最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

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卒業生との再会

 先日、7年前の3年生と再会した。

この私もいよいよ大詰め、今度の2月で60歳となるのを記念して、今回の吹奏楽部の定期演奏会でOB/OGバンドを結成しよう、という話を誰かが旗を振って、何やら暗くなってから20人ぐらい集まったのだが、その中の最年長がその元生徒であった。今は大学3年生で、いわゆるリケジョなのだが、まあ、手際がいいこと気が利くこと、もう最初っから
「ワタシが仕切ります!」
っというオーラをバリバリに出してササササッと話し合いを進めていく。
3年生の時からとても積極的にいろいろやってくれた部長だったのだが、それがすくすく成長すると、なるほど~こうなるのか~と感動してしまった。
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突然の余命2週間

 こんなことって世の中にあるものなのだろうか。
 担任している男子(1年生)の父親が、なんだか体調悪い、と言って病院に行ったところ、医者から
「もう手遅れ。余命2週間。」
と突如として宣告されたという。先月の27日の朝に、
「なんだかここのところの両親の様子がおかしい、と怪しまれたために、ついに隠しきれなくなって、昨夜二人の子供に、そういう状態なのだ、と打ち明けたため、子供はショックを受けたようなので、様子を見ていてください」
という母親からの涙ながらの電話があり、朝の会で教室に行ったらそいつ(いつもは腕白小僧)が目を泣きはらしている、という衝撃の状況。
 次の日からは彼は平静を取り戻しているようだったのだが、実際には非情というか予定通りというか、事態が進行していたらしく、ほとんど医者の予言した通りの2週間で、GW中に亡くなってしまった。42歳。こっちより一回り以上年下だ。妻と、二人の男の子(兄貴は高1:中1の時に担任した…。次男坊はこの4月に中学生になったばかり)を残しての旅立ちである。当人の無念の思いもあるだろうが、残された家族のことを思うと胸がつぶれる。

 今日そのお通夜であった。こっちはそんなこととはつゆ知らず、GW明けに学校に行ってみて初めて知って、びっくり仰天である。そんな大事な話、サッサと言ってよこせっての。
 かといって午前中は授業もたくさんあるし、午後は家庭訪問だし、全然動きもとれない。かろうじて斎場の場所を確認するのが精一杯だ。まだ日中と明るさも変わらない18:00、そのままの服装で行ったら、どなた様も喪服である。普段着のヤツなんか、俺ぐらいのもので、なんか浮いている。お通夜は黒じゃなくてもいいはずなのに、どうしたことか。思うに、昨今は全国的に高齢化の影響で葬祭場が混み合っていて、順番待ちになってしまうことも珍しくないため、参列した人はみんな事前に知らされている状況になっちゃうから皆さんも服を準備できるのであろう。想像だけどね。

 それにしても、故人と比べるのは不謹慎であるが、何事もなく健康で年を重ねられるというのは、ものすごく幸運なことなんだ、と改めて思う。この頃とみに思うのは、自分のやってること、というのはすごいことである。何しろ、両手はピアノの鍵盤を10本の指を駆使してたたきまくり、右足はペダルを踏んで音を引き延ばす。それには耳から仕入れた情報を脳みそに入れて、常にフィードバックしている。目は鍵盤を走る両手ばかりでなく、楽譜も見つつ、生徒の顔も見渡し、身振り手振りで注意を与え、ピアノを弾きながら口頭でも注意を与え、自らも生徒とともに歌い、時にはガン飛ばしたり、悪ガキを怒鳴りつけたり、女子の姿勢に文句を言ったり、生徒の歌声を聞いて頭声的発声に問題がないかチェックする。無数にある脳細胞の、どこか一カ所でも故障があれば、とてもできることではない。それがずっと故障しないできたのだが、今日は大丈夫だったが、明日も大丈夫なのだろうか。そんな不安を感じつつ、健康に感謝しながら、また今日も無事に終わった。運命はこの私に、いつまでこのような仕事をさせ続けてくれるのだろうか。
 そして、その一方で、今回の父親のように病を得て急逝してしまう運命に見舞われる人もいるとは、どう解釈すればいいのか。世の無常を感じてしまうのである。

