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最後のデモシカ教師の不謹慎発言

かつて教師に「でも」なるかぁとか、教師に「しか」なれない、という理由で教師になり、学校現場に彩りを与えていたデモシカ教師。そのデモシカ教師の目で現在の教育の裏をあばき、悪態をつく(だけ)!なお、このブログはリンクフリーです…

教員が同僚をいじめだってよ

 東須磨小学校の「教員が教員をいじめ」という話は、あきれ果てて開いた口が塞がらない、としか言いようがない。といってもどこにでもある話のような気がして仕方がない。

まあ、とにかく、こういう奴らは教師の風上にも置けない。俺たちと同じ「教育公務員」であることが許せない。被害者の教員は「刑事告訴も検討中」ということだが、そんなの刑事告訴一択じゃないのか。絶対に大ごとにしてほしいものだ。

第一、これ、信用失墜行為だろうが!医者が陰に回って殺人を楽しんでいた、というのとどこが違うのか。懲戒免職は当たり前のこと、教員免許状剥奪がふさわしいのと思うのだが、皆さん、どう思います?
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テーマ:許されない出来事 - ジャンル:ニュース

卒業生との再会

 先日、7年前の3年生と再会した。

この私もいよいよ大詰め、今度の2月で60歳となるのを記念して、今回の吹奏楽部の定期演奏会でOB/OGバンドを結成しよう、という話を誰かが旗を振って、何やら暗くなってから20人ぐらい集まったのだが、その中の最年長がその元生徒であった。今は大学3年生で、いわゆるリケジョなのだが、まあ、手際がいいこと気が利くこと、もう最初っから
「ワタシが仕切ります!」
っというオーラをバリバリに出してササササッと話し合いを進めていく。
3年生の時からとても積極的にいろいろやってくれた部長だったのだが、それがすくすく成長すると、なるほど~こうなるのか~と感動してしまった。

テーマ:教育 - ジャンル:学校・教育

突然の余命2週間

 こんなことって世の中にあるものなのだろうか。
 担任している男子(1年生)の父親が、なんだか体調悪い、と言って病院に行ったところ、医者から
「もう手遅れ。余命2週間。」
と突如として宣告されたという。先月の27日の朝に、
「なんだかここのところの両親の様子がおかしい、と怪しまれたために、ついに隠しきれなくなって、昨夜二人の子供に、そういう状態なのだ、と打ち明けたため、子供はショックを受けたようなので、様子を見ていてください」
という母親からの涙ながらの電話があり、朝の会で教室に行ったらそいつ(いつもは腕白小僧)が目を泣きはらしている、という衝撃の状況。
 次の日からは彼は平静を取り戻しているようだったのだが、実際には非情というか予定通りというか、事態が進行していたらしく、ほとんど医者の予言した通りの2週間で、GW中に亡くなってしまった。42歳。こっちより一回り以上年下だ。妻と、二人の男の子(兄貴は高1:中1の時に担任した…。次男坊はこの4月に中学生になったばかり)を残しての旅立ちである。当人の無念の思いもあるだろうが、残された家族のことを思うと胸がつぶれる。

 今日そのお通夜であった。こっちはそんなこととはつゆ知らず、GW明けに学校に行ってみて初めて知って、びっくり仰天である。そんな大事な話、サッサと言ってよこせっての。
 かといって午前中は授業もたくさんあるし、午後は家庭訪問だし、全然動きもとれない。かろうじて斎場の場所を確認するのが精一杯だ。まだ日中と明るさも変わらない18:00、そのままの服装で行ったら、どなた様も喪服である。普段着のヤツなんか、俺ぐらいのもので、なんか浮いている。お通夜は黒じゃなくてもいいはずなのに、どうしたことか。思うに、昨今は全国的に高齢化の影響で葬祭場が混み合っていて、順番待ちになってしまうことも珍しくないため、参列した人はみんな事前に知らされている状況になっちゃうから皆さんも服を準備できるのであろう。想像だけどね。

