最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

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通信簿を電子データに…その功罪

 やっとこさっとこで終業式に渡す通知表の所見が書き終わった。今回は思いのほかに手間取ったというか、苦悶してしまった。
 それというのも、去年から通知表が電子データ化されたものを打ち出す形に変わったことによる。これまでは行動の記録や54321の成績や出欠の記録や行動の記録、さらに前の学期の所見だの成績だのなんかが一枚の紙の上に書いてあって(つまり従来の通信簿の実物)、それを見ながら同じ紙(つまり通信簿の実物)の上に「担任の所見」を書いていき、最後にハンコを押して一丁上がりってなものだったのだが、電子データになってみると、そのいろんなデータがあっちこっちに散らばっているではないか!一人の生徒の所見を書くのにいちいちパソコンの中のあっちを見たりこっちをひっくり返したり。結局さっぱり考えがまとまらないのだ。
「所見、書くぞ!」
と作業を開始してからかれこれ10日!いつもだったら3日コースなのに!

 これはいったい、俺が時代遅れということか。それとも新しいやり方が理不尽か?何事も進化するときには何かが放棄され、気づいてみると別の世界が広がってゆく。一昨年度までいた管理職が従来方式の通信簿にこだわっていたので、俺自身このやり方は初めてで、慣れないのだ。まあ便利にはなったんだけどね。

のかもしれない。
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テーマ:中学校 - ジャンル:学校・教育

クラブチームって何するところ?

 中学校の職員室で、昔からぼやかれている言葉がある。
「クラブチーム(スポーツ少年団)に所属する生徒は性格が悪い」
これは本当なのか。

 現在、教育に対する価値観も多様化し、かつてのように部活動に必ず参加する、という風潮は薄れている。芸能活動で走り回ってるとか、家が貧しすぎて親が多忙とか、超絶に人並み外れてグータラとか、そういうよほどのことがない限り、生徒は中学校の部活動に参加することになっていた(なっている)。だが、ここに来て増えてきたのは、硬式野球やサッカーのクラブチームに所属していて、部活動に参加しない、という生徒である。クラブチームも、小学校中学年ぐらいからみんな(将来のプロスポーツ選手を夢見て)参加し始めるが、だいたい才能の限界を悟って淘汰され、中学生になっても続ける生徒は運動能力が高い者が多いのは確かだ。通信陸上大会なんかに参加して記録を出したり上位入賞する場合もある。うちのクラスにも3人いる。

 さて上述の言葉であるが、まあ必ずとは言わないが、ほぼ本当である。かなりの確率で、クラブチームに所属する生徒は、自分は特別だという意識を持っており、クラスへの帰属意識が弱く、自己中心的で、非協力的、マイナス発言が多く、委員会活動などには極力参加せず、クラスの係活動もおろそかにすることが多く、学校行事などの参加もいやがって放課後のクラスの活動は参加せずに帰ってしまい、生徒指導上で呼び出しをかけても極端に帰りたがり、物品の管理がだらしなく、弱い者いじめを起こしやすい。
 これは、色眼鏡で見ているわけでも何でもなく、事実そうなんだから仕方がない。

 以下からは想像の域を出ない内容だが、つまりこういうことかな。
①スポ小は親がかりの面が多いから、活動に際して何かと親が面倒をみたりしゃしゃり出てしまうため、自分の思い通りになりやすい、というより自分の思い通りになるものだと、疑うことなく思っている。したがって、自覚なしに自己中心的になるし、物品の管理も(自分ではなく親がやっちゃうから)だらしなくなる。思い通りにならなければ口に出して文句を言えばどうにかなるから、歯に衣を着せずに思ったことをいってしまい、それが「クラス」という場においてはマイナス発言ということになる。
②運動神経の鈍いやつは淘汰されて、自分は選ばれし者」なのだから、当然「俺は他とは違うのよ」という意識が芽生える。そこから、クラスの奴らのやってることなんかくだらないと天から思っていて、ばかばかしくて一緒になんかやってられない。
③自分のアイデンティティーはクラブチーム(にしかない)んだから、自分の居場所の第一優先はクラブチームなんだから、学校なんか本当は行ってる場合じゃない。放課後は何をさておきそっちに参加するのが自分の生きる道なのだ。
④クラブチームの価値観の中心は「勝ったか負けたか」。チームの中でも鈍くさいやつは邪魔者だ。そういうヤツには容赦なく非難の言葉を浴びせかけることが習い性になっている。従って、クラスにそういうヤツがいれば反射的に心ない言葉で攻撃を仕掛けるようになる。弱い者いじめなんてしてない。弱者はそうされるのが当たり前なんだから!

