業がうまくいかないことに変わりはない。特に、俺みたいな(ヒサンな)音楽の教師はシンドイのではないか。何しろ、生徒が参加してくれなければ、授業が成り立たないからね。歌うにしても音楽鑑賞するにしても、罪悪感のかけらもなくのべつ私語がやまなかったり、忘れものだらけだったり、出歩いたり、ケンカしたり、教室から出て行っちゃったり、発達障害の子が騒いだり暴れたりで、50分間の授業を(早く時間が過ぎろ!)と念じながら歯を食いしばって耐えるわけだよ。

 だが、実際耐えているのは先生ばかりではない。生徒だって耐えているのだ、特に、まともだけどおとなしくて発言力の弱いやつらが。それがわかるだけに、授業がうまくいかなかったときの「罪悪感」というのは格別なのです。わかってもらえる?

 これまで様々なそういう学校・学年・クラスに出会ってきたが、そういう生徒集団に特有の不思議な現象が現れることがある。それもけっこう頻繁に。それは、必死で怒鳴り、文句を言いまくり、それでもやるべきカリキュラムは全然こなせず、ヘトヘトになって50分過ぎてチャイムが鳴り、俺がピアノの椅子にへたり込んで敗北感に浸りながらため息をついている時にふと気づく。
 授業が終わり、みんな自分の教室に帰っちゃって、がらんとした音楽室になぜか一人だけ(まれに二人。一人のことが圧倒的に多い。男女は問わず)残って、乱雑にひっくり返った椅子を一つ一つ丁寧に並べなおしている生徒がいるのだ。別に係というわけでもなく、飛び切りできる奴というわけでもなく、学級委員というわけでもなく、部活の生徒でもない。週一回の授業が終わると授業の時には何でもないそいつ、じゃなくてその子(何組だったら誰、というのが固定されている)が黙ってガタッ。ガタタッ。と椅子を片付けている。俺は我に返って、5分後には次の授業があってその作業がまたメチャメチャになっちゃう、というむなしさに気づき、すごく申し訳ない気分に襲われて、それでも
「ああ、ありがとう…」
ぐらいしか言えず、それに対してその子は、たいていチラッとこっちを見るだけで、
「…。」
または、せいぜい
「はぁ…。」
と答えて、あとは黙々と作業を続けるのだ。とにかく自発的に、ただただ椅子を片付ける。なぜそんなことするんだろう。どういうつもりでやってるんだろう、この子?実は俺にはわからないのである。聞いても返事しないし。
 こういう生徒が、なぜか、いわゆる「荒れた学級」に現れるのだ。そこそこであっても普通のクラスではなかなか現れない。ともかくもどうにもならないクラスに、2学期の真ん中ぐらいから発生する。ほかの生徒が誰も見ていないところで作業する、というのも彼(彼女)がこだわっているような気がするが…。で、俺が申し訳なさで心がいっぱいになるころには作業が終わり、その子は
「ありがとうございました。」
なんて言って音楽室を出ていく。ありがたいのはこっちの方である。彼(彼女)は俺に怒ってるんだろうか。もっとしっかりせい!と励ましているんだろうか。音楽、好きなのに…と不満を言いたいのか。それとも
「うちのクラスが先生に迷惑かけてごめんなさい」
とクラスを代表して謝っている、と都合よく解釈しちゃっていいのか。さっぱりわからない。妙にこそばゆい感じで落ち着かなくなるが、そのささやかだが力強い励まし?に支えられて、また明日から頑張るぞ!的なエネルギーもわいてくるのは確かなのである。

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お前らが言うなよ(トホホ…)