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開けてびっくり中間テスト

 4月に新しく中学生の親となった人にとって、わが子の定期テストの結果というのは悩ましいものである。
 小学校の評価というのは、まあ困ったことに、どんなにできない子でも親の目からはそこそこできるような幻想を覚えられるようになっている(らしい)。テストも単元ごとにやるから、つまり仕入れたばかりの知識を問われるテストにおいて、はなはだしく点数が取れない児童はそうそういない。たいてい100点であろう。だが、ここで気をつけてほしいのは、100点満点で80点を取ってきたときに
「(大学なら「優」のはずだから)うちの子勉強できるわ~」 
という認識でいると、中学校に入ってから泣きを見ることになる、というところだ。実は小学校のテストは100点取るのが当たり前で、その80点というのは破滅的な劣等生でなければとらない点数だったりする場合があるのだが、そんなこと気付かない(関心もない)親も多いのではないか。通信簿にしたって到達度による絶対評価で、その基準が妙に低かったりすれば、かなりのバカっ子でもオールAの成績を持って帰ってきたりする。親にすれば、とりあえず安心だよね。だけど、そんな通信簿を発行することには何の価値もない、ということに教師の方もなぜ気付かないのか不思議だ。

 で、太平楽な夢が破れる場が中学校である。ここでは何しろ、少なくとも自分の得点と、平均点が知らされる。つまり全体の中で自分(わが子)がどのレベルにいるか、が大まかにわかる。また(わが勤務校では口頭に限ることにしているが)学年内の順位も教えてくれる。というか突きつけられる。さらに、数学とかでよくあるが中間期末の得点で機械的に5段階の評定が出ちゃったりすれば厳然と『1』をもらっちゃう生徒も。まさかずっとオールAだったわが子が5段階評価で1をもらってくるとは、想像もつかないよ。
そして、その時になって初めて親は気付くのである。
「ウチの子、出来るじゃん!」
と信じていたわが子が、実は自分と同等、あるいはそれ以下の脳みそしか持っていなかったという当たり前の事実に。

(俺ごときがあらためて言うほどのことではもちろんないが)現実問題として、小学校の「テスト」と中学校の「定期考査」では構造が違う。中学校の「定期考査」は単元とは(あまり)関係なく、1~2か月間にやった分だけ、しかも5~7教科を1~2日で一気にやっちゃう。つまり、かなりの量の学習内容をもう一度復習して、掘り起こして頭の中に叩き込んでおかなければならず、日頃の授業への真剣度、記憶力、計画性、忍耐力、構成して解答する能力、その他の「まさに総合的な学力」が真正面からまわりの生徒と比べられることになるのだ。

そして、当然のことながら1番の生徒もいるしビリの生徒もいる。中位以下の成績を持って帰ってきた親は、大概びっくりしてあわてるようだ。なにしろ、中学校でも最初の方の勉強はそんなに難しいことはなく、生徒も家に帰っては
「勉強?大丈夫、大丈夫。先生もやさしいし、授業もよくわかるし、カ~ンタンだから。」
と実感を話していて、親子ともども安心しきっていたからね。さあ大変、うちの子が劣等生になっちゃう!という騒ぎに、多かれ少なかれなるようだ。ここで親がとる作戦は、塾に入れる。家庭教師をつける。部活をやめさせて早帰りさせて勉強させる(なぜかたいてい吹奏楽部ばかり)。などあるが、無駄なことだ。効果が上がったのをほとんど見たことがない。実は、中学最初の中間テストではっきりするのは、かなりの部分、小学校での積み重ねである。例えば、ローマ字の読み書き、とか、掛け算九九、とか、漢字の読み書き、など、要するに基礎的な学力が中学校での学習を理解する上での前提になっているのだから、ちょっとやそっとでどうにかなるものではない。小学校でも劣等生だったものが、ここにきて明確になるだけの話である。(例えば、「二酸化炭素」って漢字が読めなければ理科はどうなるのかなど、ちょっと考えても見てよ)

結果は必然であって、何かの間違いなんかでは、断じてない!のである。

 結局のところ、勉強をしないからできないのか、もともとやってもダメなのか、とにかくわが子の本当の姿を見極めることが必要なはずだと思うのだが、親はやんないんだよな~。現実を見るのが怖いのかもしれないし、見果てぬ夢を見続けているのかもしれない。ある意味、わが子の将来を規定することにもなりかねないからね。(「お前は勉強ムリだから、体で稼ぐことを考えろ」と引導を渡すことに、究極には繋がっちゃう。)そんなの、自分自身もお子ちゃまであるところの、今どきの親には想像もつかないことなのかもしれない。

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最底辺高校?!