 内実も知らないで偏見で言いたいこと言いやがって!と思う向きもあるであろう。実際そうだからね。中には「上達への近道は礼儀・素直さ」等々、しっかり指導しているクラブもあるのであろう。でも、繰り返しになるが、現実のクラブチーム所属生徒に困ったのがとても多い、というのは嘘ではなく本当のことなのだ。目の前の事象で判断するしかないではないか?

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教師に脅迫文が届く

 最近、教員宛に脅迫文が届くという。ふざけた話だ。そういう手紙が来たらどうするだろうか。なんと言っても、俺たちなんて、周りが思うほどお金が潤沢というわけでもないから、そんな300万円なんて大金、そう簡単に右から左へ回せる人は少ないだろうし、かといって、脅迫状に書かれている通りのことをされたらどうしようか、と、とりあえずは心配である。まあ、教師というヤツは、真面目だからね。犯人にはお気の毒だが、普通の教員だったらまずは警察に届けるであろうな。トチ狂ってお金払っちゃったり、というのはちょっと考えにくい。
 それにしても、投資の割に実入りがないんじゃないのか?報道によれば2500人以上の教員にこんな手紙が来たというのだが、そのためにかかる切手代って、20万円を超えてると思うんだけど。こいつら、マジ馬鹿ですね。


(以下は、「ニュース速報JAPAN]からの転載)
教職員に届いた脅迫状の全文

お前の教え子の親からの依頼で行動を開始する 私たちに依頼した内容は次の事だ お前は以前教え子だったAに酷い言葉で心を傷つけ人格を侮辱した よってAは酷いうつ病になり自殺未遂を繰り返し現在は薬物障害になっている 心身共にボロボロにされた Aの家族はお前に同じ思いをさせてやると誓い私たちに復讐の依頼をしてきた 依頼内容は次の通りだ 1.お前が仕事を失い生活できない様にする まず教育委員会に電話をするテレビニュースに出る様な内容の告げ口を行う(体罰を受けた 体の局部を見せろと言われた 個室で裸にされ写真を撮られた お金あげるから家に遊びにこないかと言われた等)その後お前の学校に電話をし他の教職員にも上記の内容の告げ口をする 教育委員会はお前の調査を始めるだろう 学校ではお前の噂でいっぱいになるだろう 2.お前が今の家に住んで居られない様にする(お前の個人情報をネット上で公開する 最低の教師だと名指しで掲示版に投稿する)(近所を騒がす為に玄関にスプレーで落書き 家の電線を夜中に切る お前の家に投石 夜中に怖い電話 ネット通販商品が毎日届く お前に泣きが入るまで毎日続く この様な行為をする奴は闇サイト掲示板でいくらでもいる)学校を辞め退職金も収入も失い家族に不安を与え家庭も崩壊するまで私たちは追い込みを続ける私たちは面識も無くお前が警察に駆け込んで細工されたこの手紙をだしたところで追う事は不可能であり事件前の手紙など相手にもしてくれないだろう<気をつけて>で終わりだ事件扱いになった時はお前は全てを失った後だろう 復讐行為を止めたいのであれば成功報酬より多くの金を払うことだ私たちはどちらが金を出そうが関係ない私たちはお前に恨みはない金の為に実行するだけだ。300万支払えば中止する払わなければ復讐を実行し成功報酬をもらうだけだ すぐに現金を用意し次の方法で郵送しろ 1.厚さの薄い週刊誌の真ん中のページを開き現金を平らにはみ出さないように挟む 2.現金が動かない様に週刊誌を丸ごとガムテープで巻く 3.郵便局で書類用EMSで書類として海外に郵送する以上 2日以内に郵送しろその後確認が取れなかった場合復讐を開始する教育委員会の電話から始まりだお前が金を郵送するまで復讐は続く金を早く払えばよかったと思い知らされるだろう 警察は何もしてくれないそして何もできないことを知るだろうお前が身を守る為には唯一金で解決する事だお前の人生は私たちが握っている事を忘れるな郵送先宛名等詳しい書き方を下記に記す 郵便局でEMS無料包装材(封筒)に入れてEMSのCN22付き書類用ラベルに郵送内容記入<書き方は郵便局員にタイに書類を送ると言って聞け>