 それにしても、故人と比べるのは不謹慎であるが、何事もなく健康で年を重ねられるというのは、ものすごく幸運なことなんだ、と改めて思う。この頃とみに思うのは、自分のやってること、というのはすごいことである。何しろ、両手はピアノの鍵盤を10本の指を駆使してたたきまくり、右足はペダルを踏んで音を引き延ばす。それには耳から仕入れた情報を脳みそに入れて、常にフィードバックしている。目は鍵盤を走る両手ばかりでなく、楽譜も見つつ、生徒の顔も見渡し、身振り手振りで注意を与え、ピアノを弾きながら口頭でも注意を与え、自らも生徒とともに歌い、時にはガン飛ばしたり、悪ガキを怒鳴りつけたり、女子の姿勢に文句を言ったり、生徒の歌声を聞いて頭声的発声に問題がないかチェックする。無数にある脳細胞の、どこか一カ所でも故障があれば、とてもできることではない。それがずっと故障しないできたのだが、今日は大丈夫だったが、明日も大丈夫なのだろうか。そんな不安を感じつつ、健康に感謝しながら、また今日も無事に終わった。運命はこの私に、いつまでこのような仕事をさせ続けてくれるのだろうか。
 そして、その一方で、今回の父親のように病を得て急逝してしまう運命に見舞われる人もいるとは、どう解釈すればいいのか。世の無常を感じてしまうのである。

テーマ:一人言 - ジャンル:学校・教育

開けてびっくり中間テスト

 4月に新しく中学生の親となった人にとって、わが子の定期テストの結果というのは悩ましいものである。
 小学校の評価というのは、まあ困ったことに、どんなにできない子でも親の目からはそこそこできるような幻想を覚えられるようになっている(らしい)。テストも単元ごとにやるから、つまり仕入れたばかりの知識を問われるテストにおいて、はなはだしく点数が取れない児童はそうそういない。たいてい100点であろう。だが、ここで気をつけてほしいのは、100点満点で80点を取ってきたときに
「(大学なら「優」のはずだから)うちの子勉強できるわ~」 
という認識でいると、中学校に入ってから泣きを見ることになる、というところだ。実は小学校のテストは100点取るのが当たり前で、その80点というのは破滅的な劣等生でなければとらない点数だったりする場合があるのだが、そんなこと気付かない(関心もない)親も多いのではないか。通信簿にしたって到達度による絶対評価で、その基準が妙に低かったりすれば、かなりのバカっ子でもオールAの成績を持って帰ってきたりする。親にすれば、とりあえず安心だよね。だけど、そんな通信簿を発行することには何の価値もない、ということに教師の方もなぜ気付かないのか不思議だ。

 で、太平楽な夢が破れる場が中学校である。ここでは何しろ、少なくとも自分の得点と、平均点が知らされる。つまり全体の中で自分(わが子)がどのレベルにいるか、が大まかにわかる。また(わが勤務校では口頭に限ることにしているが)学年内の順位も教えてくれる。というか突きつけられる。さらに、数学とかでよくあるが中間期末の得点で機械的に5段階の評定が出ちゃったりすれば厳然と『1』をもらっちゃう生徒も。まさかずっとオールAだったわが子が5段階評価で1をもらってくるとは、想像もつかないよ。
そして、その時になって初めて親は気付くのである。
「ウチの子、出来るじゃん!」
と信じていたわが子が、実は自分と同等、あるいはそれ以下の脳みそしか持っていなかったという当たり前の事実に。

(俺ごときがあらためて言うほどのことではもちろんないが)現実問題として、小学校の「テスト」と中学校の「定期考査」では構造が違う。中学校の「定期考査」は単元とは(あまり)関係なく、1~2か月間にやった分だけ、しかも5~7教科を1~2日で一気にやっちゃう。つまり、かなりの量の学習内容をもう一度復習して、掘り起こして頭の中に叩き込んでおかなければならず、日頃の授業への真剣度、記憶力、計画性、忍耐力、構成して解答する能力、その他の「まさに総合的な学力」が真正面からまわりの生徒と比べられることになるのだ。