 弟の結婚披露宴に行ってきた。といっても、式そのものは自分たちだけでやって、先月入籍し、今日は両家の家族だけ招待して記念写真撮影とささやかに会食、というわけだ。ま、それもよかろう。何しろ弟ももう50に手の届く年齢、今さらド派手に結婚披露宴というのも照れくさかろう。お嫁さんとは飼ってる犬のしつけ教室で知り合ったんだそうな。相手のお父さんも、縁があったことを率直に喜んでいる様子だった。

 さて、弟は長年高校の教員をやっているのだが、ちょこっとその話になった。彼は数年前に廃校になってしまった工業高校に13年勤めていたのだが、そこでの話はかなり恐ろしい。
「何しろ、生徒が死ぬんだから。」
「え?」
「死ぬんだよ、生徒が。」
「なんで?!」
「事故とかで。13年の間に8人も死んだんだよ。」
「そんなに?!なんで?」
「バカだからだよ!いろんなことを認識する能力がないから交通事故とか起こすんだよ。乗るなって言ってるのにバイクに乗ったりとかね。」
「そんなことってあり得ないだろ。」
「そう思うだろ?ありえねーんだよ、本当に!とにかく、驚かなくなったからね、死んでも。普通、学校で、生徒が死んだ、なんて言ったら、みんなびっくりして大騒ぎになるだろ?だけど、驚かないんだよ、しょっちゅうだから。
生徒が死んでも驚かない、なんて絶対あり得ないだろ?自分でも信じられないから!」
人命さえも軽さを感じるほどだ。そこまで度し難いバカの集合する場所なんてものが今の日本に存在するとは、まさに信じがたい。

そして、その後も様々な話を聞かせてくれてたあと、
「定年後の再任用なんか絶対にいやだ!俺はもう心底疲れた。こりごり。今の(まあ普通の)高校で定年まで勤めたら、もう二度とこの職場には戻らない!田舎に引っ込んで暮らす。」
とのたまう。本当に、いろいろな職場(学校)、人生があるものだ。

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生徒の声が聞こえない学校:その2

GWに引き続き、お盆明け、「生徒の声」が未だに途絶えたままの校舎を見てきた記録である。仙台に家内の実家があって、年寄りだけで暮らしているので、どうしても行く機会が多くなる。今回はリアス式の海岸線を通ってみた。

小学校の校舎。2階まで一切合切なくなってしまった。
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上の写真の校舎と道路をはさんで向かいにある中学校の校舎。驚くべきことに、3階建ての3階まで被害を受けている。
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道路沿いにあった小学校の校舎。近くに寄るまでは学校とは思えなかったので、建物の全景が写っていない。この校舎は海沿いにあるので、モロに波をかぶったようだ。津波が到達した時刻で止まっている時計がそのままになっているのも鬼気迫るものがある。
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これも3階までやられてしまった小学校。手前には保育所があったらしいが、土台を残して跡形もない。また、鉄筋コンクリートではない普通の民家も多数が基礎を残して根こそぎなくなっているので、本来であればこのように校舎の全景を写真に撮ることはできないはずだったであろう。
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自動車のナビによればここには小学校があったはずなのだが…。校舎はない。ただの瓦礫置き場と化している。廃校かなんかでもともと校舎なんかなかった、ということであればいいのだが。
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このほかにも写真を取り損ねた校舎がいくつかあった。そもそもかなりの学校で校庭が仮設住宅になっており、カメラを向けるような失礼なことはしないし出来ない。大惨事となった石巻市立大川小学校の前も通りかかったが、たまたま慰霊祭?が行われていたし、あまりの恐ろしさに全身がすくんでしまって、やっとのことで?しかし早々に退散した。地震から1年半と一口で言うが、文字通り時計が止まったままの空間がそこに広がっている。変わっているのはそこがどんどん草ぼうぼうになっていくことである。