届け先 名前●●●●
     住所●●●●●●●●
       ●●●●
     郵便番号 ●●●●
     国名 Thailand
 CN22の記入<内容物>Documents<内容物の数量及び明細>Business Papers
      <重量>0.5kg<価格>THB50  注:重量と価格の数字間違えるな
言われた通りに記入しろ 記入不備で届かなかったらお前は終わりだ



 もう一つ、これは真面目に不快なのだが、この事件には、かつて発行されていた「教職員住所録」というものが悪用されているのではないか、という観測である。10年ぐらい前までは、その「教職員住所録」というのを(うちの県では)日教組の県支部が発行していて、それはけっこう重宝していたものだった。だが、個人情報保護の観点から廃止されてしまったのだ。おかげで、旧知の人がどこで何をしているかわからなくなっちゃうし、別の学校の同じ教科の先生に連絡をつけようにも誰なんだかわからなくなっちゃうし、実際の仕事の上でも不便でしょうがないのである。そんなに神経質に個人情報を保護なんてしなくたって、と苦々しく思ってはいたのだが、こんな事件が起こるようでは話は別である。我が家の住所も電話もそこには記載されているのであって、それは10年経っても20年経っても生きているデータは生きているわけじゃないですか。ということはいつ何時そのデータが悪用されて、我が家が変な目に遭わないともしれないわけだ。ムカつくな。だいたい、その住所録が発行されなくなったことをきっかけに、俺たちって、お互いに年賀状のやりとりもようできなくなったのよ。本当に世知辛い世の中だ。

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世界一忙しい日本の先生

最近の報道によると、先生のなかで日本の先生というのは世界でも一番忙しいんだそうな。

 経済開発協力機構(OECD) は25日、中学校教員の勤務環境などの国際調査結果を発表した。日本の教員は指導への自信が参加国・地域の中で最も低く、勤務時間は最も長かった。理解が遅い子に合わせた指導をする割合やICT(情報通信技術)を利用する割合は低い。多忙な中、指導に集中できずにいる教員のすがたが浮かび上がる。

 2013年に実施した国際教員指導環境調査(TALIS)で、主に先進国の34カ国・地域が参加。08年に続き2回目で、初参加の日本では、全国から抽出した国公私立中学校192校の教員3484人と校長から回答を得た。
 学級運営や教科指導などについて、指導がどの程度できているか、自信の度合いを4択で尋ねた。「非常に良くできている」「かなりできている」の割合の合計を比べると、12項目すべてで参加国・地域中、最低だった。「勉強にあまり関心を示さない生徒に動機付けする」では21・9%で、平均の70・0%の3分の1以下。「生徒の批判的思考を促す」は15・6%(平均80・3%)、「生徒に自信を持たせる」も17・6%(同85・8%)だった。
 残る選択肢のうち「ある程度できている」を選ぶケースが多かった。
 教室での指導をどれくらいやっているかも4択で聞いた。「課題や学級活動にICTを用いる」に「しばしば」「ほとんどいつも」やっていると答えた 割合は計9・9%(同37・5%)、「全生徒が理解するまで類似問題を練習」も計31・9%(同67・3%)でともに最低だった。
 一方、1週間の勤務時間は53・9時間(平均38・3時間)で最長。内訳をみると、部活などの課外指導が7・7時間(同2・1時間)、一般事務が5・5時間(同2・9時間)と飛び抜けて長かった。授業は17・7時間で平均(19・3時間)を下回った。
 研修の必要性についても14項目を4択で質問。「高い」と答えた割合が参加国・地域で最高だったのは「担当教科の知識」(51・0%)、「個に応 じた学習」(40・2%)など6項目に上った。だが過去1年以内に研修を受けた割合は83・2%で平均の88・4%を下回った。受けられない理由は「仕事 のスケジュールと合わない」が最多(86・4%)だった。
文部科学省の担当者は「控えめな国民性もあるが、多忙で授業準備に時間が取れていないという意識や研修に出られないことが(自信の低さに)影響しているかもしれない」と指摘し、事務職員らの配置を進めることなどを対策にあげた。(朝日新聞20140626)