 今日は一時間目からうちのクラス(1年生)の音楽の授業がある。朝会が終わってあわただしく4F音楽室に上がっていくと、すでに生徒は着席して待っている。よっしゃ、こっちも気合を入れて授業やるべぃと思って教室に入っていくが、いつもながらにわがクラスというのはどことなくだらしないのだ。その、何となくゆるんだ雰囲気に、
「あのなあ、もうすぐ校内音楽会なんだし、もうちょっとビシッとできないのかよ。1組なんか、すっごく気合が入ってピッとしてるじゃないか。」
と、ピアノの周辺に集まってきた男子の連中に発破をかけに入るが、生徒のほうはのんびりしたもので、
「先生、1組は担任の先生だけが怒ってやらせてるんですよ。そういうのはダメなんです。生徒が自分から進んでやらなければ。最後に勝つのは俺たちですよ。」
と口々に言うのだ。

 そういうことを生徒が言うなよな…という感じで、ちょっと笑ってしまいたくなるが(お題目だけはよく知ってるんだよな)、確かに示唆に富んだ話ではある。
 大体からして現代の子供たちがどんどん幼稚化している、というのは、各方面から指摘されているところである。こういう指示を出せば生徒はこうするであろうという予測がはずれて、生徒が何もやってない、あるいは頓珍漢な事をして満足している、なんてのはいつでも起きている。いきおい我々も先回りして、
「あれはこうしなさいよ。これはこうするんだよ。」
というのを、これまでは考えられないほどていねいに指示したりやり方を教えたりするのが普通になっているのだ(というより、もはや何も考えずにそう動く。マニュアル化してるしね)。
当然、学級経営でも細かく指示を出し、檄を飛ばし、できてない奴に小言を言ったり、気のきいた行動をほめたりと、どんどん介入していき、しまいには小学校の担任の如くの「学級王国」?状態になってしまう担任もいるような。(小学校とはもちろん形は違うけどね。)いいことなのか悪いことなのか、少なくともおれは気に入らないけどね。

というわけで、うちのクラスの連中、わかってるじゃん、よくぞ言ってくれた、と腹の中では思うが、実際に自分たちができるかどうかは全くの別問題である。むしろ、笑わせんなよ、というレベルじゃないのかい?
校内音楽会まであと3日、これからどんな経過と結果が待っているのか、楽しみにして見守っていこうではないか。

テーマ:今、教室で - ジャンル:学校・教育

ミス ダサン

 そろそろ卒業式の準備について頭を巡らせる時期だ。音楽科としては、まず卒業生の歌・在校生の歌の指揮者伴奏者を選定しなければいけない。特に、卒業生の歌のピアニストについては、できれば私立単願で合格した生徒に話を持って行かなければ。
 とかなんとかいろいろ考える中で、指揮者についての話になった。そこで
担任A:「Oがいいんじゃないですかね。」
主任:「Oですか?なるほどね。Nはどうですかね。私立単願で合格してるし。たぶんやるだろう。」
俺:「Nねえ…。Nです…っか…。あんまりさせたくないなあ。(絶対させたくないわい!)」
主任:「他にやりたがる生徒はいませんかね。たとえば…」
担任A:「Fですか?あいつはやりませんよ、絶対に。」
俺:「そう?いろいろやりたがってたじゃない。(コイツがやりたがったら面倒ではあるが)」
担任A:「絶対やりたがりませんよ。打算そのもので生きていますからね。もう内申書の点数が出ちゃったんだから、関係ないですからね。そういう女です。ミス打算です。」
俺・主任「あはは」

と、笑いつつもちょっと思ったのは、そのFの親が自分の娘をこんな風に言われていると知ったら何と思うのであろうか、ということである。生徒は学校で、良くも悪くも様々な生き様を見せている。それがどんな風に周りの生徒達や教師に見えているかは、よっぽどのことがない限り、なかなか親には伝わらない。なんじゃいなコイツ、なんて貧しい心の持ち主なんだ、親に言ってやりたいわい、と思っても(ものすご~くよくあることだが)、せいぜい通信簿の所見欄に見る人が見なければわからないような持って回った言い方でやんわりと書くだけなのである。結局、いい顔がしたいだけなんだよね、教員って。

テーマ:教師のお仕事 - ジャンル:学校・教育

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