生徒の声が聞こえない学校

 こんなところにこういうものをアップすることには不快感を持つ人も多かろう。そういう俺も、いいのか悪いのか決めかねる自分というものがあるのだが。ま、一応ね。

 今年に入ってから、学年末休業やGWを利用して、今回の地震や津波の被災地を回っている。あんまりいい趣味じゃないのだが、何か呼ばれているような思いもあるのだ。で、その中で、モロに津波を食らってうち捨てられた(というわけではないが)学校をいくつも見かけたので、紹介したい。俺にとってはとにかくショッキングなもの、というか場所、というか、出来事というか、何とも言葉にできない風景である。そう、「風景」だな。こんな「風景」の存在が許されるのか?!
(それぞれの学校についてはそれなりのHPとかいろいろを参照されたい。)

 まずは福島県いわき市内の中学校。
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 本来ならば野球部の生徒が技を磨いているはずのグラウンドは瓦礫の集積場となってしまった。
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 1階の窓はすべてコンパネでおおわれている。
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(こういう「風景」を見ると、瓦礫処理受け入れに反対している人間というものにスゲー腹立ちを感じるのだが、その感情って同感してもらえるものなのか。せっかく自治体の長が受け入れようとしても、有権者が反対しちゃえば二の足を踏むよね。でも、こういう瓦礫置き場がそこら中にあって、放置されているという状況、わかってるのかね~。総論賛成、各論反対じゃしょうがないのよ。)

宮城県内の小学校。
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波にのまれてぺしゃんこになった自動車の置き場と化している。
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本当なら子供たちの声であふれているはずなのに。
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 約一月後に再訪した同じ小学校。校舎の裏側。
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少し近づいてみる。多少は修理の手が入っている。
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しかし、写真の手前に写っているのは土台だけになった建物である。こういう「土台だけ」が見渡す限り続いている。つまり、住む家を失った人々(子供)はどこかちがう所に行ってしまったのだろう。

そして、校庭は相変わらずスクラップ置き場のままである。(少し減ったけど)
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同じく、宮城県内の小学校。この小学校は、海岸沿いの松林に囲まれた素晴らしいロケーションの学校である(あった)。校舎も、洒落た感じのとても美しい建物で、こんな素晴らしい環境で学習できる小学生は日本中探してもそんなにはないんじゃなかろうか、と、容易に想像できる学校である(あった)。
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ここは瓦礫置き場にはなってはいないが、復旧工事は一月前に比べてほとんど進んでいない。というか、何のために復旧するのか。子供がいないのに。
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宮城県亘理町内の小学校。
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 同じく、亘理町内の中学校。
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鉄筋コンクリートの校舎は残ったが、その他のものは一切流されてしまった。片付けた後は全くのボウズ状態である。生徒たちの住み家も含めて、一切合切。
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 あれから1年以上経っていて、この有様。瓦礫は渦高く積まれ、生活の基盤は根こそぎ消え失せた土地の「学校」に機能が戻るのはいつのことなのか。というか、子供が戻ってくる時が来るのだろうか、と思えてくる。
 とにかく、学校があって生徒がいないというこの状況、本当に切ない。悲しい。というか、ふさわしい言葉が見つからない。