そして、当然のことながら1番の生徒もいるしビリの生徒もいる。中位以下の成績を持って帰ってきた親は、大概びっくりしてあわてるようだ。なにしろ、中学校でも最初の方の勉強はそんなに難しいことはなく、生徒も家に帰っては
「勉強?大丈夫、大丈夫。先生もやさしいし、授業もよくわかるし、カ~ンタンだから。」
と実感を話していて、親子ともども安心しきっていたからね。さあ大変、うちの子が劣等生になっちゃう!という騒ぎに、多かれ少なかれなるようだ。ここで親がとる作戦は、塾に入れる。家庭教師をつける。部活をやめさせて早帰りさせて勉強させる(なぜかたいてい吹奏楽部ばかり)。などあるが、無駄なことだ。効果が上がったのをほとんど見たことがない。実は、中学最初の中間テストではっきりするのは、かなりの部分、小学校での積み重ねである。例えば、ローマ字の読み書き、とか、掛け算九九、とか、漢字の読み書き、など、要するに基礎的な学力が中学校での学習を理解する上での前提になっているのだから、ちょっとやそっとでどうにかなるものではない。小学校でも劣等生だったものが、ここにきて明確になるだけの話である。(例えば、「二酸化炭素」って漢字が読めなければ理科はどうなるのかなど、ちょっと考えても見てよ)

結果は必然であって、何かの間違いなんかでは、断じてない!のである。

 結局のところ、勉強をしないからできないのか、もともとやってもダメなのか、とにかくわが子の本当の姿を見極めることが必要なはずだと思うのだが、親はやんないんだよな~。現実を見るのが怖いのかもしれないし、見果てぬ夢を見続けているのかもしれない。ある意味、わが子の将来を規定することにもなりかねないからね。(「お前は勉強ムリだから、体で稼ぐことを考えろ」と引導を渡すことに、究極には繋がっちゃう。)そんなの、自分自身もお子ちゃまであるところの、今どきの親には想像もつかないことなのかもしれない。

テーマ:中高生の親 - ジャンル:学校・教育

最底辺高校?!

 弟の結婚披露宴に行ってきた。といっても、式そのものは自分たちだけでやって、先月入籍し、今日は両家の家族だけ招待して記念写真撮影とささやかに会食、というわけだ。ま、それもよかろう。何しろ弟ももう50に手の届く年齢、今さらド派手に結婚披露宴というのも照れくさかろう。お嫁さんとは飼ってる犬のしつけ教室で知り合ったんだそうな。相手のお父さんも、縁があったことを率直に喜んでいる様子だった。

 さて、弟は長年高校の教員をやっているのだが、ちょこっとその話になった。彼は数年前に廃校になってしまった工業高校に13年勤めていたのだが、そこでの話はかなり恐ろしい。
「何しろ、生徒が死ぬんだから。」
「え?」
「死ぬんだよ、生徒が。」
「なんで?!」
「事故とかで。13年の間に8人も死んだんだよ。」
「そんなに?!なんで?」
「バカだからだよ!いろんなことを認識する能力がないから交通事故とか起こすんだよ。乗るなって言ってるのにバイクに乗ったりとかね。」
「そんなことってあり得ないだろ。」
「そう思うだろ?ありえねーんだよ、本当に!とにかく、驚かなくなったからね、死んでも。普通、学校で、生徒が死んだ、なんて言ったら、みんなびっくりして大騒ぎになるだろ?だけど、驚かないんだよ、しょっちゅうだから。
生徒が死んでも驚かない、なんて絶対あり得ないだろ?自分でも信じられないから!」
人命さえも軽さを感じるほどだ。そこまで度し難いバカの集合する場所なんてものが今の日本に存在するとは、まさに信じがたい。

そして、その後も様々な話を聞かせてくれてたあと、
「定年後の再任用なんか絶対にいやだ!俺はもう心底疲れた。こりごり。今の(まあ普通の)高校で定年まで勤めたら、もう二度とこの職場には戻らない!田舎に引っ込んで暮らす。」
とのたまう。本当に、いろいろな職場(学校)、人生があるものだ。

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生徒の声が聞こえない学校:その2

GWに引き続き、お盆明け、「生徒の声」が未だに途絶えたままの校舎を見てきた記録である。仙台に家内の実家があって、年寄りだけで暮らしているので、どうしても行く機会が多くなる。今回はリアス式の海岸線を通ってみた。