 まあ、やっぱりね~。という思いしかありませんが。勤務時間内に仕事が終わらない構造になっているのだから当然ですけど(勤務時間終了が16時45分なのに生徒の最終下校時間が18時00分ってどうなのよ~生徒が帰るまではそうそう集中して事務仕事はできないっすよ)、担任外の人だったらヒマな時期、というのもあるにはあるけどね。きのうも、午後から出張に行って、18時ちょい前に学校に戻って、23時までテスト問題作ったりなんだりしてた。教務主任はその時点でまだ机上のパソコンと印刷室の間を行ったり来たり。)記事の内容も話題になってて、最後の方で文科省の「事務職員の配置を進め…」というコメントに対して、1年の学年主任(50代女性)が
「Kさん(ウチの県費事務:かなりシゴトの早い人)が50人になったところで私たちの忙しさって何も変わらないわよね~。」
だって。そりゃそうだわな。

 それにしても、またもやウチの市教委はやってくれるね。昨日の朝、職員室に行ってみたら、「教員の多忙感に関するアンケート」というプリントがそれぞれの机上に置いてある。朝の職集で教頭先生が、
「お忙しいところですけど、これをいついつまでに提出してください。」
とおっしゃる。ハァ?(またかよ)ってなもんなんだけど、すかさず2年の学年主任が
「忙しくて書いてるヒマないんですけど!」
と突っ込んでどっと笑いになったのでした。でもみんなちゃんと提出するんだよな~。俺も書いたよ、急遽入った自習監督の1時間目が終わるまでに。休み時間に(真っ先に提出だ!)と意気込んで提出したら、すでに5~6枚のアンケート用紙がすでに教頭先生のところに集まっていたのでした。みんなどうやって時間を生み出しているんだ?!

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はだしのゲン

 夏季休暇明けで、久しぶりに学校へ行ったら、管理職の机の上に「はだしのゲン」についての書類が置いてある。なんだか教育委員会からの、「はだしのゲン」が図書室にあるかどうか、どういう状態になっているか、という問い合わせのようだったな。面倒くさいね。何か世の中であると、そうやってすぐに現場に問い合わせてくる。ある意味フットワークがいいというか、まあ確かに現状を把握しておくことは委員会にとっては大事なことなんだろう。(議会対策、という面もあるらしい。)でも夏休みの暇な時期だからいいものの、学期中だったら舌打ちが出るところだろうなー、と思った。
 ちなみに、ウチの学校の状況はすでに国語の先生によって調査済みで、全10巻のうち2冊を残して残りは紛失状態のままになっていた、ということだ。いい加減じゃのう。

 要するに、「閉架処置」とか何とかごちゃごちゃ言ったりしなくても自然に消えちゃったことにしたっていいし、あるいは古くなった本は定期的に入れ替えたりしているんだからその時に処分したことにしちゃったって、どうってことないんじゃないの?というくらいのものかな。かつて自虐史観が幅をきかせていた時期には社会の先生とか組合の先生なんかが率先して「ゲン」を図書室に導入したんだろうな~というのは新任の頃にも容易に想像できたが、最近はそういう意味ではそれほど元気ないし。
 図書室に置く本は教材でもあるわけだし、となれば教育の内容も時代によって変わるわけだから、必要とされなくなることだって考えられる。この頃は合唱祭なんかでも「木琴」とか「消えた八月」なんかは生徒も
「こんな暗い歌イヤだ。」
というし、担任達も
「古いよ。重いよ。生徒のニーズに合ってないよ。」
とおっしゃる。「はだしのゲン」も教育現場じゃすでに教材としての使命は終わってしまっていたのかも知れない。ウチの図書室だって、いつ紛失したのか知れないけれど、もし必要なら再度導入されてしかるべきなのに、結局そのままなんだもんね。あんまり大騒ぎするほどのことでもないんじゃないのかな~。