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職員事故をなくそう

以下は、今日の職員会議の中で、校長から示された、研修資料である。

事例研修 資料
1 事故事例の概要
 Q中学校のP教諭は、1学期の納め会に参加するため、自家用車を自宅において会場に向かった。飲酒運転撲滅運動の期間中でもあり、またP教諭の学校では飲酒運転をしないさせないための指導が徹底していたので、納め会に車で参加するものはほとんどいなかった。P教諭は、納め会ではビールをジョッキ4杯飲み、10時頃から同僚6人と二次会のカラオケボックスに行った。6人のうち二人はサワーを飲んだが、P教諭は一次会で十分ビールを飲んだので、ウーロン茶にした。二次会は12時半頃終わり、P教諭はタクシーで自宅に帰った。ゆっくりと入浴した後、喉が渇いたのでもう少しだけ飲みたいと思い、缶ビールを一本飲んで午前1時半頃床についた。
 翌朝、P教諭は、担当する野球部の練習試合を予定していたので、午前7時頃起床し、7時半頃、自家用車を運転して練習試合の会場である、V校に向かった。途中、黄信号で交差点に進入したところ、パトカーに呼び止められ、警察官の質問に答えていた際、警察官から「酒のにおいがする」といわれた。アルコール検査をしたところ、呼気1リットルあたり0.17㎎のアルコールが検出されたため、酒気帯び運転の現行犯で逮捕された。

2 処分内容
 停職6ヶ月(地方公務員法第33条 信用失墜行為の禁止)

3 P教諭の心情
 飲酒運転の禁止については日頃から指導されていたし、校内で研修しているときも、自分が飲酒運転をするわけがない、と思っていた。朝目覚めたときには、非常にさわやかな気分で体調もよかったので、前日の酒が残っている心配はないと思っていた。自分ではアルコールが残っている自覚が全くなかったので、酒気帯び運転で逮捕されたときは、目の前が真っ暗になった。

4 家族や保護者の心情
 (P教諭の妻)夫が起こした不祥事で、多くの方々にご迷惑をおかけして申し訳なく、お詫びのしようもない。家には大学に通う息子と高校生の娘がいる。この先6ヶ月は収入もなくなり、途方に暮れている。
 (保護者)P先生は3年生の息子の担任であり、私も息子もP先生を信頼していた。酒気帯びで逮捕された、という新聞記事を見て大変ショックを受けている。3年生で進路のこともあり、この先大変不安である。

5 事例事故による影響
 逮捕されたことで、教育委員会や学校に報道機関からの問い合わせや取材が相次いだ。翌朝の新聞で報道された。実名で逮捕事案が報道されたので、学校や自宅で毎日抗議の電話が鳴り続けた。妻はこれが原因で体調を崩し、入院した。P教諭は、刑事処分として罰金30万円、行政処分として違反点数14点、免許停止90日の処分を受けた。



これを読んでどう思うかは、読む人の立場でそれぞれであろう。
①前日の酒が残っていた、
②警官のいる交差点に黄色で突入した、
という二つのことが偶然同時に起きた不運というか、こっちとしては、同業者としてP先生には同情を禁じ得ない、としか言いようもないが、同情すること自体が非難の対象になりそうで怖い。実はちょっと前から、朝になっても残っているアルコールで酒気帯びに問われるケースが増えてきて、ショッキングな話だ、とは思っていた。それを狙って忘年会シーズンの朝には警察も取り締まりを増やしている、なんて話もまことしやかにささやかれる。
それにしても、こんな些細な失敗が、これほどの大事件になって一つの家族が破滅してしまうほどの(俺の一家なら首吊り必至~子供も大学生が3人だからね)鉄槌を食らわなければならないとは、不条理ではないか。わいせつ行為とか、明らかに極悪なことをやってるんだったら厳罰に処した上にさらし者にするのも、いくらやってもかまわない、と思うが、こういう、悪意があるどころか自分でも気をつけてるつもりだったのに…というのでは、正義の名を借りたイジメでしかないのではないのか。
 研修では、このような出来事が自分の身に降りかかる可能性があるかどうか検証せよ、ということだったが、俺は酒を飲んだら絶対に運転はしないし、酒は弱いので、ほんのちょっとで気持ちが悪くなってしまうから明日に残る心配はないとしても、黄信号で交差点に突っ込むのは意外にやってしまいそうだ。

だが、とにかく酔っ払い運転はおっかない。むか~しむかしに飲み会の帰りにへべれけの人の運転するクルマの助手席に乗せてもらって帰ったことがあったが、信号で止まるたんびに前のクルマに衝突しそうになる顔面蒼白な体験であった。悲惨な事故(というより殺人事件というべき)も多い。何が何でも酒と運転は切り離さなければいけない、というのは全く正しく、疑問を差し挟む余地はない。

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