小学校の校舎。2階まで一切合切なくなってしまった。
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上の写真の校舎と道路をはさんで向かいにある中学校の校舎。驚くべきことに、3階建ての3階まで被害を受けている。
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道路沿いにあった小学校の校舎。近くに寄るまでは学校とは思えなかったので、建物の全景が写っていない。この校舎は海沿いにあるので、モロに波をかぶったようだ。津波が到達した時刻で止まっている時計がそのままになっているのも鬼気迫るものがある。
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これも3階までやられてしまった小学校。手前には保育所があったらしいが、土台を残して跡形もない。また、鉄筋コンクリートではない普通の民家も多数が基礎を残して根こそぎなくなっているので、本来であればこのように校舎の全景を写真に撮ることはできないはずだったであろう。
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自動車のナビによればここには小学校があったはずなのだが…。校舎はない。ただの瓦礫置き場と化している。廃校かなんかでもともと校舎なんかなかった、ということであればいいのだが。
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このほかにも写真を取り損ねた校舎がいくつかあった。そもそもかなりの学校で校庭が仮設住宅になっており、カメラを向けるような失礼なことはしないし出来ない。大惨事となった石巻市立大川小学校の前も通りかかったが、たまたま慰霊祭?が行われていたし、あまりの恐ろしさに全身がすくんでしまって、やっとのことで?しかし早々に退散した。地震から1年半と一口で言うが、文字通り時計が止まったままの空間がそこに広がっている。変わっているのはそこがどんどん草ぼうぼうになっていくことである。

生徒の声が聞こえない学校

 こんなところにこういうものをアップすることには不快感を持つ人も多かろう。そういう俺も、いいのか悪いのか決めかねる自分というものがあるのだが。ま、一応ね。

 今年に入ってから、学年末休業やGWを利用して、今回の地震や津波の被災地を回っている。あんまりいい趣味じゃないのだが、何か呼ばれているような思いもあるのだ。で、その中で、モロに津波を食らってうち捨てられた(というわけではないが)学校をいくつも見かけたので、紹介したい。俺にとってはとにかくショッキングなもの、というか場所、というか、出来事というか、何とも言葉にできない風景である。そう、「風景」だな。こんな「風景」の存在が許されるのか?!
(それぞれの学校についてはそれなりのHPとかいろいろを参照されたい。)

 まずは福島県いわき市内の中学校。
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 本来ならば野球部の生徒が技を磨いているはずのグラウンドは瓦礫の集積場となってしまった。
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 1階の窓はすべてコンパネでおおわれている。
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(こういう「風景」を見ると、瓦礫処理受け入れに反対している人間というものにスゲー腹立ちを感じるのだが、その感情って同感してもらえるものなのか。せっかく自治体の長が受け入れようとしても、有権者が反対しちゃえば二の足を踏むよね。でも、こういう瓦礫置き場がそこら中にあって、放置されているという状況、わかってるのかね~。総論賛成、各論反対じゃしょうがないのよ。)

宮城県内の小学校。
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波にのまれてぺしゃんこになった自動車の置き場と化している。
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本当なら子供たちの声であふれているはずなのに。
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 約一月後に再訪した同じ小学校。校舎の裏側。
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少し近づいてみる。多少は修理の手が入っている。
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しかし、写真の手前に写っているのは土台だけになった建物である。こういう「土台だけ」が見渡す限り続いている。つまり、住む家を失った人々(子供)はどこかちがう所に行ってしまったのだろう。

そして、校庭は相変わらずスクラップ置き場のままである。(少し減ったけど)
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同じく、宮城県内の小学校。この小学校は、海岸沿いの松林に囲まれた素晴らしいロケーションの学校である(あった)。校舎も、洒落た感じのとても美しい建物で、こんな素晴らしい環境で学習できる小学生は日本中探してもそんなにはないんじゃなかろうか、と、容易に想像できる学校である(あった)。
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ここは瓦礫置き場にはなってはいないが、復旧工事は一月前に比べてほとんど進んでいない。というか、何のために復旧するのか。子供がいないのに。
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宮城県亘理町内の小学校。
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 同じく、亘理町内の中学校。
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鉄筋コンクリートの校舎は残ったが、その他のものは一切流されてしまった。片付けた後は全くのボウズ状態である。生徒たちの住み家も含めて、一切合切。
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 あれから1年以上経っていて、この有様。瓦礫は渦高く積まれ、生活の基盤は根こそぎ消え失せた土地の「学校」に機能が戻るのはいつのことなのか。というか、子供が戻ってくる時が来るのだろうか、と思えてくる。
 とにかく、学校があって生徒がいないというこの状況、本当に切ない。悲しい。というか、ふさわしい言葉が見つからない。

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