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想像を絶する美談

 前項の「退職金が減る前に教員が早期退職!」という話は、実は全く別の視点から語ることができる。

 そもそもの発端は、埼玉県で、退職金の計算式を1月いっぱいで変更して、定年退職の人でだいたい150万円減らすよ、という風に条例改正が行われた、ということだ。(教員の定年退職は60歳になった年度の3月いっぱい。)つまり定年を迎える教師は、平均的な給料を40万として、1月末で退職するよりも、3月の期限いっぱいに勤め上げて給料もらうほうが手取りで70万もマイナスになってしまう。別の言い方をすれば、
「おいジジイ、いつまでも仕事してるんじゃねえ!1月で辞めろ!3月まで勤めるつもりなら、その二ヶ月間は給料払わないどころか、一ヶ月あたり35万円上納してもらうからな!」
と言われたに等しい。まるでバブル期の地上げ屋レベルの無茶苦茶な話である。
 それで定年を迎える110人の先生方が、それまで指導してきた生徒のことを思って後ろ髪を引かれつつも、お上のご意向に従って泣く泣く詰め腹を切ることにしたところ、学校バッシングを無上の喜びとするマスコミの目に留まり、偏向報道に遭ってさらにいじめられた上に、そういう条例改正を行った張本人の県知事までもが尻馬に乗って「不快」などと言ってイジメに荷担したのである。そして、さらにあきれたことに、文部科学大臣までが
「決して許されないこと」
などと、まるで殺人事件に対するコメントのようなことを言い出した。選挙目当てとはいえ無責任すぎないか?立場を考えてくれよ!


 だがしかし!物事はよくよく見てもらいたい。1月で駆け込み退職をした先生は、定年を迎える先生のおよそ10%という数字が、当初の報道にはあるのだ。つまり、残りの90%、埼玉県だけで、1000人以上の先生が、二ヶ月間、無給かつ35万円の上納金を払いつつ仕事を続ける道を選んだ、ということになる。それなのに、その後の報道では肝心の母集団の数字は意図してかどうか知らんが、さらっと流されるか欠落しているのだ。
「教師の倫理が地に堕ちた」
とバッシングばかりがすさまじくクローズアップされているが、途中退職は犯罪でも何でもない、当たり前の行為であるし、実際にはほとんどの先生が生徒のことを思い、大量出血にも我慢して、黙って最後まで職務を全うしようとしている高潔な人たちだったということになる。教師の倫理はちっとも低くなってないでしょ?それなのに
誰もそういうことを褒めてくれないどころか、取り上げてもくれないじゃないか!大事なのはそっちだろ?!また、この視点から見れば、中途で退職した人たちには何かやむを得ぬ事情があったのではないか、という観測の方が自然だと思うのだが、どう思いますか皆さん。
これを美談と言わずして、何というのですか?教師残酷物語、かな?
 それが、報道のしかたによって、全く逆のとらえ方をされてしまう恐ろしさ。これほどの高い倫理観を持った教師集団の存在は無視!全くなかったことになっている。学校をターゲットにしてマスコミが垂れ流すニュースが、どれだけ悪意に満ちているか、どんなに鈍い人間でも今度ばかりは少しは理解できたであろう。

 
 ここからは蛇足だが、それにしても、教師というのはこれほどまでに職務に対して熱意ある人が多いということだ。俺よりも年上の先生方の、生徒に対する愛に根ざした丁寧な仕事ぶりには、傍で見ていても頭が下がることがしばしばである。だが、そういうボランティア精神に基づく行き届きすぎたサービスが逆に教師の仕事を増やしてしまうばかりでなく、サービスを享受する側の生徒保護者がどんどんそれを当たり前だと思うようになって、さらに仕事がややこしく窮屈になっていく。お人好しぶりもいい加減にした方がいいんじゃないのか。

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2月から退職金削減の埼玉県で教員110人が「駆け込み退職」の動き

 本当に腹が立つね。なぜこういう至極当然なことがニュースになるのか。しかもそれに対する批判的な論調…!まさに学校バッシング。批判のための批判でしょ。イジメっていうんだよ、そういうの。

退職金減る…埼玉の教員110人が駆け込み退職

 退職金減額の話は昨年暮れの職員会議で校長から説明があった。皆無言で聴いた。会議終了後、俺は資料の数字を見ながら、定年までの残り数年のどこで退職するのが一番得なのか電卓片手に計算した(当たり前だ)。俺の場合ちゃんと定年まで勤務した方が得だ、ということが判明したが、途中でやめた方が得な人はどうなるのか。やっぱ辞めるよね~。

 で、埼玉県では110人もの定年を迎える教師がそういうことを言い出した、というわけだな。中には担任もいれば教頭もいる、と。すごい話だ。でも、何も不思議なことではない。もともと行政側としては早期退職を推進していたし。
「1月末で減らすよ」
といわれれば、それは
「1月までに辞めなさい」
ということでしょう?違うんですか?むしろ
「1月までで辞めさせられた」
と表現するのが正しいワケで。それなのに首謀者の県知事が
「不快なり」
なんて言ってる。ナニ、それってただ働きをするのが当然だ、ということか。普通の感覚として正常ですか、このヒト?担任している生徒を放ったらかして辞めざるをえない方々の胸中や如何?

 一番腹が立つのが、
「聖職者のくせにはした金に目がくらんで」
という言い方をする低脳(といって悪ければ時代遅れの石頭)がかなり多いことだ。聖職者ってナニ?お坊さんのこと?
 かつて「聖職」とされる職業がいくつかあったが、今はないでしょ、そんな仕事?みんなして仮面を引っぺがすのに一生懸命になっちゃったんだから。代議士はカネの力で統率するボスがいなくなって会派が乱立。お医者さんだって、医療事故が起こる度に裁判になる。それがいやで、実際に産婦人科のなり手がいなくなっちゃったじゃない。
 教師もそう。モンスターペアレントというほど理不尽な要求でなくても、かつてあり得なかった面倒くさい要求、細かいところのアラ探しはもちろん、以前は全然やってなかった「親切心に基づくサービス」を当然享受できるものだと思っていて、そうならなかったときにブチ切れる異常性格者が、想像以上に多く保護者の中に紛れ込んでいる。
 ムチャクチャにやりにくい対生徒・対保護者の自分勝手であるゆえに錯綜した人間関係を綱渡りのように捌き、山のように風呂敷残業を持ち帰るが残業代もなく、夜討ち朝駆けの家庭訪問で何しに来たんだと露骨に迷惑がられ、土日に部活指導に出て行っても休日出勤手当もチョー泪金でボランティアそのもの、給食費払ってるのにタダメシ食ってると誤解されてしかも炭水化物ばっかり食わされてメタボになり、挙げ句の果てに保護者はみんな自分の子供を預けた教師をバカだと思っていて、それをストレートに子供に言っちゃう。だいたい、今の生徒は、先生のこと呼び捨てが当然ですからね。少なくとも陰に回っては名字で呼び捨て。年端もいかない小僧小娘にハゲとかジジイとか誹られて、それもあまりにも多すぎていちいちとがめ立てもできず、懲戒処分がイヤだからぶん殴ることもせずに全部腹の中にしまい込んでるうちに感覚が麻痺してどうでもよくなってしまい、それをまた見とがめられて
「学校のしつけはどうなってるんですか」
とクレームを付けられる。お前がやれよそんなしつけ!ってなもんだ。今時の教師は、とにかくバカにされるばっかりで尊敬されない。
「いつもお世話になって」
という人間関係円滑化のための当然のあいさつさえもロクに交わせないお子チャマ保護者に囲まれて日々不安になるばかり。
一体この仕事のどこが「聖職」なのさ。誰からも聖職者扱いなんかされてないじゃない。それで、正当にサラリーをもらおうと思っているだけなのに、そういうときだけ
「聖職者なのに情けない」
って、どこからそんな死語を探し出してくるの?そういうアナタだって、日頃は教師なんか聖職だなんて思ってないでしょ?一体何様のつもりですかっていうの!
「退職する方は結局生徒の指導よりお金を選ぶという時点で先生ではない気がする。」
なんて趣旨の発言をなさる人も多いが、マジ腹が立つ。さんざんバッシングしまくられて、ボロ雑巾のようにされ、精神疾患での休職者を大量に出し、給料も長年にわたってどんどん減額され、子供は指導しても指導しても年々バカになる一方で、やりがいを感じることもめっきり少なくなってしまったこの仕事。「生徒の指導よりお金を選」んで何が悪いのか、本当に教えてほしいよ